15.帝国の孤児達が生きる場所

 倒れた”前の国”もそうであったが、”後の国”として帝国も、軍事力へ過度の力を注いでいた。

 国内は経済的に良いと言える状況ではなく、それが”前の国”崩壊の原因にもなっていた。

 プレアが大神官として、この国の精神的支柱になった時には、すでに遅かった。

 大神官としては過去最上級の彼女であったろうが、破綻した国家を立て直すに事については歯が立たなかったようである。


 それ故に、経済的に食い詰める国民も少なくなかった。

 それが酷ければ、それこそ革命が起きていただろうが、プレア影響力で起きることはなかっただけである。

 そして、暗殺部隊などの力によって不穏分子を切り捨てて、国を安定させていた。

 

 食い詰めて一家離散したり、親が自ら死を選ぶ家庭も少なくなかった。


 数年に渡る他国との見えない闘い。

 そして、人外達に抵抗しようとして粛清されたりで、帝国の樹立時には暗殺部隊の人間は数えるぐらいになっていた。

 こんな闇のような稼業だけに、補充が簡単に効かないのである。

 

 私は、帝国暗殺部隊の隊長に任命された。

 誰も成り手がいないのもあったが、私より強い奴がいなかったからである。

 

 私は、帝国政府に依頼し、孤児たちを集めて来てもらうように指示を出した。

 

 男、女の区別なく集められた。

 この子らの年齢は正確にはわからない。

 皆、虚ろな目をしていた。

 孤独に苦しみ、愛情に飢えていた。

 だがそれ以上、飢えに苦しんでいた。

 だから、帝国政府の役人の誘いに二つ返事でやって来た。


 私は、呼び集める際に「必ず、暗殺の仕事をすると伝えよ!」と言明していた。

 騙されて来るよりは、子供なりに覚悟をさせたかったからだ。


 名前の無いものが何人かいた。


 その内の、一人は女の子。

 もう一人は男の子。


 その眼は、強い強い敵愾心に満ちていた。

 そのまま放置すれば、間違いなく夜盗、それとも犯罪者か娼婦に落ちていただろう。

 しかし、その別の道が暗殺者というのも可哀そうなものである。

 だが、彼ら彼女らに選択の余地はない。

 そして、それは、私とリリィにもである。


 この道を選んで進まなければ、生きてい行けないのである。


 ある一人の女の子に声を掛けた。

 その子は夜になると月をいつも見上げていた。

 

「おい、お前。名は何という?」

 女の子は答えた。

「名前? 知らない」

 その眼は死んでいるように見えたが、何かをぐっと我慢している風でもあった。


「そうか。なぜ月を見ている?」

「太陽は眩しいから」

「月が好きなのか?」

「知らない」

「太陽は嫌いか?」

「知らない」

「……」

「……」

 私達は、会話が止まってしまった。


 そう言えば、プレアは大神官だった。

 その大神官の娘のリリィと一緒にやっていく子になれるかもしれない。

 

「お前は、これから『ルナ』と名乗れ」

「……」

 その子はポカンとこちらを見ている。

「他に気に入った呼び名でもあるか?」

「……。無い。『ルナ』でいい」

 そうして、一人の子の名前が決まった。


 もう一人の男の子に声を掛けた。


「お前の名は?」

「……。無い」

「どうして無いのだ?」

「誰も、僕を名前で呼ばなかった。だから、自分の名前知らない」

「そうか」

「最初は名前呼ばれてたかもしれない。けど、あっちこっちに連れてかれた。途中で名前で呼ばれなくなった。呼ばれていた時の名前。もう、忘れた」

「そうか。ずっと転々としていたか?」

「うん」

「そうか。……」

「……」


 私は少し思案して、彼にこう名乗るように伝えた。


「これよりお前は、『オルト』と名乗れ。場所という意味が含まれている。もう、あちこちに転々とする必要はない。だが、まともな仕事ではない。しかし、ここをお前の生きる場所とせよ」

「……。『オルト』?」

 その子は、しばらく意味を考えていた。

 

 そして。


「うん。『オルト』。うん」

 納得してくれたようである。


 そうして名前の無い何人かの子らに、私が名前を付けてやった。

 また、名前がある子には、新たな名前を付けていった。


 そして、この子らにリリィを紹介した。


「お前達に紹介しておこう。この子はリリィという。お前達よりも少し年上のはずだ。リリィも、お前達と同じ様に”前の国”と帝国との動乱で親を亡くしている」


 少なくともリリィは、この子らと違い私という保護者がいた。

 だから、集めた孤児達とは違い、もっと情緒が安定していても良かったはずである。

 だが、常に人外がリリィの周りにうろついていた。

 それらとの脅威に接しているうちに、リリィからは笑顔が消えていった。

 私には、どうすることも出来なかった。

 仮に人外がいなかったとしても、私は育て方が分からない。

 それを私が知しらない、適切な対処をしていないのかもしれない。


 恐怖に怯えるリリィ。

 私は、それを取り去ることにした。


 プレアより与えられた、『使役の力』を使ったのだ。


 この力を使うと、操られた人間の感情が無くなる。

 感情の起伏を無くし、ただ命令されたことを実行するようになる。

 まだ幼かったが、この状態のお陰で、リリィには早くから剣術、体術等を幼いなりに学ばせていくことが出来た。

 普通なら遊びたい盛りであり、ひとつの事に集中することなど困難な年のはずであったろう。

 

 孤児達らと会う頃には、並みの男なら十分対処できるようにまで成長していた。

 流石は、我が友シャランジェールの子である。

 体が小さいなりにだが、身体能力は十分にあった。

 また、精神面においても、父母の強い影響を受け継いでいた。

 物事を真っすぐに見つめる時の表情は、母プレアとそっくりであった。

 

 だが。

 

 リリィの早い成長が、この子には良くない事を招いてしまうことにもなった。

 

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