11.顕現する人外。その黒い闇

 プレアが息を引き取った後に起きた地震によって、ポロポロと天井の一部が崩れ落ちて来た。


 私はリリィを庇いながら、しばらくその場に片膝立ちでしゃがんでいた。

 プレアの来ている衣裳は、初めて会った時の大神官の衣装とは違っていた。

 恐らく、途中で守護団の連中などが、用意したのだろう。


 リリィを背負う為の帯もあった。


「あの、凛としたプレアが、こんなに子煩悩だったとはな」

 プレアが残したリリィの為の物を見て、母プレアの気持ちが痛いほど伝わって来た。


 リリィは、キョロっとした瞳で、私を見つめたままでいる。


「リリィ、帰ろうか?」

 私は、プレアの衣装と衣裳などが入った布袋を持って立ち上がろうとした。


 すると、……。



「!」


 尋常でない邪気を背中に感じた。

 それも、ふたつ。

 いや、他にも複数?

 

 私はゆっくりと立ち上がった。


 背中越しに感じる邪気、尋常ではない。

 人の物でも獣の物でもない。

 この世ならざる者の殺気!

 それも、極めて邪悪な。


 これと似た殺気を感じたことがあった。


 ああ、あの”後の皇帝”の代理人と一緒にいた正体不明のフードの奴か?


(これはまずいぞ。あの時は戦う必要がなかったから何事もなかったが。今はプレアに用が有って来ている。リリィを。リリィを守りながら戦えるか?)


 私はリリィを片手で抱き、静かに自分の剣を抜いた。

 そして、ゆっくりと元大神殿の入り口を振り返った。


(片手で勝てる相手ではなさそうだな)


 プレアから預かったシャランジェールの剣は、右の腰に付けたまま、まだ抜いていない。

 リリィを左手に抱いているのもあったからだ。


 心配でリリィに目をやる。

 私は驚いた。

 リリィは不思議そうな顔をして私を見ている。

 その眼は、クリクリとして可愛らしい瞳だった。


「驚いたな。あのフードの奴と会った時は、私と同じ暗殺者達の中には怯えているものもいた。だがこの子は愚図りもしない。大した子だ」

 

 流石、大神官の娘と言ったところだろうか?


 プレアも、人外と会っていても平気な顔をしている胆力があった。

 優しい性格なのに、その非道な存在をも直視出来る強い意志を持っていた。

 私とシャランジェールは、そういうプレアに惚れたのだ。


 ギィィィーっと、元大神殿の扉が開く。


 入ってくる不気味な人外が、二体。


「死んだか?」

 片方の人外が喋った。

『ああ、死んだか?』

 すると、もう一方の人外が、言葉を重ねるように喋る。


 その声は、地を這うような低い声。

 不気味な声。

 その不気味な声に、もうひとつの不気味な声が、最初の奴の合わせるかのように似た言葉を重ねて話す。


「あの、女大神官は死んだか?」

『ああ、死んだ、死んだ! 忌々イマイマしい女神官は死んだ!』


 剣で切られて死ぬような人間なら面倒なことはない。

 だが、こいつらは、恐らくそれで死ぬことがない。

 そんな奴らと戦ったことなど、これまで一度もない。

 私には、どうやって倒せばよいのか見当もつかない。

 

(シャランジェールは、こいつらと戦ったのか? 良く、プレアを守り切れたな)


 ふたつの人外が、扉から入って来た。


 それだけでなく、他の不気味な奴らも。

 そいつらは、壁をすり抜けて、何体も入って来た。


(ドアのところにいる二体が、人外。他が、人外魔獣ということか? プレアが言っていたな)


 人外魔獣の中にはいろいろな種類の奴がいた。

 

 肉が中途半端についた骨の奴。

 ドクロの頭に脊髄がつながって、左右にあばら骨が何本も伸びている奴もいる。

 それは、人間のあばら骨が足の様にが変化したものだった。

 その先は、鋭く尖っていて、大神殿の床をコツンコツンと音を立てながら、ムカデの様に近寄って来た。


 人の姿を捨てた、気味の悪い化け物ども!

 お前達は、この大神殿に来て良い連中ではないのだぞ。


 その他にも、獣のような姿をした者もいた。

 

 ドアの所のふたつの人外がまた喋った。


「その赤子は、大神官の子か?」

『誰の子だ? 大神官の子か?』


「その赤ん坊を、こっちに寄越せ!」

『そうだ寄越せ! こっちに寄越せ!』


「寄越せば、お前。見逃してやる」

『ああ、見逃してやる』


「こっちに寄越せ!」

『そうだ寄越せ!』


 ふたつの人外は、気持ちの悪い手を伸ばして来た。


「断る!」

 私は静かに答えた。


「……。じゃ、死ね!」

『死ね! そこの男!』

 

 人外がそう言った瞬間、不気味な鋭い手を突き刺して来た。


「!」

 突き出して来た人外の鋭い指先を右の剣で受け流した。

 その反動を利用し、後ろに飛び下がった。

 距離を取るためだ。

 

(いま、動いた瞬間が見えなかったな。反射的に反応したが、そうでなければ串刺しだった)


「ん? けた?」

『おかしい。避けたぞ! 人間の癖に、けたぞ?』

 ふたつの人外達が、そろって喋る。


 私が対応出来たことが不服らしい。

 そうだろうな。

 普通の人間なら反応できないだろう。


 奈落の底のような目をした人外が、私とリリィをジッと見つめてくる。


 私は、剣を人外達との間に、やや斜めに構えて固定した。


「あいつと似た動きをするな」

『ああ、あいつか? あの弱い奴か?』

 

 ん?

 今、弱い奴?

 弱い奴と言ったか?

 そいつは、シャランジェールの事か?


 次の瞬間、他の人外が飛びかかって来た。


「くっ!」

 私は、右手の剣で、それら人外の鋭い牙や骨の先端を受け流しながら、大神殿を逃げ回った。

 奴らの当たりのひとつひとつが、重い!

 ズシッと右手に力が加わる。

 だが、プレアが聖なる光を宿した剣でも、奴らの体を切ることが出来ない。


「キケケケケケ――!」

 気味の悪い声を上げながら、人外魔獣達が交互に襲って来る。


「その剣。 何だ? その剣?」

『何だ? その剣は?』

「ああ、あの剣と一緒だ。あの弱い奴の剣と」

『ああ、あいつと同じ剣だ』

 

 私は、カチンと来た。


「おい! お前、シャランジェールの事を言っているのか?」


「?」

『?』


 人外達は、質問されるなど思っていなかったのか、キョトンとしていた。


「我が親友シャランジェールを侮辱するな! あいつは、私と同じ技量を持つ剣士だ。初見のお前達と普通の人間が戦えるわけが無かろう?」

 私は声を強めて人外達に言った。


「それがどうした?」

『そうだ、どうした?』

「あいつは死んだ。だから弱い奴だ」

『そうだ、弱い奴だ』


 話が通じないらしい。


「やれ!」

『やれ!』

 二つの人外が私達を指さして、他の人外達に命令した。


 ガッと、一斉に人外達が飛び掛かって来た。


「グッ」

 大型の骸骨の人外の骨の詰めを剣で受け流そうとした。

 が、やはり重い!


 その場に留まっていられずに、横に逃る。

 私は、爪や牙で襲い掛かってくる人外魔獣を次々かわしながら!


「はぁ。はぁ。はぁ。はぁ」

 ひとつひとつの攻撃が重い。

 達人の剣ならば、こんな感じだろうか?


「まだ、けるか?」

『ああ、けてるな』

「……」

『……』


 ふたつの人外がジッと私を見ている。


「ん――? お前、人間か?」

『そうだ、本当に人間か?』

 

「?」

 おかしなことを言う。


 私は孤児だが、変な生き物から生まれてきたわけではない。

 何を言っているのだ、この連中は?


「人外は、下らぬことを聞いてくるのだな」

 だが、このままでは負けてしまう。


 今は体力があるから受け流せる。

 だが、奴らの体は硬い!

 刃が、通らない!


 シャランジェールは色々切り方を試したとプレアが言っていたな。

 であるならば、恐らくこのままでは切れないだろう。


(これは、困ったな)

 

(リリィを片手に抱き、もう片手に剣を持つ闘い方では後がない。では、どうする?)


「お前、まだ本気じゃないな?」

『ああ、本気じゃない。手を抜いている』


(本気ではないかと聞くのか? 意外と鋭いのだな人外も)


 私は、少し呆れながらも感心した。


「もう一つの剣を使えば本気になるか?」

『そうだ、本気になるか?』


「ん?」

 人外達は、何を言っている?


「両手を使えって戦え! その為の時間をやろう」

『そうだ、時間をやろう』


 私は思わず苦笑した。

(何だ、こいつら? 本気でないから面白くないと言っているのか?)

 

「そうか。ならばプレアの服の周りの人外魔獣達をどかせ!」


「ああ、そうか。どかそう。そら、行け!」

『ああ、行け!』


 人外が手を払う仕草をすると、人外魔獣達がプレアの衣装と荷物を取りに行く道を開けた。


 私はゆっくりと歩き、プレアの荷物の中からリリィを背負う帯を取り出した。

 その帯で、リリィを背中に背負った。

 

 そして、空いた左手に、シャランジェールの形見の剣を手に取った。


 

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