10.プレアの死。そして、”前の国”崩壊の始まり
プレアは笑顔のまま、目を閉じた。
ゆっくりと。
そして、静かに呼吸を続ける。
「プレア」
少し心配になって声を掛ける。
しかし、プレアは返事をしない。
もう、意識が薄れているのか?
人の死など何度も経験している。
ましてや、この手で何人も葬ってきた。
運良く対象は、女・子供ではなかったが、しかし、それでも他の闘いの巻き添えで死んでいく女や子供を見ても動揺するなど無かった。
だが、今は違う。
今は。
フッとプレアが目を開いた。
「んん。……。私、眠っていましたか?」
プレアが尋ねる。
「うん、そうだ。少し寝ていたな。疲れたのだろう」
プレアは顔を私とリリィの方に向けた。
そして、私達を見て嬉しそうな顔をした。
その笑顔が無ければ、私は柄にもなく取り乱していたかもしれない。
「もう、終わりが近いようです」
プレアが言った。
「そうか?」
「リーゲ。私が死ねば、この”前の国”は消滅します。この国は、私の命が支えていたのです。この国は乗っ取られて行くでしょう。それが大きくなれば、やがてはこの世界全ても……」
「そうか」
「あら? 『そうか』で軽く済ませるのですね?」
「と言われても、他に何と言えば良いかわからないからな」
「リーゲ。あなたはあなたの役割を果たしてください。それが道を切り開くのですから」
「うむ。もう、自分の卑賤を言い訳にすまい。私も最強の暗殺者になるだけだ」
「かっこ良いですね?」
私は、プレアの誉め言葉を聞いて、クスッと笑った。
「かっこ良いか?」
「ええ」
ニコニコとして答えるプレア。
やがて、プレアの全身がうっすらと輝き始めた。
(プレア、もう逝ってしまうのか? プレア!)
私は、大声でプレアをこの世に留めたいと叫ぶ衝動と戦っていた。
もう、どんな治療を施しても、プレアを助けることは出来ない。
もう、出来ないのだ。
プレアの神官としての力には、自身をも癒す力がないのか?
そんな悔しさを、声に出して叫びたいぐらいだった。
だが、それをプレアに尋ねても、『できませんよ』の一言で否定されるだけだったろう。
「リーゲ。良く見ていてください。これが奇跡です。とても
プレアは両手を胸の前で組み、そう語った。
足元から、少しづつ、少しづず、プレアの体が光の中に消えていく。
流石の私も、目頭が熱くなっていた。
きっと涙を浮かべていただろう。
自分の涙を確かめてはいないが、プレアが見れば『泣かないで』と諭されているところだろう。
リリィが手を伸ばして、可愛い声を出していた。
そして、プレアの手を握ろうとしていた。
「リリィ? サヨナラとても言っているのか?」
私は赤子のリリィに尋ねていた。
「リリィ。良い子ね。ちゃんと見送ってくれて。優しい子」
プレアは、静かに答えた。
普通ならば、赤子は泣き叫ぶのではないかと思う。
だが、リリィは、まるで『行ってらっしゃい』と言うような感じで、プレアの指を握っていた。
無邪気に手を振り、別れの挨拶をするリリィ。
プレアは薄眼を開け、慈しむような目でリリィを見つめている。
プレアは、言う。
「この子は、死は終わりではないことを知っている。そして、あなたをとても信頼して安心している。だから泣かないのよ」
まるで、私の心を読んでいるかの様にプレアは話す。
『ありがとう、リーゲ。あなた達に出会えなければ、この世界は消えていました。あなたとあの人が私を純粋に愛してくれたから、この世界が続くことが定まりました。その覚悟をすることが、私は出来ました』
『私の為に、何人も死なせてしまいました。それが辛くて生きる事を諦めていました。けれど、それでも尚、あの人とあなた。シャランジェールとあなたは、自らの死を覚悟してでも、私を愛して下さいました。とてもとても、嬉しかったです』
『短い
『さよなら、リーゲ。私を愛してくれた人。さよなら、リリィ。私の愛する娘。辛い運命を託して先立つ母を許してね』
その言葉は、もうプレアの口から発せられてはいなかった。
初めてプレアが現れる時と同じ様に、大神殿の全てから聞こえてきた。
プレアの全身が光に包まれたかと思った瞬間、スゥーとプレアの体が消えていく。
衣装だけがしばらく形を保ち、光が消えると同時に崩れ落ちた。
そして、プレアの来ていた衣裳だけが、その場に残った。
怪我をして血の付いたプレアの衣装だけが、先ほどまでプレアがいたという証になってしまった。
ゴゴゴゴゴゴゴッ!
廃墟の大神殿が大きく揺れた。
「地震か? やはり、お前の死と共に、”前の国”は滅びていくのだな」
人が死ぬとき、不思議と小雪や小雨が降る。
そんな経験を何度もしたことがある。
しかし、流石『大神官 プレケス・アエデース・カテドラリース・ミーラクルム』だ。
お前の場合は、国を揺るがす地震となるのだな。
リリィは天井を見上げながら手をニギニギとして無邪気に笑っている。
まるで、母に別れを伝えている様だった。
そして、私の頬を撫でてきた。
私を元気づけようとするかのように。
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