9.紡ぐ命(つむぐいのち)

 プレアは、ゆっくりと息をしていた。


「”前の国”から他の国に亡命した人はどれくらいいますか?」

 とプレアは尋ねてきた。

「かなりの数が”リンド皇国”に亡命したな」

 とプレアに伝える。

「何故、あなたは行かなかったの?」

「今残っている者達は、生活があるから違う理由だろう。だが私は、”後の国”の人間だ。それに、きっとお前達が帰ってくる気がしていた。他所の国に行く気などなかったよ」

 と、私は答えた。

 プレアは嬉しそうな顔をした。

 

「あなたが居てくれなかったら、私達は本当に詰んでいました」

 プレアは私に感謝してくれた。


「ねぇ、リーゲ。お願いがあるの」

 プレアは言う。

「何だ?」

「リリィの事をお願いしたいの?」

「そ、それは……」

「駄目ですか?」

「いや、駄目ということでは」

「では、何でしょうか?」

「……。私は、暗殺者だぞ」

「はい。存じております」

「その私に、人の子を育てる資格などない」

「どうしてですか?」

「リリィは大神官の娘だぞ」

「今の私は、シャランジェールの妻であり、リリィの母のプレアです」

詭弁キベンを言うな。例え元が付こうとも、大神官の娘は娘だろう? そんな清い尊い存在が、私の様な暗い生業の男に育てられて良いはずがない」

「私は、全てを承知で、あなたに預けようとしています」

「全てだと?」

「はい。花を咲かせるには、種を土に埋めなければなりません。百合の花も同じ。球根を一度土の中に埋めなければなりません。しかし、時期が来れば芽を地上に伸ばし、花を咲かせる。そういう意味も込めて、私はこの子に『リリィ』と名付けました」

「……」

「あなたの思うように、この子を育てて下さい。暗殺者なら、誰よりも強い子に。それは、あなたにしかできない事です」

 プレアは私の方を見て、優しいまなざしを向けながら言っている。

 そして、続けて言う。

「あの人とあなたに出会い。そして、二人の気持ちを理解した時、私は全てを覚悟しました」

「プレア、……」

「私が生きている限り、人外は私の命を狙うことを諦めないでしょう。私が生きている限り、彼らの覇道を邪魔すると知っているでしょうから。だから、全てを私から引きはがし、私を孤立させて追い詰めて来た。その最後にあなたとあの人が来たのよ」

「プレア」

「これから命を奪い取ろうとしている人間に好意を抱くなんて不謹慎な人だと思いましたけど。あなた方二人の紳士な気持ちは直ぐにわかりました。そして、私は、あなた方に託そうと思い定めたのです」

「そうか」

「はい」

 嬉しそうな目で、私を見つめてくれるプレア。

「リーゲ。あなたの剣を見せてください」

「剣を? これだが、何をするつもりだ?」

 私は、剣を取り出し、プレアに渡した。

「あなたの剣にも、あの人と同じ『聖なる光』を宿したいと思います」

「聖なる光? そうか」

「半信半疑ですか?」

「う、うむ。まあな」

 プレアは、私の剣を手に持ち、目をつむり祈りを始めた。

 

「我が聖なる力、我が命、我が想い。主なる神の光よ。この剣に宿り、この剣に聖なる力を与えたまえ。主なる神よ。我が想いに答えたまえ。我が命に代えた祈りに応えたまえ」


 プレアがそう言うと、プレアの全身が薄く光り輝き始めた。

 その光が、私の剣をも包んでいく。

 

 そして、プレアの全身の光が、剣に集まり、そして剣の中へしみこむ様に入っていった。

 

「おおお」

 私は、驚くほかなかった。

 私の剣は、今まで持っていたものと違い、シャランジェールの剣と同じ様に、美しく綺麗な剣に生まれ変わっていた。


 プレアは、少し疲れた感じで、肩で息をしていた。

「プレア? 無理をしたのか?」

 私は心配した。

「ええ、ちょっとね。でも、あなたとリリィを守るために私が出来る事をしただけよ」

「そうか」

 プレアは、その剣を私に渡した。

「これで、あの人外と、対等に戦えるようになりました。私に出来ることは、これくらいですけど」

 そう言うと、プレアは少し寂しそうで悔しそうな顔をした。

「何を言う。十分だ。十分だぞ、プレア。あのシャランジェールの剣と同じにしてくれるなんて。あいつが聖なる剣の強さを証明してくれている。しかも、その剣が二本もあるのだ。十分だぞ」

 私は、プレアを励まし、感謝した。

「本当に?」

 嬉しそうな顔をするプレア。


「まだ、あなたに託したい力があります」

「何だ? もう無理はするな」

「いいえ。そう言うわけにはいきません。リーゲ、少し顔を近づけてください」

 そう言うと、プレアは手の平を私に向け腕を伸ばした。

 私は言われるがまま、顔を近づけてた。


 プレアは、私の両目を伸ばした手で覆い、こう言った。


「我が聖なる力、我が命、我が想い。主なる神の光よ。この者、リーゲンダ・テンプルムに、『使役の力』を託す事を許したまえ。この者は、この力を正当に使う事が出来る者です。我が名において、これを証明します」


 プレアの手の平から淡い光が出て、私の両目を包み込みこんでくれる感じがした。

 とても暖かく、柔らかい光。

『使役の力』などという物騒な名前とは程遠い感じがした。


「プレア、そんな力を私に託すのか?」

 プレアに尋ねた。

「ええ。あなたなら使いこなせます。きっと役に立つでしょう。この力はあの人には与えなかったのよ。何故与えなかったのかは、あなたならわかるでしょ?」

 いたずらっぽくプレアは答えた。

「私に王になれと言うのか?」

「フフフ。なりたいですか?」

 また、いたずらっぽく笑うプレア。

「すまん。冗談だ」

「使い方までは、十分に教える時間がありません。ただ、人外には使えないと思った方が良いでしょう。あの者達は、人の心がないのですから」


 リリィは、私とプレアのやり取りの間も、クリクリとした目で見比べていた。

 その間も、愚図って泣くことも無かった。


「リリィは、大人しい子なのだな」

 プレアに尋ねる。

「そうですね? 本当に良い子です。もっと甘えてくれても良いくらいなのに」

 目を細めてリリィを見るプレア。

「お前が死んでしまうということが、もし分かったら泣くのではないのか?」

 すると、プレアは否定した。

「いいえ。この子は知っているのです。死は永遠の別れではないということを」

「どういうことだ? 私は沢山の人間を死に追いやった。生き返ったものなど一人もいないぞ」

「この子の見ているのは、肉体の命ではありませんよ」

「ん?」

「永遠の命、生き遠しどおしの命。それを見ています。だから、寂しいと思っていないのですよ」

「ふーむ。良くわからんな」

「良いんですよ。だから、母が死んで居なくなるとは思っていないのです。その姿が見えるのですから」

「そうか。私には見えないな」

「そうですね」

 プレアは、フフフと笑った。


「プレア、分かった。この子を、リリィを預かる。そして、一人前の、最強の暗殺者に育てる。誰にも負けない強い子に」

「はい。お願いします。自分の力で運命を切り開ける強い子に育てて下さい」

「しかし、プレアよ。転移の力や聖なる光を宿せる力、これで人外とは戦えなかったのか? その力を示して、周りを説得することはしなかったのか?」

「それは、この国の人々が、それを望まないからです。望まれない以上、示すことが出来ないのです。それ程、繊細な力なのです」

「そう、なのか?」

「ふふふ。残念な力ですかね?」

 プレアは、いたずらっぽく答えた。

「いや、そうではないが」

「リーゲ。あなたの好意に付け入るようなお願いをする私を許して欲しい」

「何を言うプレア。私は嬉しい」

「リーゲ」

「惚れた女の願いに応えたいと思う気持ちは、シャランジェールにも負けない」

 私は、すまなそうに言うプレアに、笑みを浮かべて答えた。

「はい。はい」

 プレアは、嬉しそうに、何度も頷いた。


 私はプレアが可愛くなり、思わず頭を軽く撫でた。


「リリィの未来については、あなたは気にしなくて大丈夫です。この子は、自分で切り開きますから」

 また、プレアは不思議な事を言う。

 だが、暗殺者としてしか生きられない私には、リリィに明るい未来を指し示すことなどできない。

 だが、プレアの言うことが本当になる事を、信じる他なかった。


「リーゲ、私が死んだら、この体はどうなるのでしょうか?」

 プレアが尋ねた。

「そ、それは、……」

 私は、伝え辛かった。

 仇の様にしていた大神官の遺体だ。

 そっと埋葬するかどうかなどの保証はない。


 だからと言って粗末に扱うかどうかわからないが、いずれにしても、ヤキモキすることになるだろう。

 私は暗い表情になっていた。


「リーゲ。そんなに暗い顔にならないで。ならば、この体。この世に置いていきません」

「?」

 私は、何を言っているんだと思った。

「持って帰ります」

「持って帰る?」

「はい」

「そうか」

「そうすれば、あなたの困りごとがひとつ減り、あなたに奇跡は起きるものだと信じてもらえるでしょうから」

 プレアは笑顔で答えた。

 

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