8.再開

 祭壇があった広場。

 プレアが姿を現した場所。

 その場所には、天井の隙間から木漏れ日に薄く差し込んでいた。


 その場所は、何度も確認しに行った場所だ。

 そして、落胆して帰っていた。

 今日も、同じ様な気持ちでやって来ていた。


「ん? 風が? どこから? 外は無風だったはず」

 どこの隙間から風は入ってきているか、周りを見回したがそれらしい隙間は見当たらなかった。

 整備されていないとはいえ、それほどボロボロではない。

 

 周りを見回して、再び祭壇前の広場に目をやった。

 

 光始める。

 祭壇前の広場が。


 私の胸が高鳴った。


「も、もしや? ……、これは?」

 

 ただ、性分なので、剣に手をかけながら警戒し様子を見守った。


 そこには、あの時と同じ様な光の渦が現れていた。

 金と銀と白と黄色、それらの光が入れ替わり、時に互いに混ざり合い、渦を巻く。

 そして、風。


(ああ、先ほどの風は、これだったか?)


 その光の渦は段々激しく大きくなっていく。


 その光の渦は、前見た時よりもスケールが大きくなっていた。

 そして、前の時は鋭い光を時折放っていたが、今回のは春の木漏れ日の様に優しい。


 そして、その光の渦がある程度広がると、今度は少しづつ小さくなっていく。

 そして、その渦は、前と同じ様に徐々に薄くなっていく。

 

 ゆらゆらと人影が見えて来た。

 誰かが小さな子を抱いている様だ。

 その女性は剣手に持ちながら、その子を大きな布で包んで抱いている。


 私は胸が高鳴った。


「プ、プレア! プレアだな?」


 そう、そこに現れたのは、我が親友シャランジェールと共に大神殿からいなくなった『大神官 プレケス・アエデース・カテドラリース・ミーラクルム』、プレアであった。


 初めてこうして会った時のプレアは、少しきつい目をしていた。

 そうだろう、自分を殺しに来ていた暗殺者だったのだから、あの時は。


「やっと会えた。探していたんだぞ! プレア!」


 プレアの周りの光の渦が、ほとんど消えかかった時、ようやくプレアは私に気が付き視線を向けた。

 手に抱いていたのは赤ん坊だった。


 私の姿を見て、ホッとした表情をするプレア。

 すると、気を失うようにして足元から崩れ、倒れ始めた。


 慌てて私は駆け寄り、赤ん坊を抱いたプレアごと体を支えた。

 そして、ゆっくりと座らせ横寝かせた。

 先ほど手にしていた剣は、カラン・カランと音をたて足元に落ちていた。


 プレアは、怪我をしている。

 

 シャランジェールは?

 シャランジェールはどうしたのだ?

 お前を守っていた守護団の連中は、一緒に転移して来ていないのか?


 思いが一気に頭にあふれ、言葉に詰まってしまった。

 私は、ただただ、プレアをギュッと抱きしめていた。


 しばし、そのままでいたが、やがてプレアが意識を取り戻した。


 プレアの眼から涙が溢れていた。


「リーゲ。良かった、また会えて」

 プレアから、初めて『リーゲ』という名前で呼ばれた。

 それは、私と親しいものしか呼ばれたことがない名前。

 シャランジェールは恥ずかしがって、その名前を人前で呼ぶことはめったに無かったが、プレアに教えたのだろう。

 

 そのプレアの声は、前の威厳のあった声と比べると、かなり弱っている。

 

「プレア! どうしたのだ、この傷は? シャランジェールは? シャランジェールは何をしている? お前を危険な目に遭わせて、今どこにいるのだ? ”最後の守護団”の連中は何をしていたのだ? 何故、私も連れて行かなかったのだ? シャランジェールだけで守り切れないのは、わかり切っていたはずだ!」

 普段無口なくせに、傷つき弱っているプレアに思っていたことを滝の様に質問してしまった。


 プレアは、手を挙げて私の頬を軽く撫でる。

 その手は、自分の血で汚れていた。


「落ち着いて、リーゲ。いっぺんに話されても、答えられないわ」

 涙を浮かべながら、優しい目で私を見つめてなだめてくれるプレア。

 こんなに、自身は傷つき疲れているというのに。

「す、すまない」

 私らしくもない。

 こんなに取り乱すとは。


(少し、落ち着こう)


 落ち着こうと、プレアが抱いている赤ん坊に目を向けた。

 すると、その赤ん坊は、ケラケラと無邪気な声で笑い返してくれた。


 私は、思わず顔が微笑んでしまった。


(驚いたな。今までしかめっ面しかしてこなかったこの私が、この赤ん坊に対して微笑みを返すなどとは)


「この子の名前は、リリィと言うの。百合(ユリ)という花の名前のから取ったのよ」

 プレアが嬉しそうにリリィを紹介してくれた。

「そうか? リリィか? 可愛い名だな」

「本当? 嬉しいわ」

 私の感想に嬉しそうに答えるプレア。

 ”後の皇帝”の圧力に屈しなかかった大神官も、リリィの前では親バカなのだな。


「傷の具合を見よう。リリィを少し預かる」

 そうして、プレアからリリィを引き取って、プレアが差し出した荷袋から敷布を取り出し、そこにリリィをそっと寝かせた。


「少し、体に触れるぞ」

「うん」

 と返事をするプレア。


 あの傷の具合からすると、致命傷のはずだ。

 傷を見た所で、止血すら意味がない。


 傷の具合を見てみたが、案の定手遅れであった。

 血をふき取り、傷の周りを綺麗にした。


「リーゲ。そんなに悲しそうな顔をしないで。覚悟をしていたことです。それよりもリリィの方をお願い」

 プレアは、先ほど寝かせたリリィを心配した。

「わかった。私が抱いている。私に任せろ。お前は横になれ」

「ありがとう、リーゲ。優しいのね」


 まだ赤子のリリィを、そのまま寝かせていたのでは風邪を引かせてしまう。

 プレアの用意していた敷布と毛布にくるみ、リリィを私が抱き上げた。


 キラキラした目で私を見つめるリリィ。


 つられて私も目が細くなってしまいそうだ。


 ふとプレアを見ると、嬉しそうに私達を見ていた。


「ああ、あの殺気に満ちた目をしていたリーゲが、こんな優しい目を」

「恥ずかしい事を言うな」

「ふふ、御免なさい」

「それにしても、プレア。説明してくれないか? シャランジェールはどうなった? ”最後の守護団”達は?」

 そう言うとプレアは悲しそうな眼をした。


「リーゲ。足元の剣を見てください」

 プレアが言う。


「あ?」

 こ、この剣は、シャランジェールの剣だ!

 気が付かなかった。


 プレアに再会できた事と、プレアの傷。

 そして、リリィという赤ん坊の方に気が向いて見落としていた。

 そう言えば、剣を携えていたな。

 光の加減で、シャランジェールものと判別しずらかった。


 この剣は、こんなに美しい剣だったか?


 そして、この剣がシャランジェールの手に無く、プレアが持って来たということが、全てを物語っていた。


 私は、天を仰いだ。


(シャランジェール! 我が親友、シャランジェール!)

 

 そして、”最後の守護団”の運命も、その剣は語っていた。


「あの人は、最後まで戦ってくれました。私と、守護団を守るために」

 プレアは語った。

「だが、おかしい。シャランジェールなら負けないはずだ。私と同じ技量を持っている奴だ。多少の相手に負けるはずは……」

「追ってきた相手は、人ではない者達です」

 と、プレアが私の言葉を遮って話した。

「人ではない者達?」

「そう。人ではない者。私は、あの者達を『人外』と呼んでいます」

「『人外』?」

「はい。人外です」

「化け物ということか?」

 私は、”後の皇帝”の代理と一緒にいた、あのフードの奴を思い浮かべていた。

「似たようなものですね。そして、その手下の化け物を『人外魔獣』と呼びます。『人外』は、これらと一緒に現れます」

 そう言うと、プレアは少し血を吐き、咳き込んだ。

「だ、大丈夫かプレア? もう、喋るな」

「今、話しておかなければならない事なので」

 プレアはそう言うとニコリと笑い話を続けた。


「あの人の剣に、私が聖なる力を宿して、あの人は戦いました。でも、人外を切ることが出来なかった。私も戦いなれていないのもあったかもしれません。十分にあの人を支援できなかった。悔しいです」

 そう言って目に涙を浮かべるプレア。


「でも、あの人は、それでも笑顔を忘れなかったのですよ。あの人は『さようなら』とは言わなかった。その人外との闘いを剣に刻み付けるような闘い方をしていたわ。どうして、そんな事をするのかわからなかったけど」

 プレアは少し不思議そうな顔をした。

 プレアに分からないのは仕方がない事だ。

 シャランジェールの事だ、あらん限りの切り方で、その人外を切ろうとしたのだろう。

 普通なら、刃こぼれをしたり、折れたりしているはずだ。

 それ程激しい戦いをしながらも、この剣は刃こぼれひとつ、傷ひとつついていない。

 この剣は、元は私の持っている剣と同じものだ。

 歯が通らない相手に切り続けていたら、こんな綺麗ではいられないはずだ。

 だが、この剣は、新品の様に光輝いている。

 いや、新しい剣の輝きとものとは違う光だ。


 プレアは聖なる光と言っていたな。


「最後まで、シャランジェールは頑張ったのだな。守護団の連中も」

 私がそう言うと、プレアは誇らしげに答えた。

「はい」

「そうか」

「あの人の、シャランジェールの最後を見届けた私は、彼の剣を取り戻そうと無理をしました。この怪我は、その時のものです」

 私は、思わず目を伏せた。

「何で。何で、そんな無茶なことを!」

 しかし、プレアは嬉しそうに答えた。

「だって、あの人の大事な剣を、そのまま捨て置けません。それに、あの人は、これをあなたに渡したいと思って戦っていたのでしょうから。私は、あの人の願い通りにしたまでです」

「しかし、……」

「あの人も覚悟していたことですよ。私も助からないことは。仮に剣を持ち帰らずに、あなたの元に逃げて来ても、今度はあなたが死んでしまう。その可能性を少しでも減らすためには、こうするしかなかったのです」

「だが、お前が死んでは、リリィが。赤ん坊のリリィはどうなるのだ?」


 プレアはそう言われると、軽く目を伏せ辛い表情をした。

 しかし、直ぐに笑みを取り戻して、こう言った。

「リーゲ。あなたが居る。あなたが居るから、私達は、命がけで剣とリリィを守ったの。あなたが居れば、きっと大丈夫だと確信があったから」

「そんな無茶なこと言う。私とシャランジェールは同じ技量なのだぞ。あいつが勝てない相手に、私が勝てるとは……」

「その為に、あの人は剣をあなたに伝えようとしたのです。この聖なる光を宿した聖なる剣を」

「だが、この剣は?」

「同じに見えましたか?」

 プレアは、少しいたずらっぽく尋ねてきた。

「いや、少し。いや、大分違うな。どういうことだ?」


「私に許された力のひとつです。剣や物に対して、聖なる光を宿し、魔を払う武具とすることが出来るのです」

 とプレア。

「そ、そんなことが……」

 私は信じられなかった。

「でも、剣には傷ひとつありませんよね?」

「確かに。そうだ」


「私に剣の心得があれば、無傷で取り返しすことも出来たでしょう。でも、ご覧の通り、私不器用でしょう? あなた達の様には行きませんでしたわ」

 そう言うと、少し恥ずかしそうに笑う。

「プレア」

 私は、何も言えなくなっていた。


 二人は、全てを私に託す覚悟だったのだ。

 ここから去る時、いや、プレアがシャランジェールの結婚の申し込みを受けた時から。


 薄々は分かっていた、分かっていたが、そんな不幸な未来は認めたくなかった。

 だから、意識すらしない様にして来た。


 だが、それは無意味だったようだ。


 プレアは、無理をして転移の力を使ってきたのだろう。

 場合によっては、何度でも。

 それが、傷を悪化させることになったとしても。


 

 そして今、プレアは赤ん坊のリリィを残し、息を引き取ろうとしていた。

 

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