5.二人の行方

 ”前の国”の王宮が近づいて来た。

 もう、この王宮には、”前の国”の王族貴族達はいない。


 そいつらの生死は知らない。

 そんなことは、どうでも良いことだ。

 あ奴らは、生き延びさえすれば満足なのだろう。


 戦闘らしい戦闘も起きなかった。

 しかし、良くない噂も耳にした。


 大神官であるプレアが追われた直後から、王宮内の様子がおかしくなってきたらしい。

 中には青ざめて逃げ出すように出ていった者もあれば、気が変になった者もいたらしい。


 この国が、かろうじて”前の国”として保っているのは、まだプレアが死んでいないためだ。

 この国の人々の心が、大神官への思いがあるために、大神官としてのプレアの力が、”前の国”を守っていた。

 だが、”後の皇帝”は、このプレアの力を排除する秘策を持っていたらしい。

 

 国の王よりも崇拝されていた大神官プレアが”後の皇帝”を認めないのなら、彼女を排除するほかない。

 まさか、大神官プレアを信じる民を皆殺しにするわけにもいかない。

 国が弱ってしまう。


「リーゲンダ殿、到着しました」

 馬車の外から男が声を掛けて来た。

「うむ。わかった」

 私は返事をして、馬車を降りる。

「あなたがリーゲンダ殿ですか?」

 ひとりの審議官が、そこに立っていた。

「そうだが」

「貴殿に確認したいことがあります。ご同行願いたい」

「承知した」

 私は答え、後に付いていく。


 私は、ほとんど人のいなくなった”前の国”の王宮の中を歩いて行った。

 プレアもここを訪れたこともあるのだろう。

 その時は、もっと華やかだったに違いない。

 だが、当時の王族貴族は、大神官プレアを人身御供ヒトミゴクウにして、国を譲り渡そうとしている。

 その件で、王への信頼は民からは失われている。

 それは、そうだろう。


 薄暗い部屋に通された。

 そこには、二人の審議官がいた。

 一緒に案内してきた審議官も、その隣に並んだ。


 私は片足を跪いて頭を垂れ、審議官たちの言葉を待った。


「貴殿が、リーゲンダ・テンプルムだな」

 中央に座る審議官が詰問キツモンして来た。

「はい。相違ございません」

「シャランジェール・エクセルキトゥスは、貴殿と同じ暗殺部隊の者だな」

「はい。その通りでございます」

「貴殿らは、”後の皇帝”の命により、”前の国”の『大神官 プレケス・アエデース・カテドラリース・ミーラクルム』の刺殺命令により、”前の国”の大神殿に向かったのだな」

「はい」

「そして、大神殿で『大神官 プレケス』を見つけた」

「はい」

「しかし、その刺殺には至らなかかった。失敗したのだな」

「はい」

「……」

 質問しいた中央の審議官は、しばらく私を見据えていた。

 そして、左右の審議官に耳打ちをしながら会話していた。

 右側にいた審議官が私に詰問をしてきた。


「貴殿は、失敗というが、失敗ではなく見逃したのではないか?」

 きつい口調で言ってきた。

「いいえ。そのようなことは御座いません。ただ、『大神官 プレケス』に翻弄されたことは事実です。それ故に、失敗いたしました」

「……」

 右の審議官は睨んだまま、言葉を続けた。

「で、お前の仲間のシャランジェールは、『大神官 プレケス』を助け一緒に逃げたと?」

「はい。私を不意打ちにして……」

 私は、表情一つ変えずに返答した。

 これらの返答の仕方については、シャランジェールらと何ら打ち合わせもしていない。

 だが、互いに知った友である。

 彼の意図する所はわかっている。

 私の代わりにシャランジェールがこの場にいたとしたら、同じことを言うだろうし、私も望むだろう。

 

「彼は大怪我をしていたとのことです。リーゲンダ殿、そうだな?」

 左の審議官が言った。

「はい。シャランジェールにやられました」

「ふむ。怪我は手当したのか?」

「はい、軽く応急措置を。かなり出血しましたが、日ごろより鍛錬しているので、こうして歩くことは出来ます」

「ふん! 頑丈なのだな」

 右の審議官が吐き捨てるように言った。


「他の者は、どこに逃げた?」

 中央の審議官が詰問をして来た。

「はい。残念ながら、気が付いた時には誰もおらず。行方までは」

「おかしいではないか? 忽然とあの神殿から消えたと貴殿は言うのか?」

 右の審議官が苛立ちながら詰問して来た。


「はい。支援部隊が到着した後に私は目を覚ましました。支援部隊からの報告の通りかと思います」

「……」

 報告が私ではないので信じざるを得ないが、右の審議官は納得していないようだ。


 中央の審議官が、左右の審議官に耳打ちをした。

 そして、三人の意見をまとめたようだった。


 私に向きなおした中央の審議官は、こう言った。

「うむ。わかった、リーゲンダ殿。これで、審議は終わりとする。貴殿の裏切りの疑いは晴れた。だが、失敗は失敗。しかし、現状況では、貴殿を罰している暇がない。怪我が回復次第、任務に復帰せよ。良いな!」

「はっ!」


 私は立ち上がり、礼をして部屋を後にした。


 来た廊下を引返しながら考えていた。

 シャランジェールが私も連れて行こうと判断しなかったことを生かさなければならない。

 私とシャランジェールだけなら、”後の国”の連中など敵ではないだろう。


 だた、”後の皇帝”の黒い噂。

 どうも嫌な予感がするのだ。

 逃げ切って三年ぐらいと予想するのは、そこから来ている。

 数々の死線を潜り抜けた私の感が、そう言っている。

 シャランジェールも同じ判断をしたが故に、この行動をしたのだ。

 

 そして、プレアの安全。

 これを考えると、難しい。

 

 プレアが国を離れたぐらいで、崩壊するものだろうか?

 こういう信心深いことは良くわからないから、理解できない。

 彼女の手足を縛って拉致同然に連れ出すことなどしたくない。


 何故なら、私もシャランジェールもプレアに惚れているのだ。

 

 王宮の外に出た時、大神殿のあった方角をもう一度見た。

 今の私には、こうして時を待つ以外に方法がないようだ。


(いったい何の時を? プレア。シャランジェール。私は、何を待っていれば良いのだ?)

 

 この問いかけに答えてくれる者は、”前の国”にも、”後の国”にもいない。

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