4.失った大切な二つのもの

「リー……殿! ……殿! リーゲンダ殿、大丈夫ですか? リーゲンダ殿!」

 誰かが私に呼び掛けている。


(む、私は気絶していたのか?)

 ヌルっとした感覚を感じながら、私は起き上がろうとした。


(血の匂い? 私のか? いや、首のあたりを切られた感覚があるが、致命傷ではない。それに、倒れた原因は、後頭部をぶたれたのだ。そして、傷口も、こんなに血を流すほどの傷でもない)

 私は、首のあたりなどを確認していた。

 手や体には、血が沢山ついていた。


「リーゲンダ殿! あまり動かれない方が。 そのままジッとしていてください。直ぐに止血をし連れいたします」

 そう声をかけてきたのは、”後の国”の配下の者たちだった。

 私のような暗殺部隊の支援に回っている連中だ。


「いや、大事無い。一人で手当てできる。外に出ておけば良いか?」

 私は答えた。

 下手に手当てさせれば、傷口の状態から血の量が多すぎる事が、ばれてしまうと恐れたからだ。

 

(シャランジェールめ。細かい事をする)

 私は、さも大怪我で動きが鈍いように立ち上がり、大神殿の外に向かった。


 周りを見たら、あの時にいた”最後の守護団”達もいなかった。

 当然、プレアも、我が親友のシャランジェールも。


(置いていかれたか。私は……)

 いや、元より本気で一緒に行こうなどとは思ってもいなかった。

 迷ってはいたが。

 だが、少し寂しくも感じた。

 

(寂しい? この私が……)

 そう思う自分が、少しおかしく思えた。


「リーゲンダ殿? どうされましたか? 何か気になる事でも?」

 私がニヤッと笑ったので、傍にいた奴が気になって声をかけて来た。


「いや、何でもない。逃げられてしまって不甲斐ない自分を笑っていただけだ」

 そう言って誤魔化した。

「そうですか? しかし、やむをえませんよ。相手は、あのシャランジェールです。不意打ちなのでしょう? そうでなければ、同じ力量の貴殿が打たれるはずがない。大神官プレアに気を取られている時に、後ろからやられたのでしょう」

「そうだな。それもそうだ」

 私は、そう答えた。


 外に出て、”後の国”の馬車へ乗るために歩いていく。


 周りを見てみても、もう”最後の守護団”達の姿はない。

 遺体すらも。


(騎士の遺体も連れて行ったのか? きっとプレアが言い出したのだろう。シャランジェールも、さっそく尻に惹かれているな。良いザマだ。いや、”最後の守護団”達が、自分達を置いていくなら自害すると我儘ワガママでも言ったか? 仕方が無いから、遺体も含めて全員連れていく羽目になったかもしれんな。大変だったろうに)

 顔には出さないようにして、あいつの事を笑った。


 きっと、困った顔をしていただろう。

 容易に予想が付く。

 ”最後の守護団”達もいたから、人手は足りただろうが。


 血を吹いた布を捨て、私は馬車に乗りこんだ。


「ふぅ。少し疲れた」

 座ると目をつむり、大神殿に入った時からの事を思い返していた。


(それにしても、どうやって移動した? あれだけの人数を? あの不思議な術か?)


 プレアが、初めて我々の前に現れたシーンを思い返した。

 とても、美しいシーンだった。

 光の中から生まれた女神。

 そう思ったぐらいだった。


(あれだけの力を持っているのに、何故こんな窮地にプレアは追い詰められていたのだろう。……、もはや聞くことは叶わないが)

 次に会う時は、遺体になっているだろう。

 私の前には、もう二度と生きて現れない気がした。

 きっと、私に類が及ばない様に、プレアとシャランジェールが考えているだろうから。


(そうか。私があの時迷っていた。困っていた。それを見たプレアは、シャランジェールの申し込みを受けて、私の生きる道筋を残したのだろう。早めに大神殿を離れる為に、決断したのだろう。だが、シャランジェールが断れたら、次は私がプレアに……)


 しかし、私は一人首を振ってそれを否定した。


(いや、出来んな、私には。それをやってのけるのが、シャランジェールらしいところだ。まったくあいつは……)


「リーゲンダ殿! 出発します。よろしいですか?」

 コンコン!っと、ノックをして”後の国”の奴が声を掛けて来た。

「ああ、頼む。少し疲れた。寝ていくから到着したら起こしてくれ」

「承知しました」

 その男は「よしっ! 出せ!」と合図を掛けた。

 

 窓を開け、大神殿の方を今一度確認した。


(もう、あそこにも戻って来ないのだろうな)


 私は、このミッションで、二つのものを失ったことになる。


 ひとつは、我が親友シャランジェール・エクセルキトゥス。

 暗殺者として育てられて以来、ずっと一緒だった奴だ。

 無口な私とも良く気が合い、互いに切磋琢磨した仲だ。

 奴とは、もう二度と会えない。


 そして、もうひとつは……。


 どこぞの農村で三人が村人として出会っていれば、お互い誰が意中の女性を妻にするかと仲良く競っていたことだろう。

 平凡で、平和な暮らしを出来ていれば。


 だが、最悪の状況で、私は彼女に出会った。

 私は暗殺者で、彼女は”後の国”に敵対する暗殺対象者で大神官。

 

 私は迷った。

 だが、友は迷わなかった。

 故に、私は選ばれなかった。

 寂しい事である。

 

 どちらかというと、友よりも彼女に会えない事の方が失望感が大きいようだ。


「我ながら情けないな」

 思わず口にしてしまった。


(時々、大神殿も見回ってみよう。もしかしたら、一時的にでも戻って来ているかもしれない)

 そんなことはあり得ないのだが、もしそうなった時にプレアが私以外の奴に会ってしまったら、確実に殺されるからという心配をしていた。

 

(なんて未練たらしい男なのだ。私は……)


 もう一度、大神殿を見ようと窓を開けて覗いてみたが、もう見えなくなっていた。


 

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