第3話

                    ♤


「おい、そこ違うぞ」

「…………」


 テキストに直接指をさして指摘するも、舞依はふんと鼻息を漏らすだけで、次の問いに進んでしまう。


「なに怒ってんだよ、最近なんか変だぞお前」


 ここ数日というものの、学校での舞依の態度が明らかにおかしい。

 こちらに対して何か怒っているような様子で、以前よりも学校内であまり喋らなくなった。

 かと思えば、こうして律儀に勉強会には出席してくるので、いよいよ分からない。


「別に、怒ってないけど? 最近変なのはアンタなんじゃなくて?」

「俺が? なにも変わってねえだろ別に……」


 ふうん、とあからさまに納得していないような声を漏らし、カバンから出したスナック菓子を食べ始めた。今日はコンポタのアレだ。


「おいまだ全然やってないだろ! ああっ、だからこぼすなって!」


 こっちの叫びもむなしく、ふんとそっぽを向いてボリボリと次々に口の中へと放り込んでいく。


「……ったく、何度言ったら分かるんだよ、お前は」


 ガサ――と。

 あれだけ忙しく動いていた舞依の手が、不意に袋の中で止まった。


「あっそ、天才サマのお時間を無駄にさせちゃってどうもごめんなさい、私バカなもんで」

「はあ? お前、なに言って――」


 その言いかけた言葉の上から被せるように。

 バサッ! と、舞依はスナック菓子の袋を机に叩きつけ、勢いのまま椅子から立ち上がった。


「ああもうっ、アンタもとうとうバカになったワケ!? ほんとは成宮さんと一緒に帰りたいのに、私みたいなバカに付き合わせてごめんなさいねって言ったの‼」

「はっ、成宮? ……どうして成宮がここで出てくんだよ」


 冷静に……というかなんのことかも分からないから冷静にも何もないが、とにかくいつも通りの切り返しをするのに対して、ばつが悪くなったように舞依は顔を背けた。


「……最近仲いいじゃん成宮さんと、だから私なりの気遣い」


 まがりなりにも学園トップクラスと謳われるだけの秀才、浅井秀斗。

 その意味をんで理解するのに、数秒も要らない。


「ばっ、なに勘違いしてんだ! 成宮と俺はそういうんじゃねえよ! ただ委員がちょっと同じで一緒に仕事するってだけで」

「委員って? アンタ図書委員じゃん」


 ちなみに成宮は美化委員。


「いや、それは……」


 数秒ほど言いよどむ秀斗にしびれを切らしたか、舞依は分かりやすくため息を吐くと、机上のテキスト類をスクールバックへと押し込み始め、それを肩に担いだ。


「ほらね、そういうことじゃん」

「だから……っ!」



「――秀斗はやっぱり、頭が良い人を好きになるんだね」



 気づけば、背を向けてぽつりと呟く舞依の腕を、反射的に握っていた。


「……なに? 痛いんだけど」

「あっ、いや……」


 もちろん、ここで気持ちを伝えられれば全ては丸く収まり、万事解決になることくらい、秀斗にも分かっている。

 だが――。


「……悪い」


 すっと、舞依の腕から手を離した。

 離した手がぶるぶると、怯えたように震えている。


(……気づいたか?)


 恐る恐るといった感じで舞依の顔を見上げる――舞依は気持ち半分といった感じで振り返っていた。

 手入れされた長いブロンドの髪が上手いこと表情を隠している。


「――お幸せに」


 無慈悲に、ぴしゃりと音立てて教室の引き戸が閉められた。

 生ぬるい教室の中で、ひと握りの空白だけが残る。


「……くそっ‼」


 地面にこぼれたスナック菓子を蹴ってみたって、空しい空洞の音がするだけだった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る