真偽

真偽


 私の名前を考えた。なんでそんなことを考えるのかに至ったとき、特に理由がないことに気がついた。いつも要因となるものは自分の中にはなくて、他人からすべてが生まれているような気がする。だからといって、そんな思考は他人から生まれたわけではない。もしかしたらきっかけのようなものはあったのかもしれないけれど、そのきっかけを思い出すのは容易ではなかった。さりとてどうでもいいことに思考を回しすぎているだけの話かもしれない。一日の思考の大半は、そんな雑音の渦のようなことばかりだった。


 今日は快晴だった。快晴だったけれど、太陽の熱を感じることはできなかった。最近に関しては、太陽が出ている日中よりも、太陽が隠れた夜中のほうが暖かいような気もする。そんな感覚を覚えたから、とりあえずと言った具合で、携帯から天気予報を立ち上げてみる。実際の温度は夜のほうが低い。


 きっと、心の持ちようなのだと思う。持ちようというか、解釈というか。


 日中は風が吹いていたのだ。枯れた葉っぱを風が攫ってベランダの方にまでそれを運んできた。それを掃くことに躊躇いを産んでしまって、ただそれを呆然と見つめていた。そんなことをしているから、無防備に風を浴びていたのだから、そりゃ寒いと感じてしまうかもしれない。


 夜も風は吹いていた。でも、たまに木々が音を鳴らすくらいで、それ以上も以下もなかった。それが木の葉を運んだのか知らない。きっと運んだのかもしれないけれど、そんなときにベランダに出ることはなかった。だから、寒さを感じることはないのだろう。


 もしくは他の要因もあるかもしれない。


 太陽が出ている、という理由だけで、少しだけ着込むことを怠った。夏に人を殺すほどの日射を浴びせる太陽ならば、冬であっても温もりを産んでくれるだろう、そんなどうしようもない期待から、適当に上に羽織ることしかしていなかった。


 そんな状態と今の、この夜の状態を比べてみれば、差は歴然だと思う。


 分厚すぎると言っていいジャケットを着て、そうして私は道を歩いている。外気に触れている肌の冷たさは認識できるけれど、羽織ったジャケットの温もりが体のうちから逃れることはない。歩いていれば、その熱は体の節々に伝わるような気もして、いよいよ汗さえかきそうになる。


 すべて、捉えようだ。そして、すべてで状況が異なるのは当たり前のことだ。


 私は人の言葉を耳に入れるとき、いつもどう返せばいいのかを迷ってしまう。


 私は人の言葉をきちんと解釈できているのだろうか。それは本人の意図に沿っているものなのだろうか。もし、的はずれなことを言ってしまえば、それは人を傷つけることにはならないだろうか。人を傷つけて、最後に私は傷つかないだろうか。


 結局は、私がすべて。人のことなど二の次であり、それが当然だとも思っている。


 偽善という言葉がある。偽善という言葉が私は嫌いだ。


 抱いてもいない正義心を振りかざして、善人であると示すような面をする人間が嫌いだ。でも、そんな人間であっても、振りかざした善意については、もしくは結果と表現されるべきものは本当になる。だから、せめて偽善ではなく、真の善意であれば私は救われると思う。


 募金という行為には疑問を抱きがちだ。そこに何も感情が介在しなければいいような気がする、もしくは本当に助けたいという願いがあればいいような気もする。


 きっと、募金される人はそんな気持ちを求めているわけではない。単純な結果を欲しているだけであって、それ以上のものはないだろう。


 お金持ちが適当に印象を操作するだけの募金をしたほうが、きっと募金を求めるものには喜びが生まれる。


 気持ちが本物か偽物かなんて、きっとすべてどうでもいいのだろうと思う。だからこそ私は、せめて人は本物を求めていると、そう思いたかった。





 話がそれてしまったね、と彼女は言った。もしくは彼女は行った。


 先程までは道をわざわざ止まって、冬の空風に身を浸していたのに、途端に彼女は歩き出した。だから、言ったし、行った。僕はそれについていくようにした。散歩は巻き添えのようだった。


「でも、いざ言葉にしようと思うと、それをどう表現すればいいのかわからない時がある。私が他人の言葉を解釈するときと同じように、私は他人に渡しの言葉を解釈してほしいからこそ、適切な文言を作らなければいけないと思うんだ。だから、私の中で言葉を整理するから、少し待ってくれないかな」


 一定の靴音を地面に鳴らして、彼女はそう呟いた。半ば独り言のような言葉だったように思う。


 彼女は分厚すぎるといってもいいジャケットを着ている。確かに冬の寒空の下、すべての空気は冷たかったけれど、それを着こむほどなのだろうか、と疑問をいだいてしまう。でも、それは僕の勝手な意識であり、彼女がいいのなら、それでいいのだと思う。


 解釈はものの捉えようだ。当人次第でどうとでも捉えることができてしまう。でも、彼女はそれを許せない節があるようで、いつも言葉に迷いを産んでいる。確認をする作業を欠かさず行い、少しだけ会話が面倒になることがある。でも、それを彼女に示すことはしないし、する気もない。それで彼女が傷つくことを考えてしまえば、僕はどうすればいいのかわからなくなるから。


「でも、結局、私が言いたいことも、その本質も届かないとは思うんだけどね」


 彼女は最後にそう言った。

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真偽 @Hisagi1037

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