俺心まで…

「今からフードコートに向かいます。少し待って下さい」


直希はここに来るらしい。


「うわぁ〜デートじゃん!」


幼なじみの声はもう俺には届いてない。今はひたすら直希が来るのを、心して待っだけしか出来なかった。緊張で心臓がバクバクだ、鼓動が喉まで届いている。生まれて初めて口から心臓が飛び出そうって気持ちが分かったかもしれない。


携帯が鳴った。


その音一つにも、ドキドキする。相手は直希なのに、知ってるヤツなのに。どうしても心臓がバクバクしてる。電話を取る手が震える、声が上擦りそうになる。


「今フードコートに着きました、さっきの場所ですよね。」


「はい、うどん屋の前に座ってます。」


「わかりました。」


この業務連絡のような電話に、何となく安心感を覚えた。会話を弾ませる気が無いのもいつも通りだし、ちょっとだけ俺を可愛い扱いしてるだけだと自分に言い聞かせた。


「おじゃま虫の私は退散するか〜」


「待って、行かないで。おい!」


俺は一人になった、直希が来るまでどうしておけばいいんだ。また緊張が増す、来るんだったら早く来て欲しい。


「お待たせしました。」


「あっ、どうも」


いつもなら、気の利いた一言でも言えるはずなのに何も言えない。過去にこんなに緊張したことなんてない。


「じゃぁ、行きましょうか。」


どこへ行くかも考えずに、とりあえず席を立ってしまった。相場はゲーセンか喫茶店だと思うが、どうしたものか。


「何かしたいこととかあります?」


「僕は特に何も、よく分からないんで。」


そうだった、コイツ趣味とかないんだった。勉強一直線の人間だった、困るんだよなだからモテないんだよ。


「じゃぁ、本屋さんとか行きませんか?」


「分かりました。」


俺は本なんか一切興味ないけど、漫画見るくらいしかやることが無い。とりあえず本を見せておけば間違いないだろ。そう思うと急に緊張がほぐれた、気を使う必要なんて初めからなかったんだ。


「どうします、それぞれで見ます?」


「僕はあなたが見てる物に興味があるので、着いて行かせてください。」


うわ、予想外。最悪俺は漫画にしか興味ないし、買うものもないから一瞬で本屋終わるぞ。どうせなら俺がついて行って勉強本見る方がまだましだ。


一緒に見て回ってるけど楽しくない。特に話しかける事もしないから、ひたすら回るだけ、せめて会話してほしいが、通常運転なのでしょうがない。


「だいたい見終わったので、次はどうしますか?」


「決めてください。」


こいつ腹立つ、本当に楽しませる気あるのか。さっきまでちょっとドキドキしてたのも、馬鹿らしいくなってきた。ビンタして帰ってやろうか。


「喫茶店行きませんか?」


「いいですね」


相変わらず、お返事ロボットみたいなのもムカつく。目の前にあったいい雰囲気の喫茶店に入った。学生にも優しい値段で、少し安心した。また奢って貰う羽目になるのはゴメンだ。


「私は、クリームソーダ」


「僕は、アイスコーヒー」


ブラックコーヒーを優雅に飲んでいる姿は、さっきまでロボットのような姿と、打って変わってとても、綺麗に見えた。氷が溶けて濡れた指が、なんとも言えぬ感情を加速させる。


「上のアイス、溶けますよ」


思わず見とれてしまってた、普段から見てるはずなのに、女になったからかいつもはそんな風に見えない所が気になってしまう。


これがトキメキなのか。違うと思いたい俺は男だぞ、しかも同級生知り合いなのに。


「そういえば、名前聞いてませんでしたね。」


「あぁ、ヒロコって言います」


「直希です。」


「改めてよろしくお願いします。」


タツヒロのヒロを取ったけど、もっとマシな名前あっただろ。


「可愛いお名前ですね。」


心臓の奥が、ギュンとした。これは間違いなく、トキメキなのかもしれない。たかが名前を褒められただけなのに、可愛いと言う言葉に弄ばれてる。いつもは嬉しくないのになのに、頬が熱くなるのを感じる。心臓が激しく動く、もう言い逃れ出来ないのかもしれない。


「ありがとう、ございます」


お礼を言うのが精一杯だった、真っ赤になってる顔を見られるのが恥ずかしいし、直希の顔を見るのもドキドキする。頼むからいつもの、冷たい態度に戻ってくれ。


「服もお似合いで、素敵です。」


やめてくれ、オーバーキルすぎる。普段の言動からは想像出来ない事を言われたりすると、人間はおかしくなる。クラスの女子にだってそんな事しないのに、いつも無神経って言われて怒られてるのに。


「そんな、褒めても何もでないですよ」


「僕が、可愛いと思ってるから褒めてるんです。本当にいいと思ってるんです。」


知ってる、直希は嘘をつくのも下手だしほぼ本心でしか話さない。だから恥ずかしいんだよ、なんで本気で俺が好きなんだよ。


「どうも、えへへ」


「笑顔も素敵です。」


あまりの眩しさにクラクラしてきた、まともに顔が見れない。俺も落ちる寸前なのは分かってる、けど俺が男に戻ったらとか色々考えてしまう。潔く振るのも大事なのも分かってる、考えたら涙が出てきた。


「大丈夫ですか、拭いてください」


「ごめんなさい、ありがとうございます」


こんなに優しくされたら、無理だよ。俺全部女になったみたいだ、心はまだ男だと思ってたのにな。


「あの一つ聞いてもいいですか?」


「なんですか。」


「私が女じゃなくて男だとしたら、どうします」

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