第68話 包囲


 麗人の魔物たちが迅速に動いて、イールミィ率いる魔物の軍を完全に包囲している。


 それを麗人は目を細めながら睨んでいた。


(……エンド男爵がいない?)


 麗人にとって自分の敵はやはりイールミィではない。イールミィの裏にいるロンテッドだ。


(エンド男爵はまだ魔物を召喚できるはず。ボクの包囲を外から食い破るつもりなのかな?)


 だからこそ包囲した敵軍にロンテッドがいないことは、麗人にとってそう考えるには簡単すぎた。


(エンド男爵は別動隊としてボクたちを攻める……はずなんだけどおかしいな。彼からの悪意や敵意をまるで感じない)


 麗人は自分への害に対しての勘を外したことがない。その彼女がロンテッドからの敵意を感じないのは、あまりにおかしな話だった。


「うーん……ちょっと様子見しようか。包囲したまま攻めないように命じておいて」

「わかりました! 全員に通達します!」


 配下の少女が命令を伝え始めて、すぐに軍全体の動きが止まった。


 イールミィもまたぬりかべを外側にして円陣を組み、互いに拮抗した状態になる。


 麗人はそれを見つつ、近くにいた臣下に声をかけた。


「しばらく様子見しようか。迂闊に攻めると危険だからね」

「ははっ!」


 麗人にとって時間は敵だった。なにせ少し離れた場所で戦っている竜皇は、賢鷹に対して不利だからだ。


 とは言えども彼女はそこまで焦っているわけではない。


 竜皇は賢鷹に不利とは言えども、同じ戦力で瞬殺されるような弱者ではないからだ。


(竜皇の面子のために譲ったけど、本来ならボクが賢鷹と戦った方がよかったからなあ。まともにやらせたら竜皇が負けちゃうから、その前に援軍に行きたいな。目の前の敵を倒して援軍に行くなら、竜皇もとくに問題はないだろうし……ただ目の前の敵も面倒だけどね)


 だが彼女にはすぐに攻められない理由があった。


 それは平野で完全に包囲されたぬりかべたちが、まるで城壁のように並んでいることだ。


 そんなぬりかべを壁にして竜騎兵が鉄砲を構える。もしもこの戦いを評する軍師がいたらこう述べるだろう。これは野戦ではなく城攻めだと。


 今の状況下では麗人の陣営は攻撃側で、イールミィの指揮する軍は防衛側になっている。一般的に戦いにおいては攻撃側が不利だ。


 なにせ防衛は敵が攻めてくるのを待ち構えて迎撃できるし、壁などを利用して戦うことも出来る。対して攻める側は無理やりに突撃せねばならないからだ。


 一説によると攻撃は防衛の三倍の戦力が必要だという話もあるくらいだ。


「こういう戦いはあまり得意じゃないんだよねぇ。引き籠られると敵が動いてくれないから策も仕掛けてくれなくなるし……まさかあんな魔物がいるとはねぇ」


 麗人は少し愚痴た。


 この戦いは彼女にとって不本意なものだったからだ。野戦であるはずなのに城攻めを強要されているのだから。


 全ての策を破る麗人への一番簡単な対策は、そもそも策を必要としない戦いをすることだ。例えば城に引き籠って戦えば、普通に戦えば策もなにもない。


 攻めて来た敵に対して、城を盾にしてひたすらに迎撃して時間を稼ぐ。単純明快なだけに城を守る側の考える余地はあまりない。


 逆に攻める側にはいくらでも策を仕掛け放題だが、麗人は破る側であって仕掛ける側ではなかった。


「うーん……かといってここで時間を稼がれるのは面白くないなあ。仕方ない、少し無理やりでも攻めちゃおうか。数ではこちらが明らかに上だし」


 麗人が決断したと同時に、包囲していた魔物が一斉にぬりかべたちに向けて駆け始めた。


 ぬりかべの穴から銃が放たれて、攻める魔物たちが撃ち貫かれていく。


「ひるまないで突撃させて。壁を破ってしまえばあとは簡単だから。あ、西の方向からは攻めさせないでね。罠が仕掛けてあるから」


 イールミィたちの軍の西側には、蜘蛛忍者の糸の罠が仕掛けてあった。目に見えるはずのないそれを、麗人は見もせずに打ち破ったのだ。


 魔物たちがさらに突撃していき、ようやくぬりかべにその手が届きそうになる。


 このままぬりかべの壁が破れたら、もうイールミィの率いる魔物は銃持ちの竜騎兵だけだ。近距離が弱い上に逃げ場のない遠距離部隊など何の役にも立たない。


 つまりここまで接近してしまった時点で、後は麗人の魔物たちに蹂躙劇が始まるのも時間の問題だった。


 だがそれでもなお援護が来ないことに、麗人は怪訝な顔をする。


(おかしいな。そろそろボクらの勝ちが決まりそうなのに、まだエンド男爵は何もしかけてこない? 勝負を捨てたとも思えないけど……)


 麗人は困惑しつつも攻める手を緩めない。そうしてぬりかべの数体が倒れて、城壁に穴があいた。


「……これで勝ったかな。さてさっさと殲滅して……」

「た、大変です麗人様!」


 側近が息を切らせて走ってきたのを見て、麗人は目を細めた。


「どうしたの?」

「そ、それが……竜皇軍が、逃げるように私たちの方に向かってきます!」

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