第67話 自信がないミィ


 ワタクシは野良猫ミィでもなく、負け猫ミィでもなくイールミィ。


 そんなワタクシは今、何故か平野でエンド男爵の魔物たちを指揮していた。


「竜騎兵! いつでも銃を撃てるように待機ですわ! ぬりかべもそのまま!」


 前方にいる麗人の軍は、ぬりかべ鉄砲戦術に恐れをなしたのか、即座に少し下がって様子を見始めている。


 ……エンド男爵も麗人も凄いですわね。片や自軍の魔物に穴を空けるという意味不明な策を仕掛け、片やその策にすぐ対応して鉄砲の距離外に下がった。


「…………勝てないわけですわね」


 この学園に来てから、自分が優れた人間ではないことを思い知らされ続けている。


 ワタクシには竜皇の武も、麗人の直感も、賢鷹の頭脳も、エンド男爵の卑劣さもない。持っていたのは勢力の大きさだけだった。


 そしてその勢力を失った今、ワタクシには本当に何もない。腕力もなければ、店番もうまく出来ないまさに捨て猫だ。


 エンド男爵に拾ってもらえなかったら、今頃本当にひどい目に合っていただろう。いやすでに十分ひどい目にあった気はしますが……。


 なんにしても自分が思ったより何も出来ない人間だと分かってしまった。


 必死に次の動きを考えていると、エンド男爵がワタクシの方を向いた。


「おいイールミィ。タンクゴーレムは切り札だから迂闊には使うなよ? いざという時まで取っておけ」

「わ、分かってますわよ。ちゃ、ちゃんと有効活用してみせますわ!」

「じゃあ頼むぞ。俺は少し遠くで待機しておく。お前の合図があったら、タンクゴーレムを召喚して砲撃するから」

「ほ、本当に全部ワタクシに任せますの!? 自分でも言うのもなんですけど正気ですの!?」


 ワタクシに軍を指揮できるような力はない。それはエンド男爵だって分かっているはずなのに彼は不敵に笑うと。


「お前こそ何言ってるんだよ。相手は麗人だぞ? 正気で勝てる相手じゃないだろ。もうちょっと壊れてもいいくらいだ」

「???」

「肩の力を抜いててきとうにやればいい、ってことだよ。考えれば考えるほど、麗人の思うツボだぞ。アイツとまともにやり合っても勝てない」


 エンド男爵はワタクシを励ますように肩に手を置くと、


「無様に負けるとか気にするな。お前はもうとっくに無様晒しまくってるから、これ以上落ちようがないし」

「なんでさらに追い打ちするんですの? 少しくらい励ましの言葉をかけてくれません!?」

「俺、そんな白馬の王子様みたいな性格してないし。それは求める相手を間違ってると言わざるを得ないな。そもそもそんな王子様ならお前に軍の指揮なんて求めないだろ」

「確かにそうですわね!?」


 やっぱりこの男、あまり性格よくないですわ! よく思い返せば彼がワタクシの勢力に入らなかったのも、負けると見越して見捨てたに決まってますわ!


 でもエンド男爵の予想通りに敗北したので、なにも文句が言えないが悔しい……。


「まあお前が自分のことを信じられないのは分かる。というかここまでボロボロになって、なお自分は有能とか思ってたらもう救いようがない」

「少しくらい優しい言葉をご存じありませんの?」

「知らんな。ひとつだけ言えることがあるとすれば」


 エンド男爵は勝気な笑みを浮かべると、ワタクシの頭をポンと叩いてきて、


「俺は自分から負ける趣味はない。その俺がお前に指揮を託したってこ……」

「ロンテッドさん。そろそろ行くべきじゃないですか? イールミィさんは私が励ましておきますから」


 エンド男爵の言葉を遮るように、ベールアインさんが話に入っていく。彼女は笑っていた、そう笑っていた。


 そんなベールアインさんがワタクシに視線を向けると、背筋が凍るような感覚に陥った。


「そ、そうだな……イールミィ、後は任せたぞ! 背後にも気をつけろよ!」


 そう言い残すとエンド男爵はバイクゴーレムに乗って、逃げるように軍から離れて行ってしまった。


 これも彼の作戦だ。タンクゴーレムは強力だが近づかれると弱く、その真価は敵と距離を取った戦いでこそ発揮されるという。


 ワタクシがエンド男爵から受けた指示は、なんとしても麗人の軍を一か所に集めろという指示だった。そうすればタンクゴーレムの砲撃で、一気に勝利へと持っていくことができると。


 確かにタンクゴーレムの一撃は、ドラゴンすら倒すほどの力がある。うまく扱えば敵軍に大打撃を与えられるだろう。


 …………問題はワタクシに、麗人の裏をかいて敵を集めることが出来るかですが。


「うう……エンド男爵も無茶苦茶ですわよ……! ワタクシに軍を預けるなんて」

「あはは、私もそう思います。でもあの人は無茶苦茶ですが、無理なことは言ってこないとも思います。なにか策があるんですよ」

「その策が麗人には通用しないのでは……」

「そうなんですけどね。ロンテッドさんならそれでも、相手の裏をかいてくれそうな気もしてます」


 ベールアインさんが苦笑いしながら敵軍を見据えている。


 ……この人はエンド男爵のことがお好きなのですわよね? でもそのわりにたまに殺意というか害意を感じるような気もするのですが。


 いやでもわざわざエンド男爵の部屋に住みに来るような人です。なら好きに決まってますわよね? 


 嫌いなら同じ屋根の部屋で寝るなんてあり得ませんし……ワタクシみたいに他に選択肢がないならともかく。


「イールミィさん。敵が動き始めたようですよ」


 ベールアインさんの言う通り、敵軍はワタクシたちの銃の射程外から、こちらを包囲するように動き始めた。


 これは止められない。向こうの方が遥かに足が速く、こちらは待ちの戦いしかできないのだから。


「エンド男爵はこうなるのを予想して、バレないようにコッソリと軍の後ろから去っていったのですわね……」

「でも麗人さんならそれも読まれそうなものですけど」

「……とりあえずこちらも円の陣形を組みますわ。ぬりかべを外側にして、簡易な砦にするしかないですし」



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少しは優しい言葉をかけられない上っ面善人。

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