第66話 壁だから出来ること


 俺たちはひとつの箱庭に入り、各陣営が平野に魔物の軍を布陣していた。


 各軍十五万魔素しか使えない関係上、それぞれ百体以下の魔物しかいない。


 もちろん今は出してなくて、隠し玉として後で召喚する魔物もいるのだろう。だがそれでも使用可能魔素が決まってるので数に限りがある。


 この程度の数ならば敵軍を見渡せるので、動きも把握できるだろう。


 この場所は決戦用にと竜皇が用意した箱庭だが、見事なまでに平野が続いている。川や山などによる地の利がない場所を選んだのだろう。


 そんな平野には竜皇と賢鷹の軍、俺たちと麗人の軍がそれぞれ向かい合っている。やはりというか竜皇は賢鷹を避けることはないようだ。


 ちなみに各陣営、生徒が十人くらいはいる。魔物に指示を与えるのと、追加召喚を行うためだろう。


 だが竜皇陣営の生徒だけは別だ。奴らは個人でそこらの魔物よりも強い。特に竜皇は単騎で最低でも五万魔素以上の強さがあると思う。


 つまり竜皇陣営だけ使える魔素が多いということだ。不公平な気がしてきた。


「おいイールミィ。攻める必要はないからな。俺たちの目的は時間稼ぎだ。賢鷹が竜皇に勝つまで耐えて、そこから反撃すればいいんだ」

「分かってますわ! ところでもし賢鷹が負けたらどうするんですの?」

「安心しろ。その時の準備も万全だ」

「流石はエンド男爵ですわね。安心しましたわ」

「ああ、安心してくれ。侘び用の香水とプロテインはすでに用意している」

「……それでいいんですの!?」

「いいんだよ。賢鷹が竜皇に勝つのは大前提なんだから」


 賢鷹が竜皇に負けたら終わりだ。それは無理、流石に勝ち目がない。


 そんなことを考えていると、大きな音が戦場に響いた。それと共に敵軍がこちらに向けて前進し始める。どうやら始まるようだな。


 麗人の魔物は基本的に足の速そうな魔物ばかり。狼や馬、獅子などの四足歩行が中心で機動力重視の構成だ。


 そしてその後方には上半身が人で、下半身が馬のケンタウロスが弓を構えながら前進してくる。


 納得の構成だな。麗人は策を見てから破る天才、つまり基本的には敵の策を見てから動く。


 その上で敵軍の策を殺すにはやはりスピードが命だ。遅ければいくら敵の策を見破れても先手を取り切れない。


 ちなみに竜皇軍の魔物は猛牛や鬼とかの、まあいかにも力任せの魔物ばかりだった。すごく分かりやすい、でも戦いたくない。


「イールミィ。じゃあ指示したとおりに頼むぞ」

「分かってますわよ! ぬりかべ部隊、壁になりなさい! 竜騎兵はその後ろに!」


 ぬりかべが文字通り壁となって、我が軍の前に立ちふさがった。そしてその壁裏に竜騎兵たちが隠れていく。


 まだ麗人の軍との距離は離れている。そろそろ遠距離攻撃での削り合いになるはずだ。


 ここで早速だが一計を投じる。策というほどのものではないが、それなりに効果はあるだろう一計を。


 ぬりかべという魔物のメリットを述べよう。それは壁であることだ。


「ほ、本当にやりますわよ! いいんですわね!?」


 事前に説明しておいたのにイールミィがわめき始めた。今更グダグダ言うんじゃない。


「いいんだよ、やれ」

「まったく野蛮ですわね……竜騎兵! ぬりかべを撃って穴をあけるのですわ!」


 イールミィの命令に従って、竜騎兵はぬりかべに至近距離から銃を撃ち込んだ。すると壁に小さな穴が開く。


 さらに竜騎兵が何発か打ち込むと、ぬりかべに腕が入るほどの穴が作られていく。


 その間にも敵軍は前進して鉄砲の射程距離に入っていた。敵軍には矢を構えるオーガの部隊がいるので、互いに遠距離攻撃での戦いになる。


 だが遠距離攻撃というのは、壁に隠れていれば防げるものだ。


「味方を傷つけるなんておかしいですわよ……竜騎兵たち! その穴から敵に目掛けて撃つのですわ!」


 イールミィの号令と共に、竜騎兵たちが銃の先端をぬりかべの穴に突っ込んだ。そして発砲を開始する。


 我が軍の銃弾が敵の先頭の魔物を倒していく。


 麗人のケンタウロスも矢をこちらに放ってきたが、それは全てぬりかべによって防がれる。さらに矢が飛んでくる最中でも、こちらは銃を撃つことを止めない。


 この壁に小さな穴をあける細工は、城壁などでは普通にやることだ。敵の矢を壁で防ぎつつ、こちらは一方的に敵軍に攻撃できる。


 ちなみに壁に小さな穴を空けたことで、よりこちらの射撃数を増やせている。もしこれが壁に隠れて撃つだけならば、敵が攻撃している時は壁に隠れていなければならない。


 だが小さな穴をあけておくことで隠れる必要はなくなるのだ。なにせ銃口以外は壁に隠れているから、いくら矢が飛んできても身体に当たることはないのだから。


 ちなみに再生能力があるので、接近戦になったら穴は修復できる。


「よしよし。ぬりかべは他の岩系魔物と違って、本当の意味で壁として運用できるのが強みだな」

「絶対本来の強みじゃないですわよ……流石に穴を空ける運用はおかしいと思いますわ……」


 なぜかイールミィは納得していないようだが。言うほどおかしいか?


「城壁に穴を空けるのは普通だろ」

「味方の魔物に穴を空けるのはおかしいと思いますわよ!」

「観点の違いだな。それより麗人から目を離すな。このまま一方的に撃ち負けるわけないからな」


 すでに麗人は俺たちから離れて、銃の射程距離圏外ギリギリの位置に逃れてしまった。


 即座に射程距離を見破られる辺り、やはり麗人は洞察力が反則級だ。だが緒戦は俺たちの優勢だな。


「イールミィ、このまま時間を稼げ。いざとなったらゴーレムタンクという切り札もあるからな。切りどころは任せたぞ」

「わ、わかってますわよ!」


 さてひとまずの指揮はイールミィに任せておいて、俺はどうやって麗人に勝つかを考えよう。


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銃などのために壁に空ける穴のことは、狭間さまと言うらしいです。


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