第65話 竜虎鷹、それと捨て猫が相うつ


 決戦当日。


 俺たちが教室に出向くと、三陣営の生徒たちが分かれて集まっていた。


 俺も急いで賢鷹の集まりに混ざると、さっそく竜皇の陣営たちが騒ぎ始めた。


「いいか! 力こそ正義だ!」

「「「「はいっ!」」」」

「小賢しい策など不要! 我らが力は!」

「「「「全てをぶち壊す!!!」」」」

「相手が策を弄ずるならば!」

「「「「その策すらも食い破る!!!」」」」


 竜皇の陣営の生徒たちはすでに上半身裸で、筋肉を見せびらかしてくる。


 ちなみに奴の陣営には何人か女もいるのだが、彼女らは服を脱がない。残念だ。


 そんな筋肉の集まりを、麗人の陣営は冷ややかな目で見ていた。この陣営は竜皇とは対極のように、女の子ばかりで構成されている。


「麗人様。本当にあの陣営と組んでよかったのですか?」

「賢鷹の方がまだマシだったのでは……」

「あはは。今はあの筋肉が味方だからね? ほらあの筋肉の集団が襲い掛かって来るのを想像しなよ? 味方の方がいいでしょ?」

「想像したら身の毛がよだちましたわ……」

「味方でよかったです……流石麗人様!」


 おおっと、麗人陣営の女の子たちが心底嫌そうに筋肉集団を眺めている。


 彼女らの目はとても仲間を見る目とは思えない。竜皇陣営のこと嫌い過ぎるだろ。


 そんな二陣営に対して、我らが賢鷹はクスクスと笑うと。


「ふふっ。麗人、今からでも私と組みますか?」

「いやー遠慮しておくよ。勝てる相手と組む必要性もないし」


 不敵な笑みを浮かべる麗人。


 そんな彼女は俺にも視線を向けてくると。


「今日のボクの相手は君でしょう? 確かに君の力は厄介だけど、ボクと竜皇と賢鷹の間に入ってこれるかな?」

「いえ違います。今日の軍指揮は私ではありません。おいイールミィ、挨拶してやれ」


 イールミィは俺の言葉に従って前に出てくると。


「ワ、ワタクシがエンド男爵の魔物を指揮しますの! 麗人、貴女には二度と負けませんわよ!」

「エンド男爵君、正気かな? 言っておくけど、ボクの予想を外すための愚策なら意味はないよ? それならボクは普通に戦って勝つだけだから」

「もちろん正気ですとも」


 ひたすら困惑する麗人に対して俺は自信満々に言い放つ。 


 麗人はイールミィを使うことは読んでいなかったか。そうなるとやはり彼女は受け身というか、相手の動きから考えを読み取るタイプな可能性が高いな。


 であればイールミィを使うのは間違っていないはずだ。


 俺の返事が不快だったのか、麗人は目を細めて小さく笑う。


「ボクを舐めてるなら後悔するよ」

「舐めてなどいません。貴女こそ、うちの野良猫ミィを舐めると痛い目をみますよ」

「そ、そうですわ! ワタクシを舐めないでくださいまし!」


 イールミィは必死に叫んで威嚇しているが、少し涙目になっていた。


 そんな涙目ミィを麗人はチラリと見た後に。


「ふーん……確かに、以前よりはマシになってるのかな。痛い目を見てちょっと変わったと」


 などと瞬時に昔のイールミィから、今の野宿ミィへと評価を入れ替えてしまった。やはりこいつヤバいな、対面した瞬間に分かるとかどれだけ優れた洞察力だよ。


「わ、ワタクシの仇ですわ! 覚悟しなさいまし!?」

 

 そしてイールミィは虎に睨まれた猫のように怯えて、わけのわからないことを叫び出した。


「自分の仇を取るって斬新だね。それなら貴女は死んでないとダメじゃないかな?」

「ひ、比喩表現ですわ! ワタクシは死んだつもりで貴女に復讐するのです! よくも殺してくれましたわね!?」

「申し訳ありません、麗人様。うちの飼い猫ミィは、もう何言ってるか自分でもよくわかってないだけですので」

「エンド男爵!? それはあんまりですわ!?」


 実際よくわかってないだろ。明らかに動揺して目が泳ぎまくってるし。


 こういう時は喋らせるほどハマっていくだけだし、さっさと会話を遮ってしまうに限る。


 すると麗人はケラケラと笑い始めた。


「あはははは! 思ったより面白いね、イールミィちゃん。これなら飼ってもよかったかな?」

「ちなみに麗人様が飼ってあげなかったせいで、このミィちゃんは三日三晩飲まず食わずで暴漢に襲われたりしてましたよ」

「えっ、ごめん……それなら飼ってあげたらよかった……」 

「真剣なトーンで謝らないで欲しいのですわ!? 余計に惨めになりますわ!?」


 悲鳴をあげるイールミィ。


 そんなやり取りを聞いて、周囲の生徒たちも彼女に視線を向けていた。


「あんな無能をどうするつもりなんだ?」

「負け犬なんて拾っても使い道ないのにね。そういえばあの娘、他の箱庭を失った男たちに襲われたらしいわよ」

「あらやだ。じゃあ余計に価値がありませんわね、おほほ。私なら恥ずかしくて生きてられませんわね」


 クスクスと相手をあざけるような声が、麗人の陣営から聞こえ始めた。


 チッ、相変わらず胸糞悪いな。などと不快さに思わず眉をひそめると、


「はい注目。戦争の時の煽りならまだ分かるけど、今はまだ必要ないよね? ボクの陣営に品性自体が醜い人はいらないんだよね。次にそんなこと言ったら追い出すから」


 軽口ながら真剣な表情の麗人が静かに告げ、それと同時に悪口は瞬時に止まった。


「ふはははは! なに最初は誰でも筋肉がないものだ! 力がないなら身に着ければよい! 今の力がないなどと笑う奴はおらぬ! 笑うのは筋肉をつけようとせぬ者のみ! だよなあ!」

「「「オッス!!!」」」


 そして竜皇は力こぶを作りながら叫び、他の男たちもその真似をする。

 

 あいつらは本当に考えが分かりやすいな……竜皇は敵対しない相手には優しそうだ。


 すると麗人は俺にウインクをしてきた。


「じゃあそういうわけだから、ちゃんと戦おうね。あ、ちなみに戦いが始まったらいくらでも悪口言うからよろしくね」


 そう言い残して去っていく麗人。


「えっと。戦いの時は悪口言ってくるんですね……」


 ベールアインがそんなことを言い出すが、俺からすればむしろ当然だろう。


 戦いの時の罵詈雑言は当たり前だ、相手を煽るのは戦術の内だからな。そこで平静を保つのもまた能力だろう。


 戦争はスポーツの類じゃなくて殺し合いなわけだし、命がかかった状態で品性を気にするにも限度がある。もちろんやってはいけないこともあるが。


「おいイールミィ。俺たちも戦いの準備を……イールミィ?」 


 イールミィはジッと麗人陣営を見ている。彼女の視線を折っていくと、その中にいるひとりを見てる気がする。


「おいイールミィ。どうしたんだよ? 誰か知り合いでもいたのか? お前を裏切った奴か?」

「……ワタクシ、あの女のオーガに殴られましたの。それに服を剥いて、男どもの前に出されそうになりましたわ」


 静かに告げるイールミィ。


 彼女の視線の先にいるのは、ツインテールの馬鹿そうな顔をした女だ。なるほどなるほど。


 どうやら麗人の陣営も一枚岩ではなさそうだな。麗人も神様じゃないから、臣下のひとりひとりまで性格は把握できてないと。


 ククク、面白くなってきたじゃないか。腐ったリンゴが混ざっていると知れたのは僥倖だ。


 そしてさらにこちらには都合がいいことがある。


「おいイールミィ。今回の戦いで勝てば、あいつを見返すことも可能だぞ」

「ええ、わかってますわ。ワタクシ、あれほどの屈辱を受けたのは初めてですのよ。絶対、絶対許しませんわ」


 静かに呟くイールミィ。だが内心ではキレていることだろう。


 つまりこれはイールミィにとって負けられない戦いになったわけだ。


「はい皆さん! ハルカ先生ですよ! じゃあさっそくですが箱庭を出して戦争開始しますよ!」


 そうして入室してきた先生の号令で、俺たちは箱庭での戦争を開始した。



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