第58話 そうだね


 竜皇は自室に臣下たちを集めていた。


 集まった者たちの特徴は、大半の者がガタイがよく筋肉質なことだ。その中でも竜皇は二回りほど大きく、筋肉もより怪物のようだが。


「聞けぃ! よいモノをエンド男爵より譲り受けたゆえ、貴様らにも分け与える!」


 恐るべき肺活量で空気を振動させながら、竜皇は右手に木のカップを持っている。


 そのカップにはドロッとした茶色の液体が入っていた。


「これはプロテインと呼ばれる、筋肉をより増強させる飲み物だ! 我が試しに飲んだが筋肉が震えたぞ! これを飲んで鍛えれば、貴様らも我に匹敵する筋肉を得られるやもしれん!」


 ロンテッドが竜皇に渡したのは五万魔素ではなく、五万魔素分のプロテインだった。


「な、なんと! 筋肉を!?」

「そんな素晴らしい魔法の薬があるのか!?」

「王よ! どうか私にも頂きたい!」


 臣下たちはその言葉に色めきたち、我も我もと竜皇に群がっていく。


 竜皇は力こそ全ての王者である。その臣下はそんな竜皇の力に魅了される者たちであり、彼らもまた力への憧れを持っている。


 そんな者たちにとって筋肉量を増やす手助けをするプロテインは、まさに奇跡の薬と言っても過言ではない。


 そうして竜皇は臣下たちにプロテインの入ったコップを渡していく。


「おお! 甘い! だが筋肉が膨張しようと叫んでいる!」

「分かるぞ! 私にも! 筋肉が震えている! 強くならんと震えている!」

「なんと素晴らしい薬だ! エンド男爵、やるではないかっ!」


 プロテインを飲んだ臣下たちは、一斉に上着を脱ぎ棄てて上半身裸になり始めた。

 

 彼らは力に脳を支配されたような漢たちだ。故に本能でプロテインの効能を理解し、その奇跡の水をくれたロンテッドに心から感謝している。


 そこに相手が弱小だからとか、他勢力だからとかはない。ただ純粋に恩恵をくれた者には感謝するだけ。


「さらにエンド男爵とは、このプロテインを継続的に購入する約束をした! よって貴様らにも分け与え続ける予定である!」

「「「「お、おおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」


 室内にむさくるしい漢たちの歓喜の叫びがこだました。


「しかし竜皇様。エンド男爵は賢鷹につきましたが、プロテインを購入してよろしいのですか? 敵陣営に魔素を渡すことになるような」

「下らんことを申すな。だからなんだというのだ?」

「失礼しました!」


 竜皇の思考は単純明快だ。


 自分にとって役に立つ者や優秀な者を好み、多少の小細工は些事と投げ捨てる。


 それは彼の思考であり、また戦い方でもあった。そして竜皇の力は、大半のことを些事にしてしまうほどの力を持っている。


「いいか! ロンテッドにどのような裏があろうがどうでもよい! 我にとって重要なのはひとつだけ! 奴は我が陣営に筋肉をもたらした! むんっ!」


 竜皇が身体に力を入れると同時に、彼の上半身の服がはじけ飛んだ。


 それを見て臣下たちは燃え上がり、いつかは自分もあのようになりたいと憧れる。その憧れに一点の曇りもなく、誰もが竜皇を信奉する。


 力こそ正義。それこそが竜皇陣営の考え方であった。





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 竜皇がマッスルミーティングをしていたのと同時刻。麗人もまた自室に臣下たちを集めていた。


 だが先ほどまでの筋肉漢たちの祭りとは打って変わって、彼女の部屋にはほぼ女性しかいなかった。


「みんな、よく来てくれたね」


 麗人がほほ笑むと同時に黄色い悲鳴が舞い上がる。


「レティア様、今日も麗しい……」

「抱いて欲しいです……」

「あら、いつもいい香りがしますが、今日はさらに素晴らしい……」


 臣下たちが色めき立つ中、麗人はウインクする。


 数人が幸せそうな顔でバタリと倒れる中、麗人は話を続けていく。


「今日は君たちに贈り物があるんだ。実はエンド男爵から譲り受けたモノなんだけど、凄くいいモノだから君たちにもと思って」

「まあエンド男爵が? あの殿方はあまり女心を分かるとも思えませんが」

「あの朴念仁ですわよね。ベールアインさんといつも一緒にいらっしゃって、彼女を落とそうとしている方。ベールアインさんも気の毒ですわよね。アルベンにエンド男爵と弱小貴族に目をつけられて」

「私はむしろベールアインさんが、エンド男爵を陥れようとしているようにも見えましたが」

「そんなわけありませんわよ。あの貧乏人にそんな価値ありませんことよ」


 井戸端会議を始めるお嬢様たち。


 このまま放置するとどんどん話が盛り上がってしまうからか、麗人は手をパンと叩いて注目を集めた。


「それでエンド男爵がね。香水というものをくれたんだ。自分の身体に吹きかけると、いい匂いがする水なんだけどね。いま、ボクがつけているんだけど……どう?」


 麗人が少し首をかしげると同時に、部屋にフワリといい匂いが漂う。


 目と鼻のダブルパンチを受けて、さらに数人の女性が意識を失った。


 人は5感で物事を感じる。例えば美味しい食事というのは、味だけではなくて見た目や匂いもかなり大きな影響を与える。


 つまり5感を多く使えるほど有利なのだが、今まで麗人の魅力は見た目が大半だった。


 彼女の美しさに色香が加わったことで、殺人兵器に近いナニカになってしまっている。返事を聞くまでもなくその威力は絶大であった。


「な、なんと香しい……見目に匂いまで加わるのは反則でしょう……きゅう……」

「す、す、す、素晴らしいですわぁ! 本当にその香りを頂けますの!?」

「もちろんだよ」


 麗人の返事で部屋がさらに黄色い悲鳴に包まれた。


 くしくもマッスル野郎どもの大歓声と同時刻だったが、互いに知る由はない。


 そんな中で麗人はロンテッドのことを思い返していた。


(エンド男爵、素晴らしい立ち回り力と箱庭の価値だ。でもいいのかい? 君は凄いリスクを背負ってるよ)


 麗人は竜皇ほど単純ではなく、またロンテッドがなにを狙っているかも直感で分かる。


 故にロンテッドが香水を渡した理由も理解していた。


(これほど素晴らしいモノを出せる魅力的な箱庭なら、それなりの犠牲を払ってでも欲しくなる。この策は、君が滅ぼされない強さありきの策だよ)


 目の前で香水に群がる臣下を見ながら、麗人は僅かに顔をしかめた。


(決戦で活躍出来なければ、三大勢力の誰かが君の箱庭を飲み込むだろう。いやボクが奪うよ。君の心次第でこの香水が手に入らなくなるのは困るからね。君は滅ぼすよりも利用する方がいいと思わせるほどの武を示さないと)




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