第57話 上っ面悪人


「さあ教えてくださいまし! いったい十万魔素をなにに使ったんですの!」


 部屋に戻った直後、俺はイールミィに詰め寄られていた。


「無論、俺が生き残るためにだ」

「そのせいで賢鷹に目をつけられてましたわよね!?」

「それでも必要なんだ」


 断言できる。あの十万魔素の使い方は間違いなく正しかった。


 そのせいで次の決戦に活躍しないと、立場がヤバくなるとしてもだ。


「いったいなんなんですの!? わざわざ自分の立場を追い込む使い方なんて! 魔物を召喚したんじゃないですの!?」


 イールミィは俺の首根っこを掴んで、勢いよく振りつけてきた。


 ええい、飼い猫に手を噛まれるとはこのことか。


「もしかしてバザーで全部使っちゃったんですか?」


 ベールアインも話に入ってきた。


「いいや違う。それなら賢鷹があそこまで言いはしないだろ」

「確かにそうですけど……なら本当になにに使ったんですか? 教えて欲しいです」


 ジッと見つめてくるベールアイン。


 これは教えるまで諦めそうにない目だな。


「……俺はな、学園を生き抜くために十万魔素を使ったんだ。そして今も決して損はしていない」

「ですがその使い方のせいで、次の決戦で活躍しないとダメなんですよね? 逆に追い込まれているのでは」

「それでも今後のことを考えれば俺は間違っていない。それと逆に聞くぞ。賢鷹は俺が下に入ると確信していたと言ってたよな。なんでだと思う?」

「口から出まかせに決まってますわよ!」


 イールミィはなおも俺に食い下がって来る。


 流石に息が苦しくなってきたので、彼女の両手を掴んで俺の首から解放させた。所詮は非力な姫様、俺が力で負けるはずがない。


「うっ……な、なんなんですの! やる気ですか! ワタクシは間違ったことは言ってませんわ!」


 俺の圧に気おされたのか少し涙目ミィ。なんかちょっとだけ可愛く見えてきたが……。


「少しはマシになったと思ったが、まだまだ思考が足りてないな。賢鷹のことを過小評価しすぎだし、もう少し頭を働かせろ。だからお前は負け猫になったんだよ」

「ま、負け猫!?」

「化け猫みたいですね……」

 

 少々キツイ言葉だがちゃんと言っておかないとな。 


 イールミィの考えは甘すぎるのだ。つい最近まで大国家のお姫様だったから仕方ないとは言えども。


「いいか。賢鷹は俺が下につくのを確信していたとまで言ったんだ。ということは何らかの根拠があったはずだ。じゃあ俺はなんで賢鷹を選んだと思う?」

「……貴方に根拠があったからですわ。賢鷹が勝ち抜くと」

「はははははは! そんなものはない!」

「「ええっ!?」」


 イールミィもベールアインも目を見開いて驚いているが、そんなに不思議なことだろうか。


 この時点で三大勢力は間違いなく拮抗している。なのに賢鷹が勝ち抜ける根拠などあるわけないだろう。


「つまり俺が賢鷹についたのは、勝てると見込んだからじゃない。他の理由だ……と言ってもイールミィは知らないことだがな。だがベールアイン、お前なら分かるはずだ。麗人、竜皇の二人と賢鷹の違いが」


 俺はベールアインに視線を向ける。


 すると彼女はしばらく難しい顔で悩んだ後に。


「……もしかして、最初に誘われたのが賢鷹だったからですか?」

「そうだ。だから俺は賢鷹の陣営に入った」

「そ、それだけですの!? それだけの理由で決めたんですの!?」


 イールミィはやはり納得していないようだ。


 仕方ない、しっかりと説明してやるか。今後はこいつにも俺の考えを理解して動いて欲しいし。


「イールミィ。お前は義というものを甘く見過ぎている。それだけではない、それほど重要な理由だったんだよ。いいか? 俺がひとつの陣営に入るということはな。他の二つの陣営の誘いを断ることになるんだぞ?」

「そ、それがどうかしましたの?」

「俺は三人を比較して決めたんだぞ? なら断られた二人からすれば、選ばれた一人よりも劣ると宣言されたようなものだろうが」


 貴族というのは面子を重視するものだ。


 本音を言えば麗人や竜皇は選ばれなくても気にしないとは思う。だが彼女らの配下は違う。


 俺が賢鷹に入ったということに、自分たちのトップが低く見積もられたと怒り狂うだろう。麗人や竜王は怒らなくても、配下が怒れば同じようなものだ。


「だがここで賢鷹につくのだけは言い訳が出来たんだ。私は三人を能力で比べたのではなく、最初に誘われた義で賢鷹につくと。これなら麗人も竜皇も、配下の貴族たちに言い訳ができる。また本人も納得できる理由だろう」

「あー……そういうことですか」


 ベールアインは合点がいったと頷いた。


 そう、俺が賢鷹を選んだのは彼女が勝てそうだからじゃない。三大勢力全てへの悪印象を避ける道を選んだだけだ。


「ん? 待ってくださいですわ。でも十万魔素の使い方と、賢鷹についた理由が繋がらないような」


 イールミィはなおも分からないようだ。

 

 やはりこの姫様、自分がトップだっただけあって弱者の兵法をご存じない様子。


「いくら最初に誘われたと言っても、やはり他の二大陣営に思うところはあるだろう。だが俺としては麗人や竜皇とも仲良くしたい。それこそ賢鷹が負けたとしてもな。じゃあどうしたかというと……」

「ど、どうしたんですの?」


 息をのむイールミィ。ベールアインはもうわかったようで苦笑いをしていた。


 俺が生き残るためにしたこと、それは……。


「賄賂だ」

「わい、ろ……?」

「五万魔素ずつ、いや正確には五万魔素分のモノを麗人と竜皇に献上したんだよ。最初に誘われた賢鷹につきます。道義を尽くしたとは言えども、お二人には申し訳ないことをしました。お詫びの印にってな」

「え? 待ってくださいですわ? 賢鷹の陣営についたなら、麗人も竜皇も敵ですわよね? なんで敵に魔素を!?」


 イールミィは混乱しているようで頭を手で押さえている。


 ふーむ、どうやら彼女にはまだ俺の考えは埒外のものだったらしいな。


「簡単な話だ。俺の目的は賢鷹を勝たせることじゃなくて、俺が生き残ることだからな。なので賢鷹が滅ぶなら他に鞍替えできる選択肢を確保しておく」

「つ、つまり賢鷹を裏切るってことですの!? 忠義とかないんですの!?」

「あるわけないだろ。仕えて一日目の相手にそんなもの」


 むしろなんであると思うのか。俺は別に賢鷹に土地をもらったわけでもないし、よくしてもらってもいない。


 それは向こう側だって当然それは織り込み済みだろう。主君と共に滅ぶまでついていくなんて奴はそうそういない。


 いたとしても生まれた時から主君の右腕だったとか、そんなレベルの話じゃないとないだろ。


「積極的に裏切るつもりはないぞ。だが賢鷹が滅ぶとすれば、ついていくほどの義理はないというだけで」

「……賢鷹に目をつけられた理由がわかりましたわ。決戦で活躍しないとダメくらい言われて当然ですわね……」


 ようやくイールミィも納得したようだ。いやはや、我ながら結構な賭けに出たものだ。


 だがこの決戦で活躍すれば、俺が三年間生き残れる可能性は爆上がりだ。


 ただ活躍しなかったら、役に立たないから見捨てられるだろうな。利用価値がないなら不要だし。マジで頑張らないとな。


 さてさて、それと竜皇と麗人は俺の贈ったモノを喜んでくれたかな?



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読んでいただけると嬉しいです。

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