第53話 ■■■■■■■■
俺とイールミィはさっそくバザーに向かって、いつものように撒き餌を売り始めた。もといおにぎりやシチューを販売し始めた。
すると生徒どもはエサを撒いた鳩のごとく集まって来る。
「待ってたぞ! おにぎりをくれっ!」
「アイスを! 食事はいらないからアイスを!」
「シチューを食べに参ったぞ!」
こいつらは偉ぶった貴族どもだ。しかし俺に胃袋を握られている愚か者にすぎない。貴い族とかいうが、しょせんは食い物に意地汚い俗物でしかないな。
「はい! ありがとうございます! 今日も貴い皆様に相応しい食べ物をご用意しております!」
俺に利益をもたらしてくれるお客様なので平身低頭はするのだが。
そうして商品を売り続ける。
「ありがとうございますですわ!」
イールミィも慣れてきたのか、前に比べればテキパキと客をさばいていた。これなら会計ミスもそうそう起きないだろう。
たまにやらかすかもしれないがそれくらいなら問題ない。ミスしない人間などいないからな。
もうイールミィに逐一目を向ける必要はなさそうだ。なのでイールミィを気にすることをやめて、その分の注意力も周囲にいる生徒の話し声などにそそぐ。
「麗人が美しすぎて嫁にしたい……麗人を敬う女たちの前で抱いてやりたい……」
「私はホークエールの方が好みだな。ああいう知的な者は私に似合う」
「はぁはぁ、ベールアインちゃんはぁはぁ。すごくいい娘だからボキュの嫁に相応しいんだな。色々好きなことしたいんだな」
うーむ、今日は性癖暴露大会かぁ……なんか雑談にも流れみたいなのあるよな。
下らないこと言ってないで有益な情報くれないかなぁ。
などと考えているとうちの常連のひとりがやってきた。こいつは以前に『十万魔素の情報を先祖から伝えられている』と言っていた者だ。
だが俺にはこいつの言ったことがロクに聞こえなかった。まるで急に難聴になったかのように。
そいつは俺の売店の列に並び始めた。
「おい、イールミィ。そこの男が怪しい奴だ。俺が話を聞いてみるから……」
「わかりましたわ、しっかりと耳をかたむけておきます。お買い上げありがとうございます!」
イールミィは客に対応しながら俺にうなずいた。
今のこいつならばちゃんと仕事を果たしてくれるだろう。
そうして列が進んでいき、目的の男が俺たちの目の前にやってきた。
「うーむ。今日はおにぎりにするかシチューにするか……」
男は机の上に置かれたシチュー鍋とおにぎりを見比べて、かなり悩んでいる。
お腹がいっぱいでどちらかしか食べられない雰囲気ではなく、仕方なく片方を選んでいる様子だ。
なるほど、どうやら両方欲しいが魔素が足りないといったところか。ならば話は早い。
「シチューとおにぎりのどちらにするかお悩みですか?」
俺が営業スマイルで対応すると、男は困ったように頬をポリポリとかいた。
「バレたか。実は魔素に余裕がなくてね……かといって食事を抜いたら、周囲に貧しい家だと思われてしまうしで」
男は小声で俺に話してくる。
やはりこいつは迂闊で口が軽い人間だ。周囲に貧しいと思われたくないならば、俺の前でも言うべきではないのだから。
だがそういった人間ならば交渉も簡単だ。俺もまた目の前の男にだけ聞こえるように、小声を意識して……、
「実はですね。お客様はうちで一番商品を買ってくださっているのですよ。なので今日だけ貴方には特別で、シチューにおにぎりをつけましょう」
「ええっ!? 本当にいいのか!?」
「しー、あまり騒がないでください。特別ですよ?」
「ありがとう……!」
俺からシチュー皿とおにぎりを受け取ると、男はすごく機嫌よさそうだ。
これなら大丈夫そうだな。俺はイールミィに目配せすると、彼女は小さくうなずいた。
「ではシチュー分の魔素を頂きますわ。あ、それと少しお聞きしたいことがあるのですが……以前になにか言ってませんでしたか? ほら十万魔素の情報を知ってるとか……」
「ん? ああそれならうちの家に言い伝えられてる話でね。この学園は入ってから数か月後に■■■■■■■■されるんだってさ」
相変わらずなにを言っているのかまるで聞き取れない。
だがイールミィはピクッとわずかに顔を強張らせた。そして何事もなかったかのように笑い始める。
「えっと、何を仰っていますの? まるで聞こえませんわよ?」
「えー……おかしいな。ちゃんと喋ってるはずなのに。まあいいか、はいお代」
「ありがとうございますですわ!」
男はシチュー代を支払うとさっさと去ってしまう。
……今のイールミィの様子を見る限り、なにかが聞こえたような雰囲気だった。
だが周囲に目や耳がある状況では迂闊なことは聞けない。俺は何事もなかったかのように店番を続ける。
しかしイールミィめ、やるじゃないか。男から十万魔素の情報を聞いた時、周囲に察せられないように努力していたのだから。
以前の姫様ならば「ええっ!?」とか「本当ですのっ!?」とか口に出していただろう。うん間違いない。
……まあ少し顔に出ていたがそこは及第点でいいだろう。今後に期待ということで。
やはりイールミィを手ごまにするのは間違いではなかったな。問題はベールアインが俺の部屋に居候することだが……いや本当になんでだよ。
などと考えているうちにバザーは終わった。後片付けをして急いで俺の部屋に戻ると、すでにベールアインがマイベッドを運び終えたところだった。
「ロンテッドさん、今日からよろしくお願いしますね」
「アッハイ」
なんで一人部屋を三人で住むことになるのか。しかも女子二人な上に片方は自分の部屋があるのに……。
正直嬉しいところもあるのは否定しきれないのと、ベールアインが怖いから拒否できないのだけれども。
いや今は同衾などよりも大事なことがある。
「イールミィ、教えてくれ。十万魔素の情報はなんだ?」
さっそくイールミィに問いただしたところ、彼女は真剣な顔をすると。
「分かりましたわ。十万魔素の情報は…………」
「情報はっ……!?」
「情報は……忘れましたわ! 待って!? メモ取ってますの! ですから部屋から追い出そうとしないでくださいまし!?」
俺はイールミィの腕を引っ張るのをやめる。真剣にまた野宿ミィにしてやろうと思ったぞ。
「おい、次にやったら本当に追い出すからな」
「うう……ちゃんとメモ取っててよかったですわ……。では改めまして……」
この言葉次第で俺の今後の動きに大きな影響が出る。
いったいどんな情報なのか。出来れば戦争には関わらない内容がいいが、さて……!
そしてイールミィはコホンと喉を鳴らすと、
「ワタクシが聞いた情報。それは今から二カ月後に……クラス間戦争解禁ですわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます