第52話 恐怖の味方


 俺は飛びのいた後、ベールアイン相手に身構えてしまった。


 ベールアインが何故かすごく怖いのだ。仮にも何度も戦場に出たはずなのに、目の前の一般少女に恐怖を感じている……?


「ロンテッドさん、おかしいですよね? イールミィさんは追い出すって話でしたよね?」

「その予定だったんだが、存外役に立ちそうなんだ。それなら手元に置いておくメリットもあると考えてな」

「そうですか。でもイールミィさんは女の子ですよね。男の人の部屋にずっと寝泊まりさせるのはどうかと思います。イールミィさんも気の毒ですし」


 ベールアインは抑揚のない声で告げてくる。


 彼女は武器など持っていないはずなのに、俺は喉元に剣を突き付けられたかのような感覚だった。


「わ、ワタクシはむしろ望んで……」

「イールミィさんは黙っていてくれます? 関係ないですよね?」 

「は、はい……」

 

 イールミィもまともに喋れなくなっている。どうやらベールアインに怯えてるのは俺だけではないようだ……というか関係大ありと思うのだが。





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 ベールアインはロンテッドたちを威圧しながら、今後のことについて考えていた。


(弱りましたね、この学園では毒殺はできません。ですが私の部屋で飼うのもリスクがありますし……)


 ベールアインにとってイールミィはもはや敵でしかなかった。ロンテッドを狙う泥棒猫を、どうやって排除するかに思考を集中している。


 彼女にとってロンテッドに近づく女は全て敵だ。

 

(イールミィを私の部屋に泊めて、ずっと睡眠薬を飲ませておきましょうか。いやそれは流石に怪しまれそうですし)


 ベールアインの望みはロンテッドを自分だけで独占すること。


 なのでイールミィが居候し続けるのは許容できることではない。それを防ぐためならイールミィの人権などは些細なことだった。


(失敗しました。こんなことならアルベンを……いやもう遅いですね。とりあえずこの泥棒猫の動きを封じないと)


 ベールアインは瞳孔の開いた目でイールミィを睨んだ後、ロンテッドにニコリを笑いかける。ただし目はまるで笑っていなかったが。


「ロンテッドさん、やはり男女が同じ部屋で二人きりはダメです」

「ま、まあ一理はあるが……」

「だ、大丈夫ですわ! ワタクシとエンド男爵でなにか起こるとは思いませ……ひっ!?」


 ベールアインにひとにらみされた瞬間、イールミィは悲鳴をあげてしまう。まるで蛇に睨まれたカエルのように。


(ダメです、ロンテッドさんが私以外の女と同じ部屋で寝るなんて。もう決まってるんです。ロンテッドさんがボロボロになって弱り切ったところを、私が慰めて同衾することは)


 ベールアインにとってこの学園生活は、理想のロンテッドと結ばれるためのモノでしかない。


 だが今のロンテッドは彼女にとって理想ではない。彼がもっと勢力を強めてから、それら全てを失った後だ。


 その時の嫉妬に壊れたロンテッドこそ、ベールアインが望む男だった。


(そうなればロンテッドさんは私をズタボロに犯すでしょう。彼の行き場のない怒りや怨みを、私に向けて襲い掛かって来る……その邪魔はさせません)


 ベールアインは今後の動きを決断してほほ笑んだ。


「わかりました。では私もロンテッドさんの部屋に泊まります」

「なんで?」

「男女二人きりですと間違いがありますから。ですが私がいればそのようなことは起きません」

「な、なるほど……」


 ロンテッドは思わずうなずいてしまう。


 冷静に考えればおかしな話なのだが、彼はベールアインの圧力で思考能力が低下していた。


 戦場に慣れたロンテッドですらこうなのだから、イールミィに至っては恐怖で身体を震わせて少し涙目だった。


「ちょうど布団もありますし、今日から泊まらせてもらいますね。いいですよね?」

「いやでも俺の部屋に三人は狭……」


 なおも食い下がろうとするロンテッド。だがベールアインはそんな彼に顔を近づけると、


「い い で す よ ね?」

「はい……」


 ロンテッドの対抗心は、ベールアインの有言の圧力の前では無力だった。


「ありがとうございます、では泊まる用意を取ってきますね」


 そう言い残してベールアインは去っていく。


 残されたロンテッドとイールミィはしばらく呆然とした後に。


「ど、どうなってますの!? 竜皇の前に立った時より怖い気がしますわよ!?」

「正直殺されるかと思ったぞ……おいイールミィ! 実はベールアインを怒らせてたとかないよな!? あれはいくらなんでも異常だろ!?」

「知りませんわよ!? 男女二人きりは不純だから許さないってだけじゃないですの!?」


 イールミィとロンテッドは、ベールアインの心中を全く理解できていなかった。


 イールミィに関してはそもそも話したことも少ないから当然だ。ロンテッドは以前に抱き着かれたことはあるが、あれはベールアインの一時的な気の迷いと判断していた。


「それで本当にあの部屋で三人寝るつもりですの? それならワタクシがベールアインさんの部屋に泊まらせていただいたほうがいいのでは……」

「俺もそう思うけど……言えるか?」

「絶対無理ですわ……」

「……とりあえずバザーに行くか。情報を集めに」

「……ですわね!」

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