第50話 生徒じゃないよな? ならば


 元姫様、いやイールミィはとうとう目覚めた。この世の心理にたどり着いたのだ。


 嫉妬や恨みという人間が持つべき感情に、ようやく正直になれたとも言えよう。


 俺はこの姫様に呆れていたのだ。酷い目に合わされたのに復讐すらしようとせず、己の不運を嘆いてばかりの被害者姿に。


 現状を嘆いても変わらないならば、なんでもいいから好転するように努力すべきなのだから。


 そして努力するのに必要なのはモチベーションだ。自分が這い上がりたい、他人に勝ちたいとの望みが力となる!


「イールミィ! もっと恨め! もっと渇け! お前はもはやなにも満たされぬ哀れな少女だ! だからこそ他人に羨んで努力できる!」

「はいですわ! ワタクシ勝ちたいのですわ! あの女を蹴落としたいのですわ!!」

「いいぞ! もっとだ! もっと、もっと怨恨を溜めて嫉妬を爆発させろっ! 呪い殺せ!」

『ここは亡者の部屋ですかね?』


 クソイワがなにか言ってるが無視だ。


 嫉妬はよくないと言う奴はよくいるが、人間が持つ当たり前の感情を否定するのもおかしな話だろう。


 あいつよりも出世したい、負けたくないという感情がないのは、枯れている人間なのではなかろうか。あるいは満たされている者の可能性もあるけど、そんな人生勝ち組はそうそういないだろう。


 負けたくないという感情は人に力を与えてくれるはずだ。御しきれずにアルベン野郎みたいになるのはよくないが、コントロール出来れば血よりも湧き上がるパワーとなる。


 実際、今のイールミィを見てみろ。つい先日までは半分目が死んでいたのに、今では気迫にまみれて別人にすら見える。


 彼女は燃えているのだ、嫉妬の炎に!


「イールミィ! 今のお前ならば信用できる! お前が俺の言うことを聞き続けるならば、部屋にも置き続けてやる!」

「ありがとうございます! ですがそれだけでは足りないのですわ! 活躍すれば相応の褒美が欲しいのですわ!!」


 イールミィは真剣な目で俺を見つめてくる。


 うんうん、やはり以前と違って自分の欲求にも正直になったな。


「ほう? どんな褒美だ?」

「箱庭を分け与えて欲しいのですわ! そうすればワタクシも生徒に戻れるかもしれません!」

「どうなんだクソイワ」

『土地を持つ未成年は全て生徒です』


 へぇ。一度退学させられた生徒も終わりじゃないんだな。


 箱庭を手に入れたらまた学園に戻れるのか。しかしイールミィめ、それを自力で思いつくとは案外やるな。


「その意気やよし! だが箱庭はこの学園でもっとも貴重なモノだ! そうそうやるわけにはいかないが分かってるのか?」


 元の世界でも土地はすごく大事だが、金などの財宝で売買することもあるだろう。だがこの世界の箱庭の価値は、何にも代えがたいレベルだ。


 つまり他の者に箱庭を譲渡するなど、よほどの理由でなければありえない。それこそ俺に大きなメリットがないことにはな。


 するとイールミィはニヤリと笑うと。


「わかっています! ワタクシが箱庭を手に入れたら、魔物を召喚できるようになりますわ! そうすれば貴方の戦術の幅が広がるはずですわ! 裏切らないように神前盟約してもいいです!」


 確かにその通りだな。


 こないだのアルベン野郎との戦いで感じたが、箱庭を持つ生徒はかなり強力な手ごまになる。


 それこそ日本を攻め込む時に大きいだろう。魔物だけで攻めさせるなら船で攻め込む必要があるが、生徒が一緒にいれば話は別だ。


 そいつひとりだけなんとか本州に上陸できれば、あとはいくらでも好きな魔物を召喚できるのだから。


 ようは戦力を自由自在に運べるという点で、生徒の存在は大きすぎるのだ。そしてイールミィは俺の手ごまになるから、代わりに土地をくれと言っていると。


「少し前までメソメソ泣いていたのに、ずいぶんと変わったな」

「泣いていたらなにも果たせないと分かりましたから! ワタクシはやりますわ! 絶対に成り上がって、裏切った者たちを足蹴にするのです!」


 素晴らしい、思わず拍手を送りそうになる。あのダメダメ姫が短期間でここまで覚醒するとは!


「お前の言うことは分かった。だがやはり箱庭は迂闊には渡せない。お前が活躍して使える者だと判断すれば、その時は真剣に考えることにしよう」

「わかりましたわ!」


 イールミィはすごく嬉しそうに笑う。


 だがまだ甘いな。俺が考えるとボカした表現をしたのは、約束なんてする気はないからだ。


 もし約束したら俺が困るからな。イールミィが活躍したら必ず箱庭を分け与えなければならなくなる。


 悪いが俺は性格が悪いんでな。イールミィがちゃんと使えるか見極めて、その上で俺にメリットがあると感じなければ分け与えることはない。


「頑張りますわ! まずはあの女を、ワタクシの前に跪かせてやりますわ……!」

「待て待て、その前に俺の頼みを聞いてもらおうか。役に立ってほしいことがあるんだ」


 イールミィだからこそ得られるメリットがひとつあるからな。


 まずはそちらを回収させてもらおう。


「なんですの? なんでもやってみせますわ!」

「わかった。じゃあさっそくだが……十万魔素の情報を安く仕入れて欲しい。そうだな、一万魔素くらいで得られたら助かる」

「そんなの無理ですわ!?」

「なんでもやってみせると言ったところだろ……それに可能なはずだ」


 俺だって無茶な頼みはしない。


 今のイールミィだから出来ることがあるのだ。何故なら……。

 

「だって今のお前は生徒じゃない。つまり神前盟約の対象外なんだから、いくらでも悪いこと出来そうだと思わないか?」


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