第49話 招待の手紙


「ワタクシの望みはなんなのでしょう……」


 エンド男爵の部屋でひとり残されて、思わずうなってしまう。


 今まで望みなんて考える余裕はなかった。なにせ元臣下のエンド男爵に頭を下げているくらいなのだ。


 正直に言えば複雑な思いはあるがどうしようもない。もし追い出されたらワタクシには行き場がなく、今度こそアルベン(でしたかしら?)たちに慰みモノにされてしまう。


 箱庭を全て失ってからの三日間は、本当に地獄のようだった。





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「イールミィさん、自分の部屋に戻って貴女に必要なモノを回収してきてください。残っていたモノは全て不要とみなして処分します。あ、元から部屋にあったモノはダメですよ」


 ワタクシは敗戦して箱庭を失ってすぐに、ハルカ先生に自室へと向かうように言われた。


 もし必要なモノがあれば回収して、さっさと部屋から出ていけと。


 ワタクシはこの学園に来てまだ一か月程度なので、特に自分のモノは持っていない。つまり逆に言えば財産が全くないということになる。


「な、なにもありませんわ。箱庭のために魔素を溜めていたので、そういったモノは買ってないので……」

「そうですか。なら早く出て行きなさい。貴女はもう生徒じゃないので、この学園にいる権利はありません」


 ハルカ先生は教室の時とは一変して、ワタクシを奴隷でも見るかの目で睨んでくる。


 今までこんな視線を受けたことはない。正直不快だった。


「……無礼ですよ! ワタクシはイールミィ王国の……」

「は? なにを言ってるんですか? 今の貴女はただのナミリアですよ。なんの価値もない哀れな少女でしかないですね」

「っ……!? そ、そんなことは」

「現状を直視できないのは理解できますけどね。ですが現状は貴女に襲い掛かってきますよ。どれだけ目を背けてもね。そういうわけですので出て行ってください」


 ハルカ先生が指を鳴らすと、オーガが召喚された。


 オーガはワタクシの襟首をつかんで持ち上げる。


「ちょ、ちょっと!? なにをするんですの!? 無礼者!」

「はいはーい。早く出て行ってくださいねー」


 オーガはワタクシを持ち上げたまま廊下を歩き、校舎の外へと出る。そしてワタクシを雑に投げて外に放り出した!?


「そういうわけですので、もう貴女は許可なく校舎に入れません。他の生徒の部屋に泊めてもらうか、そうでなければ学校の外で暮らしてくださいね」

「な、なにを……! こんなことが許されるわけないですわ!」

「それが許されるんですよ。だってここ神前学園ですよ? 貴女たちなんかよりよほどお偉い神様ですからね。それよりもいいんですか? 私と喧嘩するよりも、他にやることあると思いますが」


 そう言い残してハルカ先生は校舎の中に去っていく。


「ま、待ちなさ……っ!? なんですの!? なにか壁みたいなものがっ……!」


 思わず追いかけるがナニカにぶつかって弾かれてしまう。


 そこにはなにもないように見えたが、よく目を凝らすと透明な壁のようなものがあった。


 この壁に弾き飛ばされてしまったのだろうか。でも以前にここに来た時もあるが、その時は普通に外に出てもまた校舎に戻れたのに……。


「どういうことですの? これも神様の力と?」


 ペタペタと触ってみたり、軽く押したりしてみるが微動だにしない。この壁を何とかするのは無理そうですわね……配下の力自慢がいれば壊せたのかもですけれど。


「仕方ありませんわね。少し歩いてみて、誰か他の生徒を探しましょう」


 ハルカ先生は誰かに泊めてもらえば、また校舎に入れると言っていた。ならそうすればいいだけの話です。


 なら生徒のいる場所に出歩かなければですね。校舎の外を少し歩いて中庭へと着く。いつものようにバザーが開かれていて、生徒たちが多くたむろしていた。


 さて誰かに頼んで部屋に泊めてもらいましょうか。ちょうど臣下の女子生徒がいましたわね。


 この少女はいつもワタクシを褒めたたえて、憧れとまで言っていましたしちょうどいいですわ。


「貴女、ワタクシを部屋に泊めることを許しますわ」

 

 後ろを向いていた臣下の者を軽く呼び止めると、彼女は私の方を向いていつものように笑っていた。


「あ、元姫様じゃん。どうしたんですかぁ? よくこんなところに顔出せましたね?」

「え、えっと」


 ……いや違う。笑ってはいますがなにかが違う。


「すごいですねぇ。私なら恥ずかしくてとても顔出せませんよぉ。無能なだけじゃなくて厚顔無恥なんですね!」


 彼女はワタクシを見て嘲笑しているのだ。


「ぶ、無礼者! このワタクシを見て笑うなど!」

「あはははは! まだ自分の立場が理解できてないんですかあ? ……私さ、お前のこと死ぬほど嫌いだったんだよね。私の名前すら覚えてないでしょ?」


 少女が指を鳴らすとオーガが現れて、拳をポキポキと鳴らしながらワタクシに近づいてくる。


「な、なにを……」

「元姫様に教えて差し上げるんですよ。貴女の立場をね。オーガ、やりなさい!」


 途端にお腹に強い衝撃が走って、吐きそうになる。殴られたのだ、オーガに。


「げほっ……」

「えー、自称姫様なんでしょー? もっとお淑やかにしてくださいよー? あ、そうだ。このまま服を剥いて男どもの前にでも……」


 すぐに逃げた、必死に。足がからまりつつも死ぬ気で。吐き気を耐えながら。

 

 しばらく走った後、後ろを見るとオーガはいなかった。どうやら追ってこなかったようだ。


 限界だったのか地面にへたれこんでしまった。どうやらここはグラウンドのようだ。


「ううっ……こ、こんなの……こんなの……あんまりですわ……」


 分かってしまった。今の自分は姫でもなんでもないのだと。


 そうしてしばらく動けず休んでいると、お腹が鳴り始めてしまった。今日はロクに食べてないのだ。


「……お腹空いたのですわ。でも箱庭がないとなにも手に入らない……」


 他の生徒に話しかけるのも怖い。また襲われたらたまったものではないので、我慢するしかない。すでに外も薄暗く怖いが、学園内にも戻れない。


 空腹を誤魔化しつつ、グラウンドにあった芝の部分に寝転んだ。


「もう疲れましたわ……」

「おや? これはこれは姫様ではないですか」


 思わずまぶたを閉じようとすると、誰かに話しかけられた。ふと見るとアルベン男爵がいる。


 姫様と呼ばれたことが、ただそれだけで嬉しかった。


「アルベン男爵……ワタクシは」

「分かってますよ。ここにいるということは負けたんですね、姫様。ですがご安心ください。私にお任せください」


 アルベン男爵はゆっくりと近づいてくる。


 彼はきっとワタクシを助けてくれる。だって以前にワタクシは彼に手を差し伸べて、多くの魔物やドラゴンまで貸し与えたのだから。


 恩義に感じていることだろう。彼も箱庭を失ってしまったが、今のワタクシと同じ立場でもあるわけで……。


 そう思った瞬間だった、アルベン男爵は私の身体を下卑た目で見つめてきた。


「へへへ……姫様! お前のせいで俺はこんな目にあったんだ! 責任取ってもらうか!」

「な、なにをするのですか!?」


 アルベン男爵はワタクシの服をびりびりと引き裂いていく。しかも彼はワタクシの両腕を掴んで地面に押し付けて……!?


「ナニをするんですよ! 今のお前が俺に出来るのは、せいぜいその身体で払うことくらいだろうがっ!」

「は、放して! 放してくださいまし! 誰か、誰かぁ!」

「こんなところで誰もいるわけねぇだろうがっ! 諦めて俺に犯されろっ!」

「嫌ですわっ!? このっ!」

「ほぎぃっ!?」


 思わず足を蹴り上げると、アルベン男爵の股間に直撃して嫌な感触が……でも彼は悶絶して倒れたので今ですわ!?


 また必死に逃げる。人目のあるところに、せめて学園の近くへと。


 そうして二日間、校舎付近の色々なところに隠れた。特に中庭は校舎のすぐそばで比較的安心だった。芝生も生えていたから、土の上で眠るよりはマシでもあった。


 バザーの時間帯は人が多すぎて恥ずかしかったが、それ以外はいつも中庭にいた。


 でも三日で限界が来た。空腹に耐えられず、恥を忍んで他の生徒に食べ物を恵んでもらおうとする。


 結果は散々、暴言を吐かれ続けてしまったのだ。あまりの辛さに涙が出てきて、そんな時だった。


「大丈夫ですか?」


 エンド男爵がワタクシに近づいて、心配してくれたのだ。


 そこから彼に助けてもらって二週間の宿も得た。室内で安心して眠れるということで、思わず床で力尽きて寝てしまっていたくらいだ。


 だが数日経って怖くなった。あとほんの数日でまた外での寝泊まりが始まると思うと……。


 エンド男爵がワタクシを迷惑に思っているのは分かっている。それでも彼に縋るしかなかった。


「そこまで嫌なら自分の都合を振りまくんじゃなくて、俺にメリットを寄こせよ!? なんでなんのメリットもないお前を、俺の部屋に居候させなきゃならないんだ!!! ……あっ」


 すると彼は俺にメリットを寄こせば、部屋に置き続けてくれると言ってくれたのだ。泣きそうになるほど優しい言葉をもらった。


 他の生徒たちから酷い扱いを受ける中、エンド男爵だけは凄く優しい。彼に助けてもらえて本当に良かったと思う。


 だが簡単には彼のメリットになることは思いつかなかった。なので必死に考えていると、すごく忙しそうにバザーで出店してるのが見えた。


「そうですわ! 彼の手伝いをすればいいのですわ!」


 そうしてバザーでの会計を手伝うことにしたら、見事に失敗してしまった。


 だが彼はやはり優しい人間で、そんなワタクシを怒らずなお慰めてくれたのだ。


 そして彼は告げてきた、「貴女が俺の部屋に住めるようになったとして、その後になにをしたいのでしょうか」と。


 ワタクシには答えられなかった。




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 そしてエンド男爵の部屋で、なにがしたいかを考えていた。


「したいことしたいこと……姫に戻りたいとは思いますが、そうではない気がしますわね……」


 なんとなくだがエンド男爵の求めている答えは、実現可能な願いな気がする。今のワタクシが姫に戻るのはもう不可能でしょう、現実的に考えて……。


「エンド男爵は私の想いを思い返してと言ってましたわね……」


 想い。この場合だと直近での話だろうか? 分からない。


 そうしてしばらくぼーっと考えてみてもやはり分からず、思わずため息をついてしまっていた。


「うう、悔しいですわ……え?」


 特に考えていたわけでもなく、ふと声が漏れていた。

 

 悔しい? 誰に? ……あのオーガをけしかけてきた女や、ワタクシを見下した生徒たちにだ。


 そう気づくとみるみる内に腹が立ってきた。悔しい、悔しい、悔しい……今まで臣下だった者たちに、ワタクシに価値がなくなった瞬間に見下されて!


 恨みを晴らしたい。あの者たちもワタクシと同じ立場に、ワタクシより下の立場に戻してやりたいっ……!


 すると部屋の扉が開いて、エンド男爵が戻ってきた。ワタクシは思わず飛び起きると、


「エンド男爵! ワタクシは……復讐したいのですわっ! ワタクシを裏切った臣下たちにっ!」


 悔しい、憎い、恨めしい。心にある気持ちを爆発させると、エンド男爵はすごく嬉しそうに笑った。


「素晴らしい! いいでしょう!」


 やったのですわ! やはりこれが正解だったのですわ!!!


『なんということでしょう。クソガキが増えてしまいました』 


 エンド男爵の石板がなにか言っているがどうでもよかった。


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次話から隔日投稿になります。


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