第48話 教えて
ずっと休む暇もなくシチュー売っていたが、ようやく昼時が終わったようで金づるは消えた。
一息ついてバザーから撤収しようとすると、元姫様が俺に近づいてきた。
慣れないことをしたからか見るからに疲れ切っているが、目だけは縋るように俺を見つめている。
「こ、これで役に立てましたわよね……? ちょ、ちょっと失敗してしまったけど……が、頑張りはしましたわ!?」
悲鳴をあげる姫様。
こいつからすれば必死なんだろうな。なにせ俺にメリットを与えなければ部屋を追い出されるし。
実際、さっきの手伝いは間違いなく彼女なりに頑張ってはいた。ただ会計以外にも失敗していたし、手際は相当遅かったのは否定できない。
あれで役に立ったかは少し微妙なところだ。本人も自覚はあるみたいなので直接は言わないが。
「まあそうですね……」
「わ、わかってますわよ!? 大して役に立ててないのは!? うう、店番なんて誰でも出来ると思ってましたのに、やってみたら難しすぎるのです!?」
元姫様は今にも泣きだしそうな勢いだ。苦労知らずのお姫様がようやく現実を知ったというところだろうか。
などと考えていると彼女のお腹が小さく鳴った。
「……スープを売ってたらお腹空いたのですわ。お、おにぎりください……」
申し訳なさそうに告げてくる元姫様。
別にそんな卑屈な態度を取る必要はないんだけどな。彼女が俺の部屋にいる期間は、俺から食事をもらえる約束なのだから。
俺は念じて手元におにぎりとシチューの皿を出すと、元姫様に向けて差し出した。
「はいどうぞ」
「し、シチューもいいのですか!?」
「いらないなら俺が食べますが」
「も、もらいますわ! ありがとうございますですわ!」
元姫様は俺からおにぎりとシチューをひったくって食べ始めた。
食べ方は相変わらず上品であるので、腐っても元姫様ではあるのだろう。
ところでおにぎりとシチューって相性どうなんだ? 色違いみたいなカレーは米と食うものだったみたいだが……今度試してみるか。
そうして少し待っていると元姫様は食べ終わり、意を決したように俺に顔を向けてきた。
「エンド男爵! 聞きたいことがあるのですわ! ワタクシにして欲しいことはありませんの?」
「と言いますと?」
「ワタクシが貴方にメリットを与えるには、貴方が望むことをやるべきだと思いましたの。でしたら貴方の求めてることを聞くのが一番かと。お恥ずかしい話ですが、しばらく考えても思いつきませんでしたので……」
元姫様は恥ずかしそうに視線を落とした。
そんな彼女は少し前のイールミィ姫様とはまるで違い、現実を見てもがいている少女にしか見えない。
そして俺にメリットを与えるという意味を、しっかりと考えた結果だとは思える。
『クソガキ、ほらお得意のトドメですよ。傷心の少女にさらなる追い打ちで心をへし折り、従順なメス奴隷にする』
「ひっ……!?」
「そんなモノを得意にした覚えはない! あんたも信じるんじゃない!?」
クソイワめ! いきなり現れて人をクズにしようとしやがって!
俺は軽く喉を鳴らすと、元姫様にちゃんと向き合うことにした。
「元姫様。貴女が俺のことを考えて動いたのは、素晴らしいことだと思います」
『と上から目線のクソガキが言っております』
「おうクソイワ。お前を砕いた瓦礫で石焼芋してやろうか?」
『おやベールアインに教わりましたか』
「あの、ワタクシへのお話のはずではないのですか……?」
いかん、クソイワのせいで話がズレていく。
「その上でひとつお聞きしたいことがあります。貴女は今後どうしたいのですか?」
「貴方の部屋に住みたいのですわ!」
冷静に考えるとヤバいなこの言葉。年頃の少女が、男の部屋に居つきたいとか。
「いえ違います。その後です。貴女が俺の部屋に住めるようになったとして、その後になにをしたいのでしょうか」
「え? えっと……」
元姫様は困惑しているが俺としては大事なことだ。
彼女が俺の部屋に居座りたい理由は誰でもわかる。アルベン野郎などから守ってもらいつつ、毎日食事を取るためだからな。
だがそれは人間なら誰でもそうするわけで、元姫様の人柄などは一切分からない。
彼女がどんな人間で、なにが目的で俺にメリットを与えたいのか。実際のところ元姫様自身も分かっていないのだろうが、そこに彼女の本質があるはずだ。
ただ食事を取れて暮らせればいいのか、イールミィ家を少しでも再興したいのか、もしくは他の目的があるのか。
今は日々の暮らしで精いっぱいなのだろうが、俺が彼女を部屋に居座らせるならそこはハッキリさせたい。その理由次第で元姫様の動きだって変わるだろうしな。
「私が信用できる相手は、そういった自分の本心を理解している人間です。そしてこれに似た問いを三大勢力のトップたちにもいたしました。そして彼らはスラスラと答えました」
「……っ!」
……まあ一名ほど嘘くさいのいたけどな! でもここでそんなの言っても蛇足にしかならないだろう!
それにあいつも叶えたい望みは持っていそうに思えた。俺に本心を伝えたくないだけで。
「あ、あの……なんでワタクシがなにをしたいかが気になるのですか?」
姫様は困った顔で俺に聞いてくる。
「私としても貴女がどんな人か知りたいですから。それに……自分を知っている者の方が、多少は信用できるからですよ」
実はベールアインから聞いたのだが、日本にある言葉が俺は好きだ。
それは『彼を知り己を知れば百戦危うからず』という格言? らしい。
この言葉は心理を突いていると思う。特に『彼を知り』の後に『己を知れば』と続くところがだ。
彼とは他人のことだが、実際のところ自分よりも他人を知る方が簡単だと思う。なにせ他人のことは外から客観的に見れるからな。
対して自分のことを客観視することは極めて難しい。逆に言えばそれが完璧に出来るのならば、その人物は百戦危うくないということだ。
この言葉を考えた奴すごいと思う。そいつの名前はなんだっけ、親子だったか? いや少し違う気がするな……まあいい。
「そういうわけですので考えてみてください。貴女は現状でなにがしたいかを」
「わ、わかりましたわ!」
「よく思い返して見てください。きっと貴女の心に芽吹いたはずの想いを」
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