第47話 シチュー


「なあベールアイン。アイスと同じくらい売れそうな商品に心当たりはないのか?」


 子蜘蛛下忍を召喚した後、俺はベールアインにアイスをふるまいながら聞いてみる。


 というのも魔素がもっと多く欲しいのだ。魔素はあればあるほどいいというのもあるが、なにより十万魔素の情報が気になっている。


 ……三大勢力のトップ共は全員が情報買ってたからな。俺は彼らに比べて情報力で劣っているのだ。


 それを補うためにも買うべきとは思うのだが……高い、高すぎる。十万魔素あればファイターゴーレムを二体買っても余るからな。


 なのでさらに魔素が欲しい。とりあえず魔素が欲しい。なんでもいいから魔素が欲しい。


「アイスくらい売れそうなモノですか……あ、鉄砲とかいかがですか? ほらロンテッドさんの竜騎兵が持ってるやつなら」


 なるほど。竜騎兵が日本で存在していたのだから、銃だけ作ることも出来るのか。


 そこは盲点だったな。なんか魔物の武器みたいに考えてた、だが……。


「ダメダメ。あんなモノ売れない」

「そうですか? 日本でも鉄砲はかなり売れたので、需要ありそうと思ったのですが売れないですか……」

「ん? 違う違う。そういう意味じゃない」

「と言いますと?」

「あんなモノを迂闊に売ったら、他の奴らの戦力強化につながってしまうだろ」


 竜騎兵の持つ鉄砲は間違いなく強力な武器だ。なにせ遠距離からそれなりの精度で、十分な威力の攻撃を放てるのだから。


 しかも引き金を引くだけで撃てるので、両手のある魔物に雑に渡すだけで使えるのも大きい。


 これは弓矢では無理だ、素人では矢を真っすぐ放つことすら難しいので練習させないと役に立たない。


 それこそ機動力はあるが力がない魔物に、あの鉄砲を持たせれば強力な存在になるだろう。というか竜騎兵自体もそれに近いが。


 つまり鉄砲は使い勝手がよすぎるのだ。そんなモノを他の生徒に売ってしまったら、戦力強化をさせてしまうことになる。


 俺が大きく魔素を儲けられても、他の奴が強くなってしまったら微妙だ。あくまで魔素を稼ぐ目的は、他の奴らよりも有利に立ちたいからだ。


 ようは俺が金貨百枚もらえる代わりに周囲が金貨十枚得るより、俺だけ金貨九十枚欲しいというわけ。これなら周囲との金貨差は変わらないしな。


『日本は魔素を他より有効活用できるので、周囲の金貨十枚よりクソガキの金貨十枚の方が遥かに価値がありますよ。なのでクソガキは一枚でも金貨を多く得た方が得で、金貨九十枚理論は破綻しています』

「うるせぇ! なんでわざわざ他人にメリットを与えなきゃならねーんだよ!!」

『本音はそっちですね』

「ロンテッドさん素敵です!」


 クソイワが呆れてベールアインが意味不明なことを言い出す。


 ああそうだよ! 俺はなるべく他の奴に利益を与えたくないんだよ! 仮に魔素とか学園とか関係なくな!


 例えば俺が願えば金貨五枚もらえる代わりに、他の奴らが金貨十枚もらえるとかなら絶対願ってやらん! なんで俺がひとりだけ損しなきゃならないんだ!


「それで真面目に売れるものないか? アイスよりも」

「アイスは日本でもトップクラスに売れてますからね。それ以上となると……」

「じゃあ聞き方を変えよう。アイスよりも見栄えが目立って、匂いで洗脳できそうな食べ物とかないか?」


 アイスは素晴らしい食べ物ではあるのだが、売り物として考えると足りないものがある。


 それは匂いだ。食べ物で最初に伝わる魅力は味ではない。だって買わないと食べられないわけで、買う前の判断材料に味は入らない。

 

 アイスは匂いがなくてあれだけ売れるのだからな。匂いだけで客をおびき寄せる商品があればもっと売れるはずだ。


「そうなるとやはりカレーでしょうか。いい匂いがする上に米との相性もいいので」

「カレーとは?」

「お米にかけるスープみたいなものです。ちょっと説明が難しいのですけど、間違いなく美味しいです。日本でもトップクラスに人気がありました」


 ベールアインは自信ありげに告げてくるので、試しに出してみようか。俺は箱庭を足元に出現させると。


「おいクソイワ。カレーを出せ」

『はいはい。ただカレーは手で掴めるタイプではないので、クソガキの手元に出しますね』


 すると俺の右手に皿が出現する。そこに載っていたのは米に茶色の液体をかけたものだ。これがカレーというやつか、確かにすごくいい匂いが漂ってくる。


 皿と一緒にスプーンもついてきてたので、試しにカレーをひとすくいして食べてみた。


「おお、こりゃ美味いな!」

「でしょう? なのでカレーを売れば……」


 ベールアインは得意げに告げてくる。だが……。


「でもこれはダメだな。売れない」


 残念ながらこのカレーを売るのは難しいだろう。するとベールアインは顔に驚きの色を見せる。


「な、なんでですか!? カレーは老若男女誰でも好きな味ですよ!? 匂いもいいですし!」


 うん、それは同意する。確かに美味だし匂いも抜群だ。でも。


「見た目がな……」

「……あっ」

「食べてもらえれば美味しいかもしれないが、それまでのハードルが高い。それでも平民なら味がよければと食べるだろうが、ここのお客様は貴族共だ。あいつらは見栄を張らないとダメだから、どれだけ美味しくても買わないだろうさ。恥とかなんとか言ってな」

「そうでした……」


 日本のバニラアイスが売れたのは、神の雪と言われるほどに見た目がいいのも大きい。逆にこのカレーはうん、ノーコメントで。


 いや実際すごく美味しいし、貴族ども相手でなければ間違いなく売れただろう。平民たちは味がよければいいからな。


 だが貴族たちは見栄を張る必要がある。周囲に悪く見られるのを何より嫌うし、悪評価がデメリットに繋がるからな。


 商売である以上、金づるのことを考えて売らなければならない。


「味は抜群、匂いも完璧だから惜しいな。なあ、これ色だけ白に出来ないか?」

「そ、それは無理かと。カレーはその色じゃないと、シチューに見えてしまいますし」

「シチュー?」

「えっと白いスープです。ご飯にかけないのでカレーとは別物でして……」

「おいクソイワ。シチューを出せ」

『はいはいクソガキ』


 俺の手元に真っ白いスープの入った皿が出てきた。すげぇ、白くて綺麗な上に野菜で彩り豊かじゃん。しかもカレーとは別種のいい香りが……試しに口をつけてみると。


「……うっま。いやこれも美味いな!? しかもなんか優しい味だ」

「カレーほどではないですが、日本でも多く売れてますからね。ただスープはこの世界にもあるので、目新しさが足りないですが」

「いや十分だ。これは間違いなく売れるぞ!」





^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^



 

 そうして俺はバザーに向かい、シチュー鍋をテーブルに置いて商品を売り始めたところ。


 すぐに長蛇の列ができてしまい、俺は必死に皿にスープをよそっていた。


「なんと美味いスープだ! もっと寄こせ!」

「お客様! 並び直してください!」


 はっきり言ってシチューはヤバかった。おにぎりやアイスすら比較にならないほどに売れている。


 なにせ奴らの反応はこうだった。


「ほう白いスープとは綺麗な。よし食べてみよう」

「色鮮やかで匂いもよいとなれば美味いに決まっているな。一杯くれい」


 なにせシチューをバザーに置いた瞬間から、多くの人が一切の躊躇なく買い始めたからな! しかもその騒ぎを聞きつけて集まった奴らも、


「おお少し変わったスープだな。美味そうだ」

「ほほう、肉や野菜が載っているのか。いいな」


 などととりあえず食べてやろうと、さらに売れていくのだからたまらない!


 これはシチューがスープであることが大きい。おにぎりやアイスはパッと見ではよく分からないので、即座に買うという判断がつかない。


 だがスープならばイメージがつくだろうし、その上で美味しそうとなれば買ってみようかと思うのも当然だ。


 唯一の問題は俺の腕である。スープをすくうのが大変すぎる……こんなことなら箱庭から皿を出す形式にしておけばよかった! 


 最初にスープが見える感じで売らないと、アピールできないかと思ったから……。


「早くしろよ! まだ三杯しか飲んでないぞ!」

「お待ちください! お客様!」

「いれるの遅いぞ! 早くしろ!」

「お待たせしました! お客様!」


 俺は必死にペコペコしながらシチューを皿によそい続ける。


「客を待たせるでない!」

「申し訳ありません! お金……お客様!」


 あぶねぇ危うくお金づる様って言うところだった。忙しさで焦ると地が出てしまう……。


「一杯30魔素ですわ!」


 俺の隣ではお姫様が会計係をしていた。あまりに忙しくシチューを売っていると、こいつが自主的に手伝いに来たのだ。


 こいつがお姫様のままなら自主的に手伝いになど来なかっただろうな。先日のやり取りが少しはいい方向に働いたかな?


「はぁ!? 一杯25魔素だろ!?」

「ご、ごめんなさいですわ!? 間違えたのですわ!?」


 ……まあ気構えが変わってもやらかすのだが。


 元姫様に接客経験などないだろうから、こんな忙しい中では当然だが失敗するだろうなぁ。俺ですらお金づる様とか言っちゃいそうなくらいだし。


「ごめんなさいですわ! 許して欲しいのですわ!」

「魔素の間違いなんて絶対やったらダメだろうが!」

「ごめんなさいですわ……」


 姫様はペコペコと頭を下げ続けるが、お金づる様の怒りも最もである。この学園で魔素は極めて貴重だからな。


 とは言えども人間ミスはするものだ。客の怒りももっともなのでさっさと収めてしうべきだ。


 流石に姫様には荷が重いので俺がすかさず出ることにする。


「すみません。お詫びにシチューを少し盛りますので~」

「ほう。それなら許そう」


 あわただしい中でも聞き耳を立てるのは忘れない。なにせこのバザーには他のクラスの奴らもいるのだから。


 今もシチュー待ちで並んでる奴らが、好き勝手に喋りまくっている。


「簡単に魔素を稼ぐ方法があるんだ」

「ほほう。どんな?」

「ははは、それが聞きたいならスープをおごってもらわねばなぁ」

「俺の家さ、先祖がこの学園のことを言い伝えしてるんだよね。それによるとあの十万魔素の情報は■■■■■■■■だ」

「お前、いま謎の言語話してたぞ? 嫌がらせか?」

「え? いやそんなはずは……」


 ……まあこれは間違いなく嘘だが、たまに有益な情報もある。


 こうしてシチューでぼろ儲けしたのだった。

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