第43話 麗人


 竜皇との茶会? いや茶が出なかったので会談? を終えた次の日。


 俺は廊下を歩いて、麗人ことルティア・オーセンメイアの部屋へと向かっていた。


 賢鷹にもほぼ同時に招待を受けたが、麗人は今日で賢鷹は明日を指名していたからだ。竜皇は無理やり昨日に来たし、こいつら実は裏で話し合っているのでは……。


 などと考えている間に、女子寮のルティアの部屋前へと到着する。


『どうされました? ノックしないのですか?』


 クソイワがプカプカと浮いて話しかけてくるが、俺は呼吸を整えているから邪魔しないで欲しい。


「……ちょっと待て。麗人に嫉妬しないように心頭滅却してるんだよ」

『面倒くさいクソガキですね。というか女子が同性相手にモテることに、嫉妬する必要があるのですか?』

「理屈じゃねぇんだよ。これが俺の生きざまだ」

『いい決め台詞ですね。生きざまが嫉妬なことに目をつぶれば』


 うるせぇ、これが俺の本性なんだから仕方ないだろ。


「すーはーすーはー。よしいけそうだ」


 意を決して扉をノックすると、中から開かれていく。


 そこにいたのはルティア……ではなく、三人の少女たちだった。


「遅いわよ! ルティア様を待たせるだなんて!」

「そうよそうよ! 貴方と違ってルティア様の時間は貴重なのよ!」

「ルティア様素敵……抱いてもらいたい……!」


 チッ、チッ、チィッ! やはり麗人とは相容れる気がしないしもうこのまま帰ってもいいんじゃないか!?


 あいつは敵だ! 俺の敵だ! いいですねぇ、有力お貴族のお方はおモテにおなられましてねぇ! 


 お前がキャーキャー女の子の注目を集めてるせいで、貧乏貴族の俺は目に映りもしないんだからな!? えぇ!?


『素晴らしい生きざまですね、生きづらそうです』


 クソイワがイヤミを言ってきやがったことで、少しだけ頭が冷えていく。落ち着け、俺は嫉妬をまき散らしに来たわけじゃない。


 ルティアという人間を見極めて、勝ち馬なら乗ることも視野に入れなければならないのだ。嫉妬という醜い感情はしばし閉じ込めて、上っ面善人でいかねば……!


「お、お待たせして申し訳ありません。エンド男爵、ただいま参りました。ルティア様にお目通りを……」

「あんたなんかがルティア様と会うなんて百年早いわよ! 帰り……」

「待って待って。ボクが招待したのにそれは困るかな」


 俺と女三人が言い争っているのを聞いてか、部屋の中からひとりの美人が現れる。


 その者は美男子か美少女か、パッと見で断言できる者は少ないだろう。だがどちらにしても美しいという言葉が似あう。


 まるで周囲を輝かすかのように整った姿の麗人が、小さく笑っていた。


「「「る、ルティア様ぁ……」」」

「悪いけど今日は帰ってくれるかな? これからエンド男爵と二人で話がしたいから」

「「「は、はい!」」」


 三人の女たちはルティアに頭を下げて、凄い勢いで走り去っていった。


 ……俺はなにを見せられているのだろうか? 


「すまないね、部屋に入って欲しい。お茶やお菓子も用意してあるから」


 ルティアに促されて部屋に入ると、内装は案外普通だった。てっきり豪華絢爛でキラキラさせていると思ったのだが、これだと俺の部屋と大して変わらない。


「がっかりしたかい? ボクの部屋がキラキラしてなくて」

「いえそんなことはありません」

「そうかな? 君の目はそう言ってると思うけど」


 ルティアは楽しそうにケラケラと笑う。俺の内心バレテーラ。


「……私としては嫌いではありません」


 誤魔化すのは無理そうなので本心を伝えておく。正直、キラキラした調度品まみれの部屋だったら内心舌打ちラッシュしていたところだ。


「ありがとう。今度は嘘じゃないみたいだね」


 そして今度は本心なのも見透かされてると。なるほど、ルティアの特徴がひとつ分かったぞ。モテることといい、どうやら人心掌握に長けてそうだな。


 そんなルティアは部屋にある円型テーブルに目を向ける。そこにはお茶や茶菓子が置いてあった。


「どうぞ座ってよ。お茶に毒とか入れてないから」

「これはこれは。どうもありがとうございます」


 お礼を言いつつ椅子に座るが、もちろん茶や菓子を口に入れる気はない。


 毒とか入れてない? その言葉が本当かも分からないからな!


「やっぱり警戒されてるか。まあ仕方ないよね。君も大変だね。怖いのが近くにいると」

「怖いの?」

「あ、気づいてなかったのか。他人の隠し事を言うのもよくないし、今のなしで」


 ルティアはごまかすように菓子を食べ始める。


 ……怖いのが近くにいるとはどういうことだ? 俺に不信感でも与えようとして、口から出まかせを言ってるのか?


「さて回りくどい話は嫌いなんだ。ボクは君が欲しい。ボクの陣営に入らないかい?」


 ルティアは真剣な目で俺を見つめてくる。弱ったな、こういうストレートに気持ちをぶつけられるのはあまり得意じゃない……。


「申し訳ありません。この場での返答は難しいです」

「だろうね。でもボクとしては君に仲間になって欲しいんだ」

「やはり私の箱庭の価値を知っていると」

「まあそれもあるけど。ボクが欲しいのは、君が勝つ側の人間だからだ」

「……は?」


 しまった、思わず素で返してしまった。


 俺が勝つ側の人間? あり得ないだろ、貧乏貴族に生まれて今までずっと負け続けてきたんだが? これあれか? イヤミか?


 だがルティアにふざけた様子はない。


「ちゃんと説明するよ。勝てる人間というのはね、別に負けないわけじゃないんだ。むしろ負けることも多い。でもここぞの負けられない勝負で強い。君はそんなタイプと思うんだ」

「過分な評価恐れ入ります」

「過分じゃないよ。事実として君はもう二度も勝ったよね? 異世界の箱庭を得たのと、アルベン子爵との戦いで。だから君が欲しい」


 ルティアは俺の目に視線をぶつけてきて、まったく逸らそうとしない。


「もちろん他にも欲しい理由はあるよ。君は将になれる力がある。ボクの陣営、というかボクは策に強いのだけれど、単純な力に弱いんだよね。なので君には前線での指揮官になってもらいたいんだ」

「指揮官とはずいぶんと評価してもらっているようで」

「うん、評価してるよ。ボクは賢鷹には勝てる自信があるけど、竜皇みたいな力任せに弱いから。ああいった相手に対応するには、君みたいな者が必要だと思ってる」


 ……どうやらルティアは本当に俺を評価しているらしい。なら俺も聞くべきことを聞こう。


「ではこちらからも質問してもいいですか?」

「言わなくてもいいよ。ボクが何故、勝とうとしているかだよね?」

「……その通りです。何故分かったのですか?」

「なんとなく」


 どうやらルティアには俺の考えが読まれている可能性がある。もちろん竜皇との話が漏れた可能性もあるが……あいつがルティアに言う理由もなさそうだからな。


 なるほどな……勘が優れているとはよくいったものだ。こういう奴はかなり厄介だ。

 

「ボクはね。この世界から貴族という存在を消したいんだ。そのために神の力を借りたい」

「……はい?」


 貴族を消したい? なに言ってるんだこいつは? 


 あまりに意味不明な言葉に混乱していると、ルティアは自嘲気味に頬をかくと。


「ごめんごめん、これだとよくわからないよね。簡単に言うと貴族制度がいらないと思うんだよね」


 ルティアの話す意味は分かるが……そんな世界はあり得ないだろう。


 貴族が統治しなければ国は成り立たない。


「貴族がなくなるというのも想像つきませんし、そんなことしたら貴女も平民になりかねませんよ」

「それでいいよ。ボクは王様なんてガラじゃないし、生まれで人生を決められるなんてまっぴらだ。それにボクは貴族制度がなくなれば、平民からでも成り上がる自信があるよ」


 ルティアはこともなげに告げてくる。


 かなり自信家だなこいつ。俺のように謙虚になるべきだと思う。


「そもそも王族ってだけで無能がトップになるのはおかしいよ。君もその考えを持つと思ったのだけど」

「…………否定はしませんが」


 俺も貴族制度なんて大嫌いだ。


 生まれのせいで俺はずっと貧乏で、しかも半端に貴族であるがゆえに逃げ場がない。平民に生まれていればもっと選択肢もあっただろうに、借金まみれの土地を継ぐしかなかった。


 そういう意味ではルティアの願いには賛同できるところはある。だが貴族なしで国の統治など……。


「実はね。貴族なんていなければいいのにとは昔から思ってたんだけど、貴族制度を失くすというのはベールアインちゃんを見て考え付いたんだよ。そういう意味ではベールアインちゃんも欲しいかな」

「……えっ? なんでベールアインを見て考え付いたのですか?」

「うーん、彼女の雰囲気がボクたちと違ってたんだよね。ベールアインちゃんは貴族みたいに凝り固まってないけど、かといって平民ほど軽くもない。特異な環境で育ったように見えてしまうんだ。なんでだろう」


 そういえば、ベールアインがなんか言ってた気がするな。


 日本では貴族や王は実質的な権力を持っておらず、平民が国を統治していると。

 

 いくらなんでも大嘘だろうと笑ったが……本当ならベールアインはそんな環境で育ったことになる。


 ルティアはそれを本能や直感だけで察したと? 嘘だろ? だとすればこいつも竜皇とは別ベクトルで化け物じゃないか。

 

「それになんとなくだけど、貴族がいない方が国が長続きしそうなんだよね。まあ貴族がいなくなってから、どうやって治世をするかはまだ思いついてないけど」

「それでいいんですか? 無責任では?」

「ボクはいつもこんな感じだよ。この方がいいなーと思ったらそれに従って、あとは野となれ山となれってね。でも今まで悪い結果になったことはないから」

「……なるほど」

「そういうわけでボクの想いは伝えたよ。君がボクについてくれると嬉しいな。あとはベールアインちゃんも。あ、そうだ。ベールアインちゃんに伝えてくれないかな? ボクについたら君の願いも叶えてあげるって」


 ルティアは俺にウインクしてくるのだった。


 なんだ? また妙な寒気が……こうして他にも少し話して麗人との茶会は終了した。


 なお最後におにぎりとアイスを振る舞ったところ。


「おにぎりというのも美味しいけど、このアイスってすごいね!? 綺麗で甘くて幸せな味がする!」

「ありがとうございます。ところで十万魔素の情報買いました?」

「買ったよ。教えるのは無理だけどね」


 竜皇とは違ってアイスの方を好んでいた。



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