第44話 鋭き鷹の目
ルティアの招待に応じた翌日、俺はホークエールの部屋に向かうために廊下を歩いていた。
顔見知りということで最後に回したが、別に仲がいいわけでもないのでやはり緊張するな。
そうして彼女の部屋の前についたので扉をノックすると、中からアーミアが出てきた。
「よく来やがったです! でもイリア様にお前はふさわしくないです! 帰りやがれです!」
「わかった。じゃあ賢鷹によろしくと伝えてくれ」
そう言い残して俺は去ろうとすると、
「待ちやがれです!? 本当に帰るなです!?」
アーミアが必死になって俺の腕を掴んでくる。こいつ結構からかうと面白いな。
「ふふっ。あまりアーミアで遊ばないでくださいます?」
すると賢鷹まで顔を出してきてしまった。
流石に彼女相手にふざける余裕はないので、丁寧に頭を下げると。
「本日はご招待頂きありがとうございます」
「いえいえ、それよりどうぞ入ってください。アーミアがお茶を入れますから」
誘われるがままにホークエールの部屋に入ると、部屋には弦楽器や管楽器など多くの楽器が飾られていた。
……どうやら賢鷹は音楽が好きなようだ。これがフェイクでなければだが。
「ふふっ、私が音楽を好むのは意外ですか?」
「意外というわけではありません。多くの楽器が飾られているのに驚いただけで」
別に賢鷹に音楽が似合わないというイメージはないからな。彼女が好みを見せなかったから知らなかっただけで。
「ちなみにアーミアは歌や演奏が上手なんですよ」
「……それはものすごく意外ですね」
「なんでです!? こいつ失礼です! アーミアはカラスより歌がうまいと、イリア様からも褒められてるですよ!」
アーミアが大きな声で叫ぶが、このロリっ娘が楽器を弾けるとは思えない……。
なんなら楽器を持つだけでフラフラしそうなんだが。というかカラスより歌がうまいというのは誉め言葉なのか? 騒音よりマシって程度では?
「まあアーミアの演奏の腕は置いておきまして、本題に入りましょうか」
「イリア様!? 置いておかないで欲しいです!?」
「もちろんです。本題に入りましょう」
「もちろんじゃないです!? ぐぬぬ……でもイリア様の言うことだから従うです!」
アーミアは口に力を入れて閉じてしまった。残念、こいつ面白いのに。
そして俺は賢鷹と机を挟んで対面するように席に着く。アーミアは賢鷹の横に立っている。
「さてエンド男爵。すでに竜皇と麗人から誘われたでしょうし、私の目的を言う必要はないでしょう?」
「おや茶会があったのをご存じで」
「イリア様の情報収集力を甘く見るなです! 茶会なんて知ってるに決まってるです!」
「もちろんです。私にも情報網はありますよ。貴方の可愛い蜘蛛ちゃんのような」
賢鷹はジッと俺の顔を見つめてくる……蜘蛛忍者のことバレてたか。
あいつは外で常に透明になっているはずなのだが、どうやって気づかれたのだろう。
「気づいた理由が知りたいですか? これですよ」
賢鷹の両目が黄色に輝いていき、まるで本物の鷹を思わせるように。
「魔眼ですか」
「ええ、私が賢鷹の目と呼ばれる所以です。この目の前では透明になっても姿を隠すことはできません。もちろん視力もずば抜けていて、貴方の息をのむ様子もわかります」
イリアは小さく笑いながら俺を睨んでくる。目は全く笑ってないが。
頭脳が武器な上に目まで優れているとは厄介過ぎるな。
「さて私も貴方が欲しい理由を言わなければなりませんね。私が貴方に期待するのは純粋な武力です。ようは強い一軍として貴方が欲しい。私は戦略を立てられますが、それにこたえられる駒が足りません。戦術が分かる者が欲しいのです」
「私はそこまで強くありませんよ?」
「ふふっ」
賢鷹は小さく笑って無言の圧力をかけてくる。言う必要はないだろう? 全て分かってるぞと言わんばかりだ。言ってないけど。
まあそりゃそうだようなぁ。そもそもこいつはアルベンの前から、俺のことを評価していたのだから。竜皇や麗人よりも俺のことを知っていそうだ。
「私は竜皇や麗人よりも貴方を評価しているつもりです。もし私の陣営についてくれるなら、婚約してもいいですよ。アーミアと」
「そうです! アーミアと婚約しても……えぇ!? イリア様ぁ!?」
アーミアは驚きの声をあげるが、賢鷹は愉悦とばかりに笑い続けている。
いい性格をしていて嫌いじゃない。というか賢鷹がアーミアを右腕にしてるの、面白いから説が濃厚になってきたな。
「なるほど。賢鷹の右腕ともなれば間違いなく高い爵位で、今後も有望な者のはず。その者と婚約させるということは、私にかなりの期待をしていると分かります」
「そうでしょう? アーミアはこれでも公爵家の娘ですし、可愛いですよ。こんな娘を手籠めに出来るとなればいい話でしょう?」
「イ、イリア様ぁ!? アーミアはなにも聞いてないですよ!?」
アーミアは声を震わせて明らかに動揺していて、イリアはなお楽しそうに口角を上げた。
「アーミア、貴女は私のためならなんでもすると以前に言いましたよね?」
「言いましたですけど!? アーミアがこの男に穢されてもいいんですか!?」
「貴女は私の右腕です。いくら穢れても右腕は使い続けます。切っても切り離せないものですから」
「い、イリア様ぁ……! このアーミアをそこまで想ってくれてるですか……!」
感動的な話に聞こえなくもないが、そもそも右腕なら大事に使うべきだろう。
さて冗談はこれくらいにしてと。
「それでホークエール様。実際のところ、私が貴女の味方をするとなにか頂けるのですか?」
「元の世界に戻った暁には、公爵にするのもやぶさかではありません。神前盟約にて約束しましょう」
「イリア様!? 公爵は一番偉い爵位ですよ!?」
アーミアが必死に叫ぶが賢鷹はどこ吹く風だ。
なにせ公爵より上は王族くらいしかいないからな。それほどの爵位をくれるというならば、間違いなく俺を評価している。
竜皇や麗人でも流石に公爵をくれはしないだろう。だから俺の返答は決まっている。
「遠慮しておきます。貴女もこの返答がお望みでしょう」
「そうですね」
「なんで受けないですか!?」
特に騒ぐでもなく涼しい顔をする賢鷹。そしてまたもなにも聞かされてなさそうなアーミア。
当然だがさっきの誘いは罠だ。まず公爵なんてそうそう与えるものではない。
俺が彼女の陣営に入っただけでそんなのもらえたら、ホークエール陣営の他貴族がキレて瓦解するだろう。
次に神前盟約の約束は無意味だ。なにせ学校の生徒にしか意味がないし、元の世界に戻ったら卒業なので効力は切れるからな。
「ですが貴方を評価しているのは本当です。いきなり公爵は無理ですが、手柄を立てて行けば本当に渡すことも考えていますよ。無論神前盟約を結んだ上で、在学中にです」
「すごく評価して頂きましてなによりです。ですが即答はできません」
「当然でしょうね。ですがお忘れなく、貴方を最初に目を付けたのはこの私だったのを」
賢鷹は目を輝かせながら不敵に笑った。なんとも迫力があって怖い。
さて向こうの話は終わりのようだし、俺の方も聞いておかないとな。
「ひとつだけお聞きしたいことがありますが、よろしいでしょうか?」
「なにが聞きたいですか! 早く言うです!」
……さっきからアーミアの声がうるさいな。普段に増して声が大きい気がする。
「貴方は何故、クラスでトップを目指すのですか? 叶えたいナニカがあるなら教えてください」
「イリア様がトップを目指す理由? そんなのかんた……アーミアも聞いたことないです!?」
何故か会話に挟まって来るアーミアが、微妙にうっとうしくなってきた。いやさんざん遊んでおいてなんなのだが。
すると賢鷹はとくに迷うことなく口を開いた。
「世界平和です。神様が叶える願いならば、世界から争いを無くすこともできるでしょう? 血を流さない世界を作るべきです」
「……素晴らしい願いですね」
確かに世界平和というのは、神に祈るにふさわしい願いなのだろう。
だが淡々と告げてくる賢鷹からは、とても世界平和などとたいそうな願いを持っている様子には見えなかった。
これは間違いなく嘘をつかれているが……ここで問いただしたところで、本当のことを言ってくれる雰囲気はなさそうだ。
「お答えいただきありがとうございます。お礼にこちらを差し上げます。」
俺は箱庭を出現させて、カップアイスを二つ取り出した。
賢鷹はおにぎりを食べたことがありそうなので、ここは初見の可能性が高いアイスだけでいいだろう。
すると賢鷹は僅かに困ったような顔を見せたが、すぐにごまかす様に笑うと。
「おや。それはなんでしょうか?」
「バニラアイスと申します」
「バニラアイスってなんです! 教えやがれです!」
アーミアは気のせいかバニラアイスを強調して叫ぶ。
「牛の乳に砂糖を入れて凍らせたものです」
「牛の乳を凍らせて、砂糖を入れる……美味しいかはわかりませんがもらってやるです!」
「ありがとうございます」
「いえいえ。ところで十万魔素の情報は買いました?」
「はい。ですがご存じの通り、お教えすることは無理です」
そうして俺はアーミアにバニラアイスを二つ渡して、この場から退散するのだった。
しかし最後の困った顔はなんだったんだ? バニラアイスが苦手……なのはあの時点では分からないだろうし。
というかアーミアの声がうるさくて耳が少しキンキンする……。
あいつ右腕じゃなくてペット扱いだろ。しかし賢鷹もキレないもんだな、真横であれだけ叫ばれたらキツイだろうに。
……あれか。よく吠える愛犬は可愛いというやつか。
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