第39話 神の雪
「すぅ……すぅ……」
朝、目覚めると俺の部屋の床に元姫様が寝ていた。
まあ泊めたから寝ていて当然ではあるのだが、なんかすっごい違和感が凄い。冷静に考えて姫様と同じ部屋で一夜を共にするのおかしいな?
いや特になにがあったわけでもないし、俺は彼女に触ってすらいない。
言うまでもなく俺は紳士ではないが、ここで弱みにつけこむと悪い噂が立つので襲ったりはしていない。
……蜘蛛忍者とベールアインがうるさいのもあったけどな。あいつらの目はヤバかった、たぶんイールミィに触ったら殺される……。
蜘蛛忍者は自分が護衛してるのに俺が楽しむのは嫌らしい。ベールアインは善人だからこういうの許せないっぽいな。
ちなみにイールミィが床で寝ているのは、俺が部屋に戻ってきた時点で爆睡してたからだ。たぶん相当疲れていたのだろうな。
そうでなければ姫様が床で寝れるとは思えないし。
「どうするかな。この姫様、何日くらい泊めればいいんだ……?」
『いっそ囲ってしまってはいかがですか? なにかの役に立つかもしれません』
クソイワがフワフワと浮いて声を出してくる。
「なんの役に立つんだよ」
『イールミィ王国復興の神輿にして、臣下を集めるというのは』
「絶対集まらないだろ……あの姫は見捨てられたから床で寝てるんだぞ……」
結局のところ、この元姫様を囲う理由はない。
俺が善意というか以前にパンをもらったのと、多少の罪悪感で面倒を見ているだけだ。だが俺の善意は上っ面なのですぐに尽きるからな。
「……はぁ。まあいいや、バザーに行くぞ。今日は新商品のお披露目だ」
『姫様はどうするので?』
「とりあえず放置だ」
『自室漁られますよ。お腹すきましたわーとかで』
「姫の行動じゃないな……やりそうだけど。まあ別にいいさ、見られて困るものはないし」
そうして姫様を置き去りにして俺は中庭へと出向く。すでにいくつかの露店が開かれていて、二十人近くの生徒が店を見回っている。
クラス百人に対して相変わらずバザー参加率が多すぎるのだが、これについての理由はすでに分かっている。
実はこの学園には俺の所属している以外にも別クラスがある。
だが俺たちの世界の土地は、全て俺たちのクラスの箱庭が占めている。なら普通に考えれば別クラスというのはあり得ないだろう。
では別クラスの箱庭はどうなっているかというと、おそらく異世界の土地を使っている。つまり異世界の貴族たちによる別クラスがあるということだ。
……ハルカ先生が以前からクラスと連呼していたが、あれはヒントのつもりだったのだろう。最初から言えよという話だが。
「いらっしゃいー! 毎度おなじみエンド領でございますー!」
いつも通りに設置された長机と椅子をひとつ拝借して、さっそく店を開くことを宣言する。
すると俺の顔を見た生徒たちが続々と集まってきた。
「おお、待ってたぞ。海苔おにぎりひとつくれ」
「俺は塩むすびひとつだ」
「こんぶおにぎりを一個頼む」
こいつらは俺のお得意様にして別クラスの生徒たちだ。つまり異世界の人間ということになる。
ちなみにクラスは俺たちの合わせて四つあるようだ。
「お買い上げありがとうございます! そっちのクラスはどんな感じですか?」
コッソリとおにぎりを二つ渡すと、金づるたちは機嫌よさそうに笑う。
ちなみに言うまでもないがこれは賄賂だ。賄賂がダメなんてルールはないからな!
「うちのクラスはもう勝負決まったなー。元から最大勢力だった奴が、世界の半分以上支配してたから」
「うちもだなー。元から勝負決まってたよ」
「逆に楽だけどな。潰し合いとかも起きないし」
他のクラスの奴らは気楽そうに話してくる。
どうやらクラス内で戦いあってるのは俺たちだけで、他のところはかなり平和そうだな。正直そのほうが気楽だったかもなぁ……。
だが愚痴を言っても無意味だな。うちのクラスは四大勢力とか言われるくらいにはトップ層の力が拮抗していた。そして今もひとつ潰れて三大勢力だ。
力の拮抗した勢力同士がいれば、平和にはならないだろうからな。
まあそんなこと考えても仕方ないので、魔素を稼ぎまくらなければならない。
「皆様、実は今日は新商品があります。アイスという冷たくて甘い菓子なのですがいかがですか?」
そう言いながら箱庭からカップのバニラアイスを取り出し、フタを開けて中身を見せびらかした。
以前にアイスという氷菓子が売れそうとベールアインから聞いていたので、箱庭にサトウキビ畑と牛牧場を建設しておいたのだ。
アルベン野郎の箱庭を奪ったことで土地に余裕も出来たので、他にも色々と建てたり植えたり召喚したりしたい。
そのひとつ目がアイスというわけだ。ベールアインが過剰に絶賛するが、本当に売れるか半信半疑だった。だが試しに食べてみて確信した。こんなの売れないわけがない、と。
俺の世界では冷たいモノがまず貴重な上に、甘いモノは貴族でも安い買い物ではない。例えば砂糖はそうそう手に入るものではないのだ。
なのに冷たくて甘くて美味しいとか反則じゃね?
俺も先日食べてみたのだがあまりにも美味すぎた。このアイスに舌が慣れてしまったら、そこらの菓子がクソマズくなってしまう。なので迂闊には食べないと誓ったくらいだ。
これ暑い時に食べたら幸せで死ぬんじゃなかろうか。
日本に住んでる奴ら、こんなご馳走を頻繁に食べてるとかマジか? どれだけ豊かな国なんだよ……とか思ったくらいだ。
「つ、冷たくて甘い菓子だと!?」
「そ、そんなの王侯貴族でもそうそう食えない代物だぞ!?」
「氷室に砂糖に……どれだけ金かかると思ってるんだよ!?」
他の生徒たちも大騒ぎだ。それほど甘い氷菓子はおかしな存在だからな。
アイスは貴族ですら高値の代物。だからこそ高く売れるのだ……!
おにぎりはあくまでパンに近いモノなので、やはり値を上げるにも限度がある。だがアイスは高級な嗜好品だ、つまり青天井に値段を吊り上げられる!
「そんなアイスクリームが今ならたったの300魔素! ここでしか食べられない超貴重な菓子だ!」
ちなみにおにぎりの値段は50魔素。なのでアイスはおにぎりの六倍ということになる。
「ぐっ……! 高すぎる……!」
「食べ物の値段じゃねぇよ!?」
生徒たちは値段にビビッてアイスを購入してくれない。だがこれは計算内だ。
俺は木のスプーンを手に取ってアイスをすくって、そして口へと入れる。アイスは口の中でアッと言う間に溶けて、心地よい甘さが広がっていく……!
本来なら美味しいモノを食べた演技をするのだが、それが不要なくらい笑顔になってしまう。
「な、なんて幸せそうな顔だ……そんなに美味いのか」
「……っ! よ、寄こせ! 買ってやるから!」
「ありがとうございます! どうぞ!」
とうとうひとりが陥落したので、俺は箱庭から新しいアイスを取り出して渡す。
アイスを受け取った男はゴクリと喉を鳴らした後に、木のスプーンでアイスをすくって食べると黙り込んでしまった。
「お、おいどうした!? 美味いのか!?」
アイスを食べた奴は、他の生徒に迫られて小さく口を開いた。
「……これは神の雪だ」
「か、神の雪?」
「俺はこんなに美味なモノを食べたことがない。純白にして口に含むと同時に溶け、さらに濃厚な甘さ……神の雪だ!」
神の雪、言いえて妙だな。
アイスは日本でなら平民でも食べられるそうだが、俺たちは神前学園でしか得られないものだ。そしてバニラアイスは真っ白なのでいい表現かも。
「お、俺にもくれ! そこまで言われたら食べてやる!」
「俺も!」
「毎度ありがとうございます!!!!」
神の雪という言葉に惹かれたか、他の奴らも買い始めていく。
響きもいいしこれからは神の雪という名前で売るとするか。
……ところでバニラアイスだから神の雪なら、チョコアイスだとなにになるんだ? 神の……考えるのはよそう。
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