第36話 優越感
何故か俺の部屋に、『元』姫様を泊めることになってしまった。
婚約もしていない相手と同じ部屋で寝ることへの問題はある。だがなるべく避けようとしたが結果こうなったので、俺は悪くないと思うんだ。
それにこれは人助けでもある。流石にうら若き少女を野外で寝泊まりさせるのは危ういし。アルベン野郎? 知らんな。
なのでそういうあれこれを取っ払った感想としては。
「あ、あの。ご面倒おかけしますが、よろしくお願いいたしますわ……」
少し前までは天上の身分だった姫様が、俺に申し訳なさそうに頭を下げてくる。
以前なら普通に話すことすら難しいほど身分の差があったのに、今ではそれがこうだぞ。
ケケケ……はっきり言って最高に気持ちがいい! なんか自分が成り上がった気がするなぁ!
『悪い顔してますよクソガキ』
クソイワがフワフワと目の前に浮いてきた。おっといけない、あまりの愉悦さに少し漏れていたようだ。
……実際は俺が成り上がったのではなく、目の前の少女が急転直下で地面に撃沈だけだが。
それと元姫様、服がところどころ破れてるのだが、胸部分も少し裂けていて谷間がチラリと見えてるのがいいぞ。
俺は宿と飯は与えると言った。だが服まで直す筋合いはないしこのまま黙っておこう。などと考えていると煙と共に蜘蛛忍者が現れた。
蜘蛛忍者は針や糸玉を持っていて、なんか嫌な予感がした。
「御館様。善人のお館様は衣服の修繕に悩まれている様子。拙者にお任せを」
「え、いや特に……」
「忍法、蜘蛛の巣!!」
蜘蛛忍者は分身したかのように速く動き、瞬時にイールミィの制服を新品同様にしてしまった。お、おのれ……っ!
「では失礼を」
そう言い残して蜘蛛忍者は煙を出して消えてしまった。
……あいつ、やっぱり俺のこと嫌いだろ!? ここまで邪魔してくるか!?
「ふ、服が綺麗になりましたわ!? ありがとうございますですわ!」
制服が綺麗になったイールミィは、すごく嬉しそうに礼を言ってくる。
「いや気にすることはありません。当たり前のことをしたまでですから」
上っ面は善人を装う。だが内心は違う。
チッ、さっきのボロボロ姿の方がよかったのに……まあいい。よく考えたらワガママ姫相手に欲情するなど、負けた感じがして腹が立つしな。
なにに負けた気がするかはよくわからないが。
「あー、ちょっと私は外に出てきますので。下手に部屋を出ないでくださいね」
「わかりましたわ!」
元姫様からの返事も得たので、俺は部屋の外に出ることにした。
そうして廊下を歩きながら小さくため息をついてしまう。
……弱ったな、あの姫様は学生じゃないから神前盟約が使えないんだよな。おかげで善人を装って話す必要が出てしまう、面倒くさい。
『ため息ですか。やはり面倒ごとを抱え込んでしまったと? なら泊めずに追い出してしまう手もありますが』
「ちょっと待て、それはそれで惜しいんだ。あの姫様が俺に媚びへつらうのは正直最高だからな」
『クソガキここに極まれりですね』
「うるさいぞクソイワ」
やはり元姫様を下に置ける優越感は素晴らしい。そう考えればイールミィを部屋に居候させてもいいかもしれない。
イールミィからしても野宿よりはマシだろう。仮になにか間違ったとして俺が襲われる心配もないしな。流石に姫様風情に腕力で負ける気はしないし。
そんなことを考えながら売店に到着して、店番をしているエンジェリアに話しかける。
「エンジェリア。今日はなにか面白い品はあるか?」
俺はほぼ毎日、売店に顔を出して商品を見ている。
何故かというと売り出されている品物次第で、他の生徒の動きが把握できる可能性があるからだ。
何故把握できるのかというと、この売店の売り物の一部は生徒から買い取ったものだからだ。
戦争の前は入用なので物資が動く。それはこの学園においても、魔素を補充して強い魔物を召喚できるから同じだろう。
例えば特定の土地でしか取れないモノが多く売り出されてたら、その土地の箱庭を持つ生徒がなにかしらの動く可能性が高い。なのでなるべく確認しているわけだ。
後は純粋にいいモノが売ってる可能性もあるしな。前は毒が多く揃ってる時もあったな。
するとエンジェリアはすごく愉快そうに笑った。
「ふふふ! 超特別な品物がありますよ! 知ったら得する、超お買い得情報が!」
「へぇ、どんな情報だ?」
「それは……って言うわけないでしょう! 売り物ですよ!」
チッ、流石に漏らしてくれないか。
「しかし情報を売るって、本当にこの売店はなんでもアリだな」
「だから売店って雑な名前してるんですよ。これが雑貨屋なら雑貨以外を売ったら嘘になりますし」
なるほどと納得しかけるが、別に雑貨以外を売ってる雑貨屋結構あると思う。
「まあいいか。その情報はいくらなんだ?」
「十万魔素です!」
「絶対詐欺だろそれ」
二万魔素あればAランクの魔物も召喚できるのだ。その五倍とかいくらなんでもおかしいだろ。
だがエンジェリアは不敵な笑みを浮かべると。
「ご安心ください! この情報は学園の公式商品です! つまり絶対に十万魔素の価値があります!」
「石板、どうなんだ?」
『はい、エンジェリアの言うことは間違っていません。毎年、決められた時期に売られる商品です』
クソイワも言ってるならそうなのだろう。
それだけの価値がある情報か……でも流石に十万魔素は高すぎるな。俺の箱庭は広さのわりに豊かではあるが、だからこそ周囲から狙われかねない。
まずは情報よりも国力強化に使いたいところだ。
「ふーむ、わかった。ありがとう。買わないけど」
「そんな!? 毎年のこの情報の売れ行き次第で、私のお給料変わるんですよ!? 買ってくださいよ!?」
悲鳴をあげるエンジェリアを放置して、売店から去ることにした。
ちなみに情報以外には目新しい商品はなさそうなので、他の生徒が大規模に動いてる感じはなさそうだ。三大勢力も大規模な戦争直後だからな、流石にすぐにはやらないか。
もちろん売店を使わずに立ち回る可能性もあるから断言はできないが。
しかし十万魔素の価値のある情報とはいったい……? Aランクドラゴン五頭分くらいなのに。
「おい石板。お前、情報のこと知ってるんだろ? コッソリ教えてくれよ」
『無理です、そういうルールですので。それより部屋に戻ってはいかがですか? イールミィ姫とどちらがベッドを使うかなど決めないと』
「追加注文とか無理なのか?」
『ショップで売ってますよ』
……俺がベッド使うって言ったら流石にクズかね?
イールミィを数日泊めて野に帰した後、悪口言われたら困るし譲るしかないか……。
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