第35話 哀れな……


 イールミィ姫(元)は通学途中の生徒たちに、必死に泣き叫び続けている。


 よく見ればその姿は悲惨だ。髪は汚れ切っていて、服に至ってはところどころ破れている。どこからどう見ても高貴な身分だった者とは思えない。

 

 ちなみに彼女は箱庭を失って生徒ではなくなったので、部屋も没収されてるし校舎内にも入れない。なので夜は野宿とかしてるんじゃなかろうか。


「お願いしますわ! どなたかお情けを……!」

「寄らないでよ! 負け犬姫! 汚いわね!」


 そんなイールミィは女生徒に詰め寄るが、すぐに手で追い払われてしまった。


 腹が減ってフラフラなのか、イールミィは地面へと倒れこんでしまう。


「無様なものね。あれだけ威張っておいてこれだもの」

「身の程を知れよな。いつまで姫様気分だよ馬鹿が」


 それを見て周囲の生徒たちは、嘲笑しながら過ぎ去っていく。


「うぅ……こんなの……あんまりですわ……」


 そして立ち上がれずに泣き続けるイールミィ。


『なんとも哀れですね。敗戦国の王族とは』


 石板が俺の目の前に浮いてきてそんな文字を刻んだ。


 敗者は酷い扱いを受けるのが世の常ではあるが……チッ、朝から胸糞悪いモノ見せられたな。


 俺もイールミィ王国では最下層の貴族だったので、散々笑い者にされ続けた。なのでこの不快さは身に染みている。


 思わず彼女の元へと歩き始めた。


『おや面倒ごとに首を突っ込むのですか?』

「……流石に思うところはあるからな」


 本来ならこういう揉め事は傍観するに限るのだが、イールミィの辛さが分かってしまう。


 それと俺はイールミィ王国滅亡の間接的な原因だし……無視するのは流石にマズイよなぁ。性格が腐りきってしまう。


 仕方がないのでイールミィの元へと歩くと。


「大丈夫ですか?」


 などと声をかける。するとイールミィは俺の方を見て、僅かに顔をしかめた。


「貴方は……! うう……なんでもありませんわ!」


 イールミィは元臣下の俺に恥ずかしい姿を見せたくないのか、勢いよく立ち上がった。だがそれと同時に彼女のお腹が小さく鳴る。


 箱庭を失った者はこの学園で食べる手段がないに等しい。そして彼女が箱庭を失って三日目なので、そうとう腹が減っていることだろう。


 この学園はどれだけ絶食しても死なない。だが飢えの苦しみはしっかりと味あわせてくれるのだ。


 なにせ日本の箱庭を得るために、四日間食べなかった俺だから分かる。あれは本当に辛すぎるんだよ。ここは神前学園と言うが地獄の間違いだろ。


 そんなわけでイールミィがあまりにも哀れに見てしまう。そして俺がアルベン野郎を倒したのが、目の前の少女がこうなってる原因のひとつでもある。


 ……流石にこれを知らんぷりしたら、上っ面善人ではないよなぁ。


「あの、よかったら食料を差し上げましょうか? 以前にパンも頂きましたのでそのお礼で」


 俺が箱庭を呼び出しておにぎりを取り出す。するとイールミィはおにぎりをまじまじと凝視している。


 だが彼女は震えながらも必死に顔を逸らすと、


「い、いらな」


 イールミィが叫ぼうとした瞬間、さらに彼女のお腹が鳴り始めた。どうやら身体は正直なようだ。


「うう……やっぱり欲しいですわっ!? くださいですわ! お願いですわ!」

「どうぞどうぞ」


 俺がおにぎりを差し出すと、イールミィはひったくるように取って食べ始めた。


「美味しいですわ……ありがとうございます……。こんなにお腹が空くのが辛いだなんて、ひっく……」


 イールミィはおにぎりを食べきると、泣きながら俺にお礼を言ってくる。


 姫様ともなれば食事に困ったことなどなかっただろう。そんな状況から一転してロクに食べられなくなるとは辛いだろうな。


 そんな状況でもしっかりとお礼は言ってくるのだ。以前にワガママ姫とは言ったものの、性格は悪くなさそうなんだよな。俺と違って。


「いえいえ。以前にパンも頂きましたし」

「ひっく……三日間、ずっと寒空の下で……あ、あの……お願いですわ! どうか私に寝床をくださいまし!」


 などとさらに面倒なことを言ってくる姫様。


 本音を言うとこれで借りはチャラってことで、さっさとここから立ち去りたい。


 ただなぁ、他の奴らが俺をジロジロ見てくるんだよな。現状だと俺は主君を裏切った冷徹な男と思われかねない。しかもこの姫様目立つしなぁ……。


 姫があまりに酷い状況だと、俺の話題になりそうで不本意だ。そうなるとこの場で上っ面善人がとるべき行動は……。


「あの。よろしければ俺の部屋に来ますか? 少しは落ち着いて休めるでしょうし、その服を直すことも可能かと。一晩くらいなら泊ってもいいですよ」

「本当ですの!?」

「もちろん」


 ……もちろん本当じゃないです。


 いや断ってくれ。男の部屋になんか泊まれませんわ! とか言えよ。こちらは断ると踏んで誘ったのに。


 だが言ってしまったから仕方ない。責任を取って……ベールアインに押し付けて、一日だけ彼女の部屋にイールミィを泊まらせよう。


 あいつは善人だ。可哀そう通り越して悲惨なイールミィを見過ごせないだろうし。


 そういうわけで元姫様を俺の部屋に案内して、ついでにベールアインも呼んだ。


「し、室内ですわ! 今日は風に晒されずに寝れますのね……! 周囲の視線も気にしないで済みますのね!?」


 泣きながら喜ぶ元姫様。なんか罪悪感湧いてきたので、一日と言わずに数日ほどベールアインに預かってもらおう。


 だがベールアインに借りを作りたくないので、ここは彼女からイールミィを預かると言わせたい。そのために一芝居打つか。


「ベールアイン。俺の部屋にイールミィを数日泊めることになった」


 などと告げるとベールアインは目を大きく開いた。


「そ、それはダメと思いますよ!? 付き合ってもない二人が同じ部屋で一晩過ごすなんて!」


 彼女の予想通りの反応に内心笑っていると、何故か部屋に煙が発生して蜘蛛忍者が現れた。なんで?


「そ、そうでござる! お館様とどこぞの女が同衾など! そんなことされたら……拙者は一晩中護衛しなければならぬではないか!」


 なるほど。何でこいつが反対するのかと思ったが納得だ。俺とイールミィが同じ部屋で寝ると、護衛役のこいつの仕事が増えるからか。


 まあ蜘蛛忍者のことは別にいいか。いつものことだ。


「流石に放置も出来ないだろ。ただ俺としても男女が同じ部屋で寝るのは問題とは思ってる。誰か引き取ってくれる人がいれば助かるんだが」


 俺はチラチラとベールアインに視線を向ける。


 これで後はこいつがイールミィを引き取れば終わりだ。少しだけベールアインに手間をかけさせるが、数日間部屋が騒がしくなるくらいだろう。


 お詫びにおにぎりとかあげるから許してくれ。


 そしてベールアインは快く返事を……してこない。何故か黙りこんだ後に困ったように笑うと。


「あ、あはは……そ、それだと仕方ないですね……。ロンテッドさん、イールミィさんを襲ったらダメですよ?」


 …………何故かベールアインはイールミィを引き取らず、俺の部屋に寝させることになってしまった。なんでだよ。


『普段の行いでしょう、エロガキ』

「失礼なこと言うなクソイワ」



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