第34話 勝ち馬の目を抜く場所


 イールミィ姫が土地を失った翌日、俺は自室にベールアインを招いて話し合っていた。


 ……正直、ベールアインを誘うのは少し迷った。先日の一件があって二人きりになるのは少し気まずいところがあるからだ。


 だがそのリスクよりも、彼女から得られる日本知識のメリットが大きいと判断した。


「あの、どうかしましたか?」


 ベールアインは小さく首をかしげる。


 はっきり言うがこいつの見た目はかなりいい。本人に自覚はないのだろうが、クラスの男子人気トップ3に入っているらしい。残りの二人は賢鷹の目と麗人である。


 …………というかマジであの鳥肌はなんなんだ? 戦場で矢に狙われていた時くらいの恐怖を感じたのだが、まさかベールアインが俺に殺意など抱くとは思えない。


 それならとっくの昔に殺されてるか、最低でも彼女から被害を受けているはずだ。でもこいつは俺に対立するような動きを見せないし。


「なんでもない。ところでイールミィが滅んだから、今後の状況が全く読めなくなった。お前はどう思う?」

「私も分かりません。正直、イールミィさんが一番勝つ可能性が高かったはずですし……」


 ベールアインは正しい、いや正しかった。


 イールミィ王国は世界最大の国家であり、国力も間違いなく一番大きかったのだ。つまり勝ち馬筆頭候補だったのに、まさか最初に脱落するとは思わなかった。


「そもそも今って、どこの勢力が一番大きいんでしょうか? 三大勢力が同盟を組んでイールミィさんに攻めたんですよね。土地を奪ったとしてどう分配されたんでしょうか」

「それについてはすでに調べさせている。蜘蛛忍者!」


 俺が叫んだ瞬間、煙と共に蜘蛛忍者がドロンと現れた。


 蜘蛛忍者はベールアインを睨んだ後に、俺を見て嫌そうな顔をする。


「……なんでござるか。拙者は暇じゃないのでござる」

「今の三大勢力についての情報を教えてくれ」

「チッ、面倒な」


 蜘蛛忍者は大きくため息をついてから、


「現在の三大勢力の国力は、見た目の上ではほぼ互角でござる。イールミィ陣営から奪った土地は三等分に分け合った故」

「見た目の上というのは?」

「三陣営はそれぞれ、望んだ土地の種類が違ったでござる。竜皇は山脈を、麗人は平野を、賢鷹は川の多い土地を得た」

「竜皇は自陣営の主力だろうドラゴンの更なる強化を。他二人はなにが目的か分からないが、それぞれ追加された戦力に違いがあるってことか」

 

 蜘蛛忍者は小さくうなずいた。


 確かに土地を三分割したと言っても、どの勢力が一番利益を得たかは分からないな。


 土地が違えば育てられる魔物の種類も違う。現実の戦争でも騎馬、弓、歩兵、魔法使いなど全然違うからな。


 うまく自陣営の足りないところを補う、あるいは長所を更に強化する……どちらかが出来ているか、失敗したかで大きく変わるだろう。


「じゃあ次だ。元イールミィ陣営でホークエール達に買収された奴もいたよな。そいつらは三大勢力の誰かについたのか?」

「その者たちの大半は好きな陣営につくことを許可されてござる。特に圧力などもないかと」

「なるほどな、そういうことか」

「えっ。どういうことですか?」


 ベールアインがきょとんとした顔で問いただしてくる。


 なんか少し顔が近くて意識してしまう。


「チッ、拙者に働かせておいていいご身分でござるなぁ」


 そして蜘蛛忍者がさらに不機嫌になってしまった。こいつさ、俺がなにしてもイラついてる……どれだけ嫌われてるんだよ。


「もしイールミィ陣営の奴らに価値があるなら、三人とも取り込もうとするだろ? つまりは役立たずとして見ているんだよ。俺も同じ立場ならそうする」

「そうなんですか? でも戦力になるんじゃないですか?」

「ならないな。一度裏切った奴は、よほどの理由がない限りはまたやるだろうさ。そんな奴らはいてもいなくても大して変わらない。よほど有能だったり、情勢を見極めての寝返りなら話は別だけど」


 俺が四大勢力についてないのもこれが理由だ。


 すぐ裏切る奴は信用を無くすので重用されなくなるからな。すごく優秀な人材だったり、待遇が悪いなどのある程度納得できる裏切りなら少し話は変わるが。


「あー、そういう人ってどこにでもいそうですね」

「そうだろ? 裏切り者の扱いなんざ、大抵はそんなものだろう。だから俺は最初から勝ち馬に乗りたいんだよ。だから必死に予測してるんだ。だけど……」

「だけど?」

「……勝ち馬の可能性が一番高かったイールミィが、最初に脱落してしまったんだよなぁ。マジで全く予想がつかない」


 正直言うと竜皇、麗人、賢鷹はどれもヤバイ。


 今回の件でも分かったがこの学園は凄まじく厳しい。油断したら生き馬ならぬ勝ち馬の目を抜くような場所だ。


 だからこそ今後の情勢をしっかりと見極めないとな……。


「蜘蛛忍者、ありがとう。今後も情報収集を頼むぞ」

「拙者には働かせておいて、女子と二人で密会とはいいご身分でござるなぁ! 拙者は褒美のひとつももらえていないのに! まあ特に欲しくも」

「褒美なんだがおにぎりでいいか?」


 俺は箱庭を呼び出して、手を突っ込んでおにぎりを取り出す。そして蜘蛛忍者に向けて差し出した。


 こいつの好みがよくわからないのだが、忍者なら日本の食べ物は喜ぶのではないかという予想だ。すると蜘蛛忍者はわなわなと震え出して、


「ふん! この程度の褒美などで満足するわけがなかろう! そもそも嬉しくもないでござる! 女心が微塵も分からぬ御屋形様め!」


 蜘蛛忍者は俺からおにぎりを奪い取ると、煙と共に消えてしまった。


「……本当になんでここまで嫌われてるんだよ。俺、なにかした?」

『嫌よ嫌よも好きの内と言ってますでしょう』


 沈黙していたクソイワがフワフワと浮いて声を発した。またこいつはてきとうなこと言いやがって……。


 そんなこんなで今日の話し合いも終わり、翌日になって教室に向かう途中だった。


 俺は中庭で信じられない者を見たのだ。それは……。


「うう、誰かワタクシにお恵みを! 食べ物を分けてくださいまし! もう三日も何も食べてないのですわ……! ひっく……!」


 二週間前まで大国のワガママ姫だった少女が、ボロボロの姿で生徒たちに物乞いする姿だった……。

 


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ようやく神前学園らしい雰囲気になってきましたね(?)


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