第30話 勝利


 気が付くと俺は教室に戻っていた。


「わ、私の領地が……領地があああああ!?」


 目の前には泣きわめくアルベン野郎。今や土地を失って子爵ではなくなったので、本当の意味でただのアルベンになってしまわれた。


 だが同情はしない。なにせ最初にあいつがベールアインを攻めて来たんだからな。仕掛けておいて自分が負けたら泣くなんて、それなら最初からするなと言う話だ。


「な、なんだあの魔物たちは……」

「雪女にゴーレムタンク? 見たことも聞いたこともないぞ?」

「それにあの小さな箱庭で、ドラゴンを倒すほどの戦力を用意できたのか? それならあの土地、すごく貴重なんじゃ……欲しいな」


 他の生徒たちは俺を見ながら、怪訝な顔で相談し始めていた。


 これで日本の価値の何割かはバレてしまったな。まだ恐竜などを使ってないとは言えども、魅力的な土地なのは知られてしまった。


 クラスの中には狼のような目で俺を見てくる奴もいる。


 ここで集中的に狙われたらしんどいので、ここは一計とらせてもらうか。


「いやあ。アルベン子爵が油断しきってくださったおかげで、戦力を全く減らさずに勝つことができました」


 俺はホッと胸をなでおろすフリをすると。


「そ、そうか。アルベンは一体も魔物を倒せずに、エンド男爵に破れたことになるのか」

「アルベン子爵め、なんて使えない奴なんだ。あの雪女にゴーレムタンクの組み合わせは厄介だし、迂闊に攻められないな」

「違うだろ。もうあいつは子爵じゃないだろ」


 ククク。そう、俺はまったく戦力を摩耗せずに勝つように心がけていた。


 これなら他の奴にハイエナされる恐れもない。悪いが俺は死肉じゃないんでな。


 などと考えていると、ハルカ先生が教壇の上に立った。


「はーいそれまでです! エンド君、いい戦いでしたね! 今後も頑張ってくださいね! あ、それと敗者のアルベンはさっさとここから出て行きなさい。土地を持たない者は生徒ではありませんので」


 ハルカ先生はゴミを見るような目でアルベンを睨む。


 なんという豹変具合だろうか。この学園がどれだけ箱庭主義かがよくわかる。


「ま、待ってください先生!? わ、私は!? 私はどうなるんですか!? 本当に元の世界に戻ったら土地がないんですか!?」


 アルベン野郎が涙ながらに訴えると、ハルカ先生は不機嫌そうな顔を隠そうともしない。


「何度も授業で教えたでしょう? 箱庭は貴方の元の世界の土地ですから、失ったら無くなりますよ。ちなみにこれから卒業までのほぼ三年間、箱庭なしで学園内を生きてくださいね。ただし寮からは追い出しますが」

「そ、そんな!? じゃあどうやって暮らしていけば……!?」

「この学園は神域です。食べなくても死にませんよ。地獄の苦しみがあるだけで。終わりがあるだけ地獄よりマシですよ」

「そ、んな……」


 真っ青な顔になるアルベン。


 本当にこの学園は地獄だ。負けなくてよかったと心から思う……。


「あ、でも他の人に面倒を見てもらうのはアリですね。食事をもらったり部屋をシェアしてもらったり、あるいは箱庭の一部を譲渡してもらうとか」

「……っ!?」


 アルベンはバッと顔をあげるとすぐに周囲を見回した。


「た、頼む! 私を誰かの部屋に入れてくれ! それと箱庭を! 土地をくれ!」


 必死に叫ぶアルベン。だが生徒たちは全員が顔を逸らす。


 当然だろう。あんなクズと同じ部屋なんて嫌だし、箱庭を分け与えるなんてもってのほかだ。なにせ箱庭は自分の領地なのだから、そんなことをする奴は貴族失格だろう。


「い、イールミィ様! どうか!」

「さ、流石にそれはちょっと……」

「そ、そんな……」


 頼みの綱だろうイールミィ姫にも断られて、アルベンはガックリと肩を落とす。


 そうしてアルベンはハルカ先生に教室を追い出されて、解散の流れになった。俺はベールアインに誘われて、彼女の部屋へと招待されている。


 どうやら男女で部屋の差異はないらしく、俺とほぼ同じような間取りと家具だ。


 俺とベールアインは椅子に座って、机を挟んで対面すると、


「あ、あの……本当にありがとうございました。私のせいで日本のことがバレてしまって……」


 ベールアインは頭を下げて謝って来る。表情こそ見えないが声は震えていた。


「いいよ。どちらにしても近いうちにアルベンは倒したかったし。それに結果的に被害なく土地を増やせた」


 箱庭の戦いに勝ったので、アルベン子爵の箱庭を得ることが出来た。


 ちなみに相手の箱庭を奪った場合、二つの選択肢がある。一つは相手の箱庭をそのままもらい受ける。もう一つは今ある自分の箱庭を、奪った箱庭の分だけ広げられる。


 ちなみに今回は後者を選ぶ予定だ。アルベンの箱庭は大した土地ではないし、日本を大きくする方が遥かに得だからな。


「でも……なにかお礼をしないと」

「特に欲しいモノはないな。そういうわけでいらん」


 別にお礼が欲しくない、と言うほど俺は殊勝な人間じゃない。


 ここでベールアインから些末な報酬をもらうよりも、恩を売りつけておいた方が得だと考えているだけ。いずれ何かの役に立つかもしれないからな。


 そんなことを考えていると、ベールアインが急に抱き着いてきた!?


「……っ!?」

「すみません、ロンテッドさん……! で、でもあの、私、貴方のことが……!」


 可愛い女の子に抱き着かれるという状況は、男ならば喜ぶべきことだ。


 そしてベールアインの見た目は間違いなくよい。おそらくあの教室でもトップクラスだろう。


 なのに俺の全身は鳥肌を発して、身体が震えて恐怖に怯えている。まるで戦場で絶体絶命の危機に瀕しているかのように……!?


 俺は咄嗟にベールアインを突き放すと、急いで椅子から立ち上がった。


「悪いが用事を思い出した! これで失礼する!」


 そう言い残して急いで部屋から出ていく。何故危険なのかわからない、けどあの場に留まればマズイと思った。


 戦場に出て命の危機に扮した時と同様、いや下手をすればそれ以上の恐怖が襲ってきたのだ。


 俺は廊下を逃げるように駆けだした。


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