第29話 上っ面善人


 俺はアルベン野郎がドラゴンを出してくるのは想定していた。むしろ今まで出てこないことで、逆に不安になっていたくらいだ。


 なら当然だが対抗手段も考えているに決まっている。そうでなければただの馬鹿だ。


「き、切り札ぁ!? たわごとを!」

「なら見せてやるよ。二万ポイントも消費させられた魔物をな! 来い、ゴーレムタンク!」


 俺が叫んだ瞬間、目の前に鉄の塊が現れた。


 全身を緑で塗られていて、砲台を伸ばしてキャタピラ走行する車……つまりは戦車だ。


「な、なんだそれは!? そんなヘンテコな魔物が強いわけなかろう!? ドラゴンになど勝てるわけがない!」


 アルベン野郎の声が周囲に響く。


 だが珍しく今回はあいつの意見が正しいな。


「確かにお前の言う通りだ。この戦車というかゴーレムタンクは、お前のドラゴンには勝つのは難しいだろう」


 俺が手で合図をすると、ゴーレムタンクは砲撃を行った。


 だがその弾はドラゴンから少し離れた場所に着弾して爆発する。


「かなり攻撃力の高い魔物ではあるのだが、少しでも動かれたら攻撃が当たらないからな」


 認めざるを得ない。なにせこのゴーレムタンクは砲撃ができるが、その命中精度はあまり高くない。


 動かない壁を狙うならともかくとして、機敏に動くドラゴンを狙うのは至難の業だ。ましてや空なんて飛ばれたら絶対に当たらない。


 ドラゴンに一方的に上空から攻撃されて終わりだ。


「ふん! やはり所詮はエンド領の雑魚魔物か! そんなものが切り札とはなんと愚かな……! 動くだけで攻撃が当てれぬ魔物など、不良品にもほどがあるだろうが!」


 アルベン野郎は調子を取り戻したようで、声に意気が戻ってきた。


 そりゃ動けるだけで当たらない攻撃なんて、恐れるに足らないよなぁ……ククク、キキキキキキキ! 俺は嘘は言ってないからなぁ! 


「そうだな、それは否定できない」

「馬鹿が! 平民の考えなど所詮は!」

「それで……お前のドラゴン、どうやって動くつもりだ?」


 アルベン野郎は箱庭を外から見てるから、現在の状況を認識できていない。


 俺の視線に映るドラゴンは、鱗の一部が氷に覆われていた。雪女の冷気にさらされ続けた結果だ。


 ドラゴンだけあって冷気では死なないし、普通に砲撃しても当たらないだろう。


 なら寒さで動きを鈍らせてしまえばいい。そうすればロクに身動き取れなくなるので、何発も砲撃すればいずれ命中する。


 ……まあ今回の場合、そもそもあのドラゴンは迂闊に動けないけどな。箱庭のコアからあまり離れられないから。


 だがそれはアルベン野郎が愚かすぎただけであって、俺の計算にはなかったことだ。いくら切り札とは言えども、ここまで追い詰められるまで出さないとは思わなかった。


 追い込まれるほど選択肢は狭まるのだから、もっと早めにドラゴンを使っておけばよかったのに。


「……っ!? ドラゴンよ! 動けるだろう!? 動けよ!!!」


 アルベン野郎は悲鳴をあげるが無駄だ。


「さてゴーレムタンク、撃ちまくれ。なにいくら外れても構わないさ、当たるまで撃てばいいんだから」


 ゴーレムタンクが砲撃を開始した。


 一発、二発、三発と少し間隔を空けて連射する。どれもドラゴンから少し外れて爆発し、周囲の地面に穴を作っていた。


「や、やめろ!? 貴様、なにをしているのか分かっているのか!? そのドラゴンはイールミィ姫のもの! 貴様風情が傷つけていいものではない!」


 馬鹿かよ。なら俺に大人しく負けろとでも言う……つもりなんだろうな。


 アルベンめ、本当にくだらない奴だ。そして四発目の砲撃がドラゴンに直撃した。


 ドラゴンは身体に大穴を空けて倒れ伏し、起き上がる気配はない。まあ起き上がるならもう一発打ち込むだけだったが。


「さてじゃあコアを破壊するか」


 俺はわざと言葉にしてから、ゆっくりとコアに近づいていく。


「や、や、やめろぉ!? 貴様、そんなことをしていいと思っているのか!?」


 するとアルベンの悲鳴が届いてきた。どうやら流石のあいつでも、箱庭が壊されることには危機感を持てるらしい。


 ああ、素晴らしい。なんて素晴らしいんだ。今までずっと腹が立っていた相手の悲鳴は心地よい。俺はこれが聞きたくてここまで来た気がする。


 俺は普段よりも足を遅くしてさらにコアへと歩いていく。


 そして腰につけた鞘から剣を引き抜いた。


「ま、待てっ!? 待てっ!? 私は子爵だぞ!? お前よりも偉いのだぞ!?」


 だからなんだというのだろうか。


 交渉するなら相手にメリットを掲示するのは、交渉の基本中の基本だろう。


 コアの目の前までやってきた俺は剣を振り上げる。


「ままま、待て!? 頼む! 頼むからやめてくれ! やめてください! そのコアを破壊されたら私の土地がなくなってしまう!? そんなのダメだろう!? 他人の財産を奪うのはよくない!」


 アルベン野郎の泣き声が聞こえてきた。とうとうプライドも捨てて、俺に敬語を使ってきやがった。確かに奴の言うことも一理ある。


「…………仕方ないな」


 俺は振り上げた剣を腰の鞘に戻すと、コアに対して背を向けた。

 

「お、おおおお!! ありがとう! ありがとうエンド男爵! お詫びにベールアインのことは山分けで……」


 なんて言うと思ったかよバァカ!!!!


 俺は即座に振り向いて、そのまま抜剣してコアを切り裂いた。


 すると水晶は柔らかい肉のようにスルリと真っ二つになって、ゴトリと地面に落ちて粉々になる。


 俺がアルベン野郎を許す? そんなことするわけないだろう! 案の定、ベールアインのことは山分けとか言い出したからな! 


 どういう意味か正確には分からないが、どうせロクな考えではないだろう。


 あんな奴を放置してみろ。三日で恩を忘れて、また俺やベールアインに仕掛けてくるに決まってる! 犬より馬鹿な奴に情など不要だ!


「あ、えっ……あああああああぁぁぁぁぁ!?!? わ、私のコアが!? わ、私の箱庭がああああぁぁぁ!?」


 アルベンの絶叫が箱庭に響き渡る。


 うん、最高だな! 我ながら性格が悪いとは思うが、正直めちゃくちゃ気分がいい!


『勝者が決まりました。これよりこの箱庭の中身は全て外に排出されます』


 そんな声が聞こえるとともに俺は光に包まれて、気づくと箱庭から教室へと戻されていた。


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