第26話 戦争開始


 軽く準備をしたり模擬戦闘訓練をしている間に、三日はすぐに経ってしまった。


 俺とアルベン野郎は、戦場となる教室で向き合っている。


 他の生徒たちもほぼ全員、集まっていた。まあ初めての戦争だし興味津々なのだろう。


 ククク……いいじゃないか。目の前の馬鹿を地獄に引きずりこむのには、これ以上ない絶好の機会だ。


「エンド男爵、この三日間震えて眠っていただろう? 今日で貴様は貴族ではなくなる。そしてベールアイン令嬢も私のモノだ」

「アルベン子爵を蹴落とせることで、期待に震えて眠ってましたよ。それとベールアイン令嬢はこの賭けには関係ないですね」


 周囲の目があるので上っ面は善人にしておく。


 ……まあ先日までの言動でバレてる可能性は高いけどな。それでも誤魔化すのは大事だろう、うん。


「なんで誰も言うこと聞いてくれませんのよ。まったく自陣営同士で潰し合うなんて愚かですわ!」


 ワガママ姫の叫びが聞こえるが無視。


 悪いが俺はあんたの陣営じゃないしな。言うことを聞く義理はなどない!


 ……ああいや少しはあるが、ないことにする!


「はい! 戦争の審判人ハルカ先生ですよー! 殴り合いはダメですからねー!」


 するとハルカ先生が俺たちの間に割って入って来る。ところで戦争の審判人って少し恰好いい気がする。戦争に審判なんて本来ならいないし。


「さて戦争は互いに箱庭に攻め込んで、敵の箱庭の核を壊せば勝利です。また双方が同意した場合のみ引き分けとして戦争を終了できます。ただし死んだ魔物は蘇りません。開始しますが本当によろしいですね?」

「はい」

「エンド男爵ぅ! 貴様はこれで終わりだぁ!」


 俺たちは隣り合うようにそれぞれの箱庭を出現させる。大きさだけで言うなら奴の領地は俺の十倍以上の広さを持つ。


 アルベン領は八割が平野で残りは山の、いたって平均的な領地だ。

 

 奴の領地には川や海などがない。そのため水棲系の魔物はいないはずので、船に魔物を乗せて攻めてくるはずだ。


 だがそれは愚かの極みでしかなく、日本への上陸は不可能だ。何故ならたどり着くまでに船を沈没させられるからだ。


 なにせこちらには防衛戦力としてスモルフィッシュや河童がいる。彼らは海中を泳げるため、船の上からは迎撃するのは困難を極める。


 なのでアルベン野郎の魔物たちが海に出てしまえば、後は水棲系の魔物で好きに嬲れる。一方的に海中から攻撃して船を轟沈すれば勝利なのだ。こんなに楽な戦いはない。


 なのでまずは海の防衛で敵の戦力を大きく削り、その後に一気に攻勢に出る。


「ははは。所詮は口だけの弱小貴族に見せてやろう! このアルベンの魔物たちをなぁ!」


 アルベンの箱庭から虫のように小さい魔物たちが飛び出してきて、教室の床を渡って俺の箱庭の外縁に入り込んでくる。


 その中には小舟を運んでいる人型の魔物もいる。あの船たちで海を渡るつもりなのだろう。


 そして奴の魔物たちは箱庭の北部にある海に、多くの小舟での渡航を始めた。


 すると急にアルベン野郎が震えて笑い始める。


「ふふふ……ふはははは! エンド男爵ぅ! お前の箱庭の弱点は分かっているぞぉ! 北ならば陸が近いからなぁ! それになぁ! うちにも水棲の魔物はいるんだよ!」


 ……ククク。おっといかん、口元に笑いが出てしまいそうだ。


 どうやらこの馬鹿は、見事なまでに俺の策に引っかかってくれたな。 


 水棲の魔物がいてももはや関係がないのだ。蜘蛛忍者の偽情報の喧伝は完璧に成功したのだから。


 俺は箱庭にいる魔物たちに念じて命令を下すのだった。




^^^^^^^^^^^^^^^^




 アルベン子爵の用意したいくつもの小舟が、日本北部の海を渡っていた。


 帆船の上には多くの魔物たち、オーガやゴブリンなどが乗り込んでいる。


 彼らが目指すは北海道、上陸して本州へと攻め入るように命令を受けていた。


「進めぇ! あのような弱小国、すぐに滅ぼすのだ!」


 角の生えた大将格のオーガが叫び、さらに帆船は進んでいく。


 そんな帆船近くの海中では、巨大な魚たちが船に随伴するように泳いでいた。


 彼らは船の防衛を命じられたそれなりに強い魔物だ。


 Cランクで扱いやすくかつ三十匹もいる。その魔物で船を防衛させて、陸上戦力を運びきる算段。


 アルベン子爵も海から攻めるにあたって、流石に海中への対策くらいは考えていた。


「……ん? なにか変な音がしないか?」


 海の静寂を消し飛ばすようなけたたましい音に、オーガは周囲を見回した。


 すると彼は一台の真っ白なナニカが、帆船たちに向けて近づいてくるのを確認する。


「……? なんだあれは? 海を渡っているなら船、か?」


 オーガは思わず首をひねる。なにせ見たことも聞いたこともない物体だからだ。


 その物体はけたたましいエンジン音を鳴り響かせている。


「というか速くないか? 俺たちに追いつくようにどんどん近づいてきてっ……!?」


 その物体はあまりに速い。漕ぎ船をあざ笑うような速度で走り、遥か後方からやってきたのにすぐに追いついてしまう。


 それはゴーレムシップ。エンジンで駆動するクルーザーを魔法で再現した、理不尽な船であった。


 そしてさらに……。


「だ、だが近づかれても、攻撃手段は……む? なにか乗ってるような……ゴースト?」


 オーガはゴーレムシップの上に乗っている者を見るために目を細めた。


 それは霊体であり、透き通った亡霊の集まり。つまりは船幽霊だ。


 船幽霊は他の船に対して柄杓を要求し、もらい受けると水を汲んで沈没させてしまう。


「「「「柄杓ぅ…………」」」」

「ひ、柄杓? なんだそれは!?」


 船幽霊たちは柄杓を求める声を出すが、オーガは困惑するばかりだ。


 ここでオーガたちが助かるには、底の抜けた柄杓を渡せばいい。船幽霊を追い払うにはその対策が一般的だった。


 だがロンテッドが変な弱点など捨て置くはずがない。


 船幽霊たちはオーガたちの反応がないとみるや、クルーザーに積んでいた柄杓を手に取った。


「「「「しずえめぇぇぇぇぇぇ」」」」


 底の抜けた柄杓を渡されるのが困るなら、セルフサービスで用意しておけばいいだけである。


 船幽霊たちは巨大な柄杓で海水を汲んで、帆船に向けて注ぎ始めた。


「いいっ!? まさかこいつら、船を水で沈没させるつもりか!? 振り払え!?」


 船に乗った魔物たちが剣などを振るうが、霊体である船幽霊相手ではすり抜けてしまう。


「む、無理か!? なら船の速度を上げろっ!? はやく上げんかっ!?」


 だが船は一向に速くならない。そもそも多少スピードが上がったところで、ゴーレムシップを振り切れるはずもない。


 ついでにゴーレムシップはエンジンと霊的な後押しの組み合わせで、本気を出せばマッハ以上の速度を出せた。


 絶対に逃げきれない船幽霊という、悪夢のようなコンボが発生していた。


 そうして船たちは水を入れられて重みで沈んでいく。だがそれでは終わらなかった。


 ゴーレムシップには他にも着物の少女が乗っている。


 少女はクスリと笑って降りると同時に、海が凍り始めて氷に着地する。


 そしてさらに海の氷は広がっていき、アルベン子爵の小舟全てを氷で覆ってしまった。それは海上だけでなく、海中の魔物も氷漬けにされている。


 アルベン子爵の攻め手の魔物はもはや全滅に等しかった。


 そして船幽霊たちは「あれ? これ俺たちいらなくね?」と、柄杓を持ったまま唖然とするのだった。

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