第25話 クズ野郎
俺は自室にベールアインを招いて、今後の相談を行っていた。
「しかしあのアルベン野郎が、戦争を三日後に指定するとはな。さてどうやって勝つかねぇ」
戦争は三日後、教室で開催される運びとなった。
俺はあの場で戦ってもよかったのだが、ワガママ姫の仲裁が入ったのだ。
あのお姫様からすれば俺とアルベン野郎の戦いは、自陣営同士のつぶし合いだからな。出来ればやめさせたかったのだろう。
たぶんあの姫様、今頃はアルベン野郎を説得してるんじゃなかろうか。戦いをやめろとかで、まあどうせ無理だろうけどな。
『クソガキですし相手を貶める策ならいくらでも思いつくのでは?』
「違う違う。どうやって勝てば、アルベン野郎をより惨めに出来るかを考えてるんだ」
『性格悪すぎますね』
「なんとでも言え。俺はあいつに怨みがあるんだよ。晴らすには絶好の機会だ」
あいつには何度も笑い者にされた上に、亡くなった父親まで侮辱されたのだ。絶対に許さん。
「それとベールアイン、お前に聞きたいことがある」
ずっと黙っているベールアインに視線を向けると、彼女はビクッと反応する。
「な、なんですか?」
「なんでアルベン野郎は、お前にキレてたんだ? どうせ理不尽な怒りだろうけど理由はあるだろう?」
流石にあの馬鹿も、まったく理由なしにあそこまでキレないだろう。もし理由がないなら俺はあいつを少し見直すレベルだ。
「え、えっと……一応、前日にちょっとありまして……」
ベールアインは申し訳なさそうに語り始めた。
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アリシャ・ベールアインは会談室に招かれて、椅子へと座らされた。
アルベン子爵は舌なめずりをしながら、そんな彼女の肢体を嘗め回すように見つめている。
そしてベールアインの背後にはジーノ男爵が立っている。
「あ、あの。それで私になにか用事があるのですか?」
ベールアインは二人の男に囲まれて、少しおどおどしながら告げる。
するとアルベン子爵はニッコリと微笑むと。
「うむ。だがその前にお腹が空いているだろう? 毎日の食事も厳しいだろうお前に、特別にご馳走してやろう。これはこの学園でしか買えぬ食べ物だ。口にしたことはあるまい」
アルベン子爵は勝ち誇った笑みで、おにぎりを差し出した。
「あ、あの。毎日食べてます……ロンテッドさんから頂いてまして」
「そんなはずはない。これはショップでしか売っていない高貴な食べ物だ。あのエンド男爵風情が手に入るわけなかろう」
「あ、あの。逆です。ロンテッドさんがショップに売却して、それをショップが商品にしてまして」
ベールアインは申し訳なさそうに口を開くが、アルベン子爵はまるで信じる様子もなく笑い続ける。
「ははは。冗談もそこまで言えるならすごいな」
「い、いえあの。嘘じゃないです。教室で他の人に聞いてみたらいかがでしょうか。バザーに来てる人ならみんな知ってます」
ベールアインは本当のことを口にする。彼女の人柄もあってとても嘘をついているようには見えず、アルベン子爵でも信じてしまうほどに。
その瞬間、アルベン子爵は持っていたおにぎりを床に叩きつけた。
「ふ、ふざけるな! エンド男爵の箱庭から獲れただとっ!? なんて下賤な食べ物がっ! このようなモノ、犬にでも食わせておけばいいのだっ!」
アルベン子爵はおにぎりを何度も踏みつけ、もはや潰れてとても食べられる状態ではなくなった。
ベールアインがその様子に眉をしかめる中、アルベン子爵は息を整えると。
「ふん、まあいい。本題だ。お前を私の側室にしてやろうと思ってな。光栄だろう?」
「……はい?」
側室。それは二人目以降の妻のことである。
いきなりの意味不明な言動に、ベールアインは理解が追い付かなかった。
「え、えっと。あの、私は……」
「返事は言わずともよいよい。分かっているとも。このアルベン子爵の妻になれるのは、あまりにも光栄過ぎることだからな」
「その通りだ!」
アルベン子爵の言葉にジーノ伯爵が追随する。
困惑するベールアインを無視するように、アルベン子爵は気分よさそうに話を続ける。
「よいか。私の側室となるからには、今後はエンド男爵と話すことを禁じる。私の妻であることを心掛けた行動をするように」
「い、いえあの。私、貴方の側室になるつもりはありませんが……」
ベールアインがそう告げた瞬間、アルベン子爵の顔つきが変わった。
あからさまに不機嫌な様子になり、鋭い眼光でベールアインを睨む。
「ほう。男爵の娘風情が私の求婚を断ると?」
「はい。貴方とはなんの関係も持っていませんし、別の国の貴族様ですし……」
「そうか、それは残念だな」
「ご理解いただけて幸いです。では私はこれで……」
ベールアインは椅子から立とうとする。
そんな彼女に対してアルベン子爵はボソリと、
「ならばエンド男爵はすぐに攻め滅ぼさなければならんな」
「……っ!? な、なんでロンテッドさんの話が……!?」
「当たり前だろう? 私は君を妻にする予定なのに、その妻と仲のいい男がいるなど外聞が悪いにもほどがある」
「そんなことしたら共倒れになりますよ!?」
「ならんよ。私はイールミィ王国がバックについているからな。だがエンド男爵は違う。奴の後ろには誰もいない」
ベールアインの顔色が一気に悪くなる。
彼女からすればロンテッドがアルベン子爵に負けるとは思っていない。だがこの学園において、迂闊に戦争をすること自体が危険過ぎるのだ。
国境のない土地の争奪戦のため、全生徒から狙われる恐れがある。
(ロンテッドさんが勝てたとして、そこで戦力が削れてしまったら他の人に狙われてしまう……それはまだダメなのに)
ベールアインからすれば、現時点でロンテッドの足を引っ張ることは望んでいなかった。
そんな彼女の焦りを見透かすように、アルベン子爵はベールアインに急接近する。
「だが私の妻になれば見逃してやろう。……ええい! 一か月も禁欲してもう辛抱たまらん! さあ服を脱げ! 脱がぬなら引き裂いてやる!」
アルベン子爵は血走った目でベールアインに襲い掛かり、彼女の制服に手をかけた。
だが彼女の上着の隙間から白い蛇が現れ、アルベン子爵の股間へと嚙みついた。
「ぎ、ぎえええぇぇぇぇぇ!?」
「あ、アルベン子爵ぅ!?」
その隙をついて、ベールアインは会談室から逃げ出した。
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「……ひっでぇな」
思わずそうボヤいていた。だがアルベン野郎なら普通にやりかねない。
あいつは元の世界でも好色で有名だったからな。我慢の限界だったのだろう。
するとベールアインがいきなり頭を下げてきた。
「申し訳ありません! 私のせいで……」
「……いやどう考えてもアルベン野郎のせいだろ」
正直ベールアインの非がなにひとつないレベルだ。
むしろよくやったと言ってやりたい。あのアルベン野郎のアルベン野郎が噛まれるところを見たかった。
「いや本当にいい話を聞かせてもらったと思ってるぞ?」
「で、でも巻き込んでしまって。最初は様子見の予定だったのに……」
「予定通りうまく行くなんてほぼないからな。むしろここでアルベン子爵に圧勝すれば、今後の立ち回りがすごく楽になる。それに……」
「それに?」
「俺もあいつのこと、ずっと滅ぼしたいと思ってたんだよ! こんな話を聞いたら微塵も遠慮しなくていいからなぁ!」
相手の土地を全て奪うというのは、流石の俺でも少し気が引けるべきところはあった。
だがここまでのクズ野郎には遠慮不要だ! あの野郎ならいくら貶めても、俺は悪人にならないだろうさ!
「蜘蛛忍者! いるか!」
「……なんでござるか」
俺の叫びに答えて、蜘蛛忍者が煙と共に姿を現す。
「蜘蛛忍者。お前に二つほど命令する。一つ目は今の話をクラス中にばらまいて、アルベン野郎の悪評を広めまくれ! クラスでの居場所を無くしてやれ!」
こうすることによって、俺が正義のために戦うとアピールする。
そうすればクラス内の評判がよくなるからな! アルベン子爵の評判は酷いことになるがそんなの知るかよ! 地獄へ引きずり込んでやらぁ!
『一切の手心なしですね』
「あんな野郎に手心なんているかよ!」
「チッ。また面倒でござるな……二つ目は?」
蜘蛛忍者はすごく不機嫌そうに尋ねてくる。
やっぱりこいつには嫌われまくってるなぁ……この正義の戦いで少しは評価上がらないかと期待したのに。
「次に二つ目、俺の箱庭は北から攻められたら弱いと広めろ。四方を海に囲まれているが、北はかなり陸地が近いと」
日本列島は横長の形だ。そして南の方は沖縄によってかなり伸びている。
なので日本に上陸するには、箱庭の北側から攻めた方がいいように見える。海を渡る距離が短くて済むからな。
「ろ、ロンテッドさん? なんでわざわざ弱点を広めて……」
「実は弱点じゃないからな。なにせ北の海は寒いからな。雪女がデメリットなく使える」
「あっ……」
パッと見なら箱庭の日本は北側から攻めるに限る。
だが俺の防衛戦力を考えると、むしろ北側が一番防衛しやすいというわけだ。
「蜘蛛忍者、広められるか?」
「当たり前でござる。しかしなんと忍び使いが荒い。これほど働いたというのだから、名前のひとつも恩賞で与えるべきでござろうに……なんと最悪な主に召喚されたのか。まあこんな主から名前など貰っても、微塵も嬉しくないでござるが。銘の類など不要でござるが」
蜘蛛忍者はそう言い残すと煙と共に消えてしまった。
「……なんでここまで嫌われてるんだよ。俺、そこまで悪いことしたか?」
『何度も言いますが嫌よ嫌よも好きの内ですよ。名前をあげれば喜ぶのでは?』
「あそこまで嫌と連呼してるんだぞ? 名前なんてつけたら、ブチギレて逃げ出すのがオチだろ。クソ石板、さてはお前それが狙いじゃないだろうな」
『いえいえちゃんと心を込めて誠心誠意助言してますよ。間違ったことを言ったつもりはありません』
「嘘くせぇ……」
やはりクソ石板を信用してはダメかもしれないな。
そうしてすぐに戦争の日になり、俺は教室へと出向いた。
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