第23話 戦争解禁


 俺は自室で目覚めてベッドから起き上がる。


 今日はこの学園に来てから三十一日目。つまり戦争解禁の日だ。


 なお戦争解禁は朝の授業で宣言され、そこからどうぞご自由にという流れらしい。


 空中に浮いた石板が、フワフワと俺の元へ寄って来る。お前そんな機能あったのかよ……まあこいつなら何が出来てもおかしくないが。


『おはようございます。よく眠れましたか?』

「他の貴族への嫉妬で寝付けなかった」


 ベッドの中で目をつむってはいたのだが、どうしても他の奴らへの羨みが爆発してしまった。


 寝ようとするとそういう感情が普段よりも増幅されるイメージだ。たぶん活動してないから余計なことを考えてしまうのだろう。


『相変わらずクソガキですね。いつまで嫉妬し続けるつもりですか? 生きづらくないですかね』

「生きづらいに決まってるだろ。だから勝ち組になってみたいんだよ。そうすれば嫉妬がなくなるかもと期待してる」


 今日からがこの学園の本番だ。


 戦争解禁によって昨日までとは全てが変わるだろう。俺たち生徒が箱庭を失えば、元の世界でも貴族ではなくなってしまう。


 そうなると俺は借金があるため、鉱山奴隷として使い捨てされてしまう。つまり人生が終了するのだから。


 つまり負けられない戦いが始まるというわけだ。まあ負けていい戦いなんて今までなかったけどな。


『それでどう立ち回るのでしたっけ』

「前も言っただろ。まずは周囲の動きを様子見して、戦いで弱った奴を攻めて箱庭を奪う。この動きをするために、目を付けられないように善人を演じてきたんだ」

『化けの皮を被ったハイエナ戦法ですね。性格の悪いクソガキにピッタリの戦術です』

「そうだなクソイワ」


 なんとでも言うがいい。負ければ終わりの戦いなのだから、多少の卑怯さはむしろ知略だろうが。


『しかし大丈夫ですか? アルベン子爵に目をつけられてますよ?』

「それなら問題ない。あいつは俺に仕掛けられないさ。なにせ俺はワガママお嬢様に今の立場を認められてるからな」

『イールミィからすれば、身内同士のつぶし合いは許可しないと』


 アルベン子爵はイールミィ王国の貴族であり、つまりあのワガママお嬢の臣下である。


 そして俺はまだイールミィの陣営についてないが、一応は同じ立場な上にあのお嬢様から許されている。


 つまりあいつが俺に戦争を申し込もうとしても、あのお嬢様が止めて下さるという寸法だ。身内同士のつぶし合いはご法度だからな。


「くくく。あのお嬢様のおかげで助かるぜ……! 役に立つじゃねぇか。特別に恨まないでおいてやるぜ」

『幸運でしたね。そして何様のつもりですがクソガキ』

「まだ何様でもないさ。だがこの学園で勝ち抜けば、なにかしらにはなれるかもな。さあ行くか」


 俺は自室の扉を開き、教室へと向かった。


 なんとなくだが学内の雰囲気もピリピリしているような気がする。そして廊下などを歩いて教室に到着した。


 俺が教室へ入った瞬間、全員の目がこちらに注目してきた。そしてすぐに視線はそれていく。


 どうやら他の奴らも気を張っているようだな。


 ひとまず席について周囲を見渡すと、生徒たちは四つのグループに分かれて集まっていた。


「おーほっほっほ! このワタクシの勝ちは揺るぎませんわぁ!」


 ワガママお嬢様が高笑いして。


「力こそ力。そして我こそがその権化。故に勝利は揺るがぬ!」


 竜皇が相変わらず上半身裸で、岩のような筋肉を見せびらかしながら低い声で叫び。


「心配しなくていいよ。ボクについてこれば負けないから」


 男装の貴公子がウインクをして、周囲の女子がキャーキャー悲鳴をあげて、


「ふふっ。さて想定通りに動いてくださいますかね。動かないなら、動かしてみせるだけですが」

「イリア様は最強なのです! 絶対に負けないのです!!」


 賢鷹の目が小さく笑い、オマケ一人が犬のように吠える。


 そしてその四人に集まった者たちは、それぞれ自分のトップを見て安心していた。


 さてこいつらの動き次第で、俺がどうするべきかも大きく変わるが……。


 などと考えていると、暗い顔をしているベールアインがいた。彼女はまだどこの陣営にも属していないので、ポツンとひとりで椅子に座っている。


 どうしたのだろうか。たまにはこちらから声をかけてみるか、と思った瞬間。


「はい授業始めますよ! みんなのアイドルのハルカ先生ですよ! でも教師ですけど!」

 

 ハルカ先生がすごく嬉しそうに入室してきた。あまりにこの教室の雰囲気に合っておらず、周囲の生徒の白けた視線が注目する。


「あれ? なんか私への目が辛辣なような……気のせいですね! あ、別に席につかなくていいですよ」


 そこを気にしないのはダメだと思うが、ハルカ先生はニッコリ笑って話を進めるようだ。


「さあ今日から戦争解禁です! 皆さん、頑張って箱庭を奪い合いましょう! 改めて話しますね。貴方たちのクラスの箱庭を全部合わせれば、元の世界の土地の全てになります」


 俺たちの箱庭は元の世界の土地を小さくしたものだ。なので生徒全員の箱庭を合わせれば、世界そのものとなる。なお俺の土地は異世界のものなので例外だが。


「神前学園だけあって人では予想できないこともあるでしょう。ですがひとつ、絶対の指針を宣言します。貴方たちの箱庭の広さの価値は、どんなことがあっても変わりません。つまり箱庭1平方メートルごとに、元の世界に戻って得られる土地の広さは一定です。また箱庭を学園側で理不尽に奪うことはありません」


 なるほど。これから先、箱庭の土地の価値が下落することはないと。


 これは大事な情報だな。たとえ学園がなにをしようとも、自分の箱庭ごとの価値は変わらない。


 ハルカ先生の言う通り、神の学園ではなにがあるか分からない。自分の持ってる土地が暴落しない宣言は大きい。


 他にも学園が箱庭を奪うことはない、というのも重要だな。かなりあくどいことをしても、没収されることはないのだから。


「では、私が今から宣言しますので、そこから戦争解禁です」


 ハルカ先生は真剣な表情になると、コホンと喉を鳴らす。


 今までの彼女とはまるで違う、厳かな雰囲気を醸し出している。


「神の御前にて争いを認可する。仔らよ、自らの誇りを以て戦え。是よりここは戦場、持つ全てを絞って勝利せよ。さすれば……神は汝を認めん」


 一陣の風が走った。


 ここは教室で窓も完全に閉められている。なのに突風が流れたのだ。


 まるで今まで俺たちが纏っていたなにかを、吹き飛ばすかのように。


「これで戦争は解禁されました。もはやハルカ先生の言葉は不要でしょう……そして今日は授業をしても絶対聞いてもらえないでしょうから、このまま終わります」


 そう言い残して去っていくハルカ先生。


 教室は少し静寂が訪れた後に、


「……イールミィ様、どうなされますか!?」

「落ち着くのですわ!? まずは様子見ですわ!」


 などと生徒たちが騒ぎ始める。


 だが各陣営ともに動き始める様子はなさそうだ。


 予想通りだな。迂闊に仕掛けるメリットがない以上、まずは様子見になるに決まっている。


 さて何故か暗い顔をしているベールアインに話を聞いてみるか。正直他人の感情の機微はどうでもいいが、あいつには世話になってるからな……。


「ベールアインさん。どうかされましたか? せっかくの綺麗な顔が台無しですよ」

「あ、ロンテッドさん……いえなんでも……」


 ベールアインに話しかけるが、声もやはり元気がない。


「明らかに元気がないように思えますが……」


 なるべく彼女を傷つけないように、丁寧に言葉を考えて告げる。


 ……上っ面善人は面倒だな。普段ならもっと直接、雑な言葉づかいで聞けるのに。


「い、いえ本当になんでも……」

「エンド男爵。貴様は相変わらず身の程を弁えぬな」


 気持ち悪い声が後ろから聞こえた。


 振り向くとそこにいたのはアルベン子爵だ。ああ最悪だ、なんでこんな不快な奴に話しかけられないとならないのか。


 そんなアルベン野郎は何故か少し内股で、俺を明らかに睨んでくる。


 …………おい、まさか宣戦布告してこないだろうな? もしされたら共倒れになる可能性が高いんだぞ。


 それにワガママ女王の件もあるし、普通に考えたら仕掛けてなどこないはずだ。だが……こいつ、馬鹿なんだよな。


 自分の利益とかその他をガン無視して、先日の砂金の一件で攻めてくる可能性があるか? 


「これはアルベン子爵。いかがなされましたか?」

「ふん! 今は貴様に用事はない!」


 アルベン子爵は鼻息を荒くして俺に叫んでくる。


 なんだよ、俺狙いじゃないのか。ならいいけど……ん? ならなんでこいつは俺の近くに……。


 そんなアルベン子爵はベールアインに近づくと、


「アリシャ・ベールアイン! 貴様に宣戦布告する! 私を愚弄した罪、絶対に許さぬ!」


 ベールアインに対して、宣戦布告をしてきた。


 ……俺じゃないのか。

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