第18話 主従の誤解
蜘蛛忍者は忍術で身体を透明にして、教室の端に潜んで忍務を行っていた。
そんな彼女のことなど気づかずに、生徒たちは雑談をしている。
「エンド男爵はしょせん、砂金しか自慢できない無能だ! あんな愚か者よりも、この私のほうがよほど優れている!」
「なあおい。お前は誰につく予定だ? 俺は竜皇ドラゴニアだな。絶対に頼りになるし」
「私は元々、イールミィ王国の貴族なのよ。だから選択肢はないわ」
「あー……クラス内で断トツの最大勢力だもんな。元々の国が大きいのズリィよ」
蜘蛛忍者は生徒たちの声をなるべく多く盗み聞きし、それらを統括して正しい情報を洗い出す。
単純ではあるが決して簡単な仕事ではない。当然ながら信憑性のない噂や、それこそ虚言を放っている者もいる。
そんな中で集めた情報を精査して、正しいことだけを主君たるロンテッドに伝えなければならないのだから。
(ふむ。各勢力の人気理由などが朧げに掴めてきたでござるな。イールミィは元の世界での国の大きさ、ドラゴニアは筋肉、賢鷹の目は頭脳、残る一人は……)
蜘蛛忍者は教室に巣でも張るかのように、周囲に聞き耳を立て続ける。それと同時に報告のために集めた情報をまとめていく。
その表情は凄まじく真剣であり、とても不真面目な仕事ぶりとは思えない。
そんな彼女の目に、とある女子生徒の姿が映った。アリシャ・ベールアインが、ロンテッドと仲良く話に興じている。
それを見て蜘蛛忍者は不快そうに顔をゆがめた。
(拙者が忍務を行っているというのに、おのれ……! いや落ち着け、ここで怒っては気配が漏れてしまう)
小さく深呼吸をして落ち着く蜘蛛忍者。
だが彼女にとって現在の状況は我慢ならぬことだった。どんどん特定の人物への怒りが溜まっていく。
(ふー……だが許せぬ。いずれ寝首を描いてくれよう……!)
蜘蛛忍者は射殺すような視線で睨む。その先にいたのはもちろん……アリシャ・ベールアインだった。
(おのれおのれおのれぇ……! 雌蛇が、我が愛する主君に近づきよって……!)
実は蜘蛛忍者はロンテッドを嫌ってなどいない。いやそればかりか命すら投げ捨てる絶対の忠誠を誓っている。
彼女は燃え上がる嫉妬をアリシャに向けて抱いていた。
(くっ……! 拙者があの場にいたいのに……! ロンテッド様と二人きりになりたくとも、奴が大抵部屋にいる……)
手をわなわなと震わせながら、蜘蛛忍者は口を噛みしめる。
これまでの言動からすれば、彼女がロンテッドを嫌っていると思うのが当然だろう。だがそもそも魔物は基本的には召喚主を嫌わない。
相性がよほど悪いなら話は別だが、魔物の有様と召喚主の性格が真逆でもなければない。
そしてロンテッドの性格は悪く陰湿気味。忍者も影の者であり、相性はむしろ良好過ぎた。
(だが忍者が愛など恋など言ってはならぬ……浮ついた者は信用されぬのだから)
くノ一にとって浮ついた気は禁物だ。なにせ色仕掛けを敵に仕掛ける時に、逆にその相手に惚れてしまう恐れもある。
そのため蜘蛛忍者はロンテッドへの好意を完全に隠していた。不要な忍者だと処分されないために、軽い女ではなく忍務に徹する専門家と思わせるために。
その結果があの誰が聞いても嫌っているとしか思えない言動だった。
(ロンテッド様は優れたお方だ。拙者の自分を律する考えを察して、その上で合わせて下さっている。なればこの学園での戦がひと段落した暁には、お手付きになることも夢では……)
蜘蛛忍者のロンテッドへの評価は最高値過ぎるのだった。
そしてロンテッドとアリシャが教室から出ていき、蜘蛛忍者は少し悲しそうな顔をする。
(ああ、我が主君のご尊顔が……い、いや忍務をせねば)
蜘蛛忍者は我を取り戻すために首を勢いよく振って、改めて教室の状況を確認していく。
(今日は好機なのだ。なにせ拙者以外にも、三人の生徒が諜報用の魔物を連れている。あの者たちがいる時はロクに情報が集められぬ)
そうしてしばらく潜んでいると、とある男が声を荒げ始めた。
「おお、やはりベールアイン嬢は美しい……私にふさわしい美女だ!」
叫んだのはアルベン子爵だ。
そんな彼の近くにいた貴族が話を合わせていく。
「アリシャ・ベールアイン子爵令嬢か。あの者は見目がよい。あれほどとなると、そうそうお目にかかれるものではないな」
「そうだろう! あの女は私にこそふさわしい! 明日にでも我が妻になるように告げる予定だ! 泣いて喜ぶだろう」
「ほほう。アルベン子爵の求婚となれば、断る者などおらんだろう」
鼻歌交じりに去っていくアルベン子爵とその連れ。
それを見て蜘蛛忍者は僅かに考えた後に。
(これは伝えなくてもいいか。クラスの勢力図とは全く関係ないからな。出来る忍びは知るべきではないことは知らず、命令されたことを愚直に行うべきだ)
確かに彼女に命じられた仕事は、クラス内の勢力の情報収集である。
そして忍者は諜報者だ。知り過ぎたことで処分される恐れもあるため、余計なことをしないのは理にかなっている。だが、
(それに……あのような毒蛇、我が主君の側に相応しくない。拙者こそが……)
彼女の願望などが多分に含まれているのも、また事実であった。
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そしてその日の夜。ロンテッドは石板と会話をしていた。
「なあ石板。俺ってなんであそこまで蜘蛛忍者に嫌われてるんだ?」
『嫌よ嫌よも好きの内かもしれませんよ』
「そんなわけないだろ……名前でも考えたら喜ぶだろうか? いや余計にぼろくそ言われそうだな」
『案外、そうでもないかもしれませんよ? 歓喜するかもしれません』
「激怒するの間違いだろ。しかし召喚主をそこまで嫌わなくても……」
残念ながらロンテッドは、蜘蛛忍者の乙女心を微塵たりとも理解していなかった。
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