第15話 変な人?


「ベールアインさん! お願いがあります……! どうか魔素を貸してください……!」


 授業が終わった後、教室を出ようとするとクラスの友人に呼び止められた。


「いいですよ。どれくらい必要なんですか?」

「ありがとうございます! じゃあ500魔素ほど……」


 私が500魔貨を渡すと、友人はペコリと頭を下げて去っていく。


「うわぁ……やっぱり綺麗だなぁ。ベールアインさん……婚約者とかいるのかな」

「いるに決まってるだろ。あれだけ美人で優しいとなると、引っ張りだこに決まってるだろ。木っ端領主が夢見てるんじゃねーよ」

「それはお前もだろうが」


 近くから男子たちの小さな声が聞こえてくる。別に私は綺麗でもなんでもないし、対応に困るので耳に入らないようにして欲しいなぁ。


 結局聞こえなかったフリをして私は自室に戻った。


「ふぅ……久々に日本のお話ができて楽しいな」


 制服を脱いで綺麗にたたんでから、簡易な寝間着へと着替える。


 私は今でこそアリシャ・ベールアインという名前だが、元々は有栖川彩音として日本で生まれた。


 私は両親からの期待に応えて、極力迷惑をかけないように生きてきた。


 何故ならば酷い兄がいたからだ。彼は放蕩息子というか俗にいう不良で、頻繁に警察のお世話になっていた。


 両親が何度も警察に出向いたり、あるいは警官が家に来ることもよくあったのだ。


 なので私は迷惑をかけないように、常に両親の言うことを聞くように心がけていた。


 両親の言うことをよく聞き、学校の成績も過不足なくやり遂げた。


 そして十八の時にお見合い結婚することになったので、今度は夫となる人の趣味を勉強した。


 学んだのは主に戦国時代や三国志の知識だ。その人は歴史オタクらしいので、結婚してから彼に合わせるために。


 だがその人と会うことすらなかった。私は暴走したトラックに跳ねられて、気が付けばこの世界で赤子になっていたから。


 今度の私はベールアイン男爵家の長女として、貴族的な立ち振る舞いを求められた。なのでそれに相応しいように立ち回っている。


 日本での経験も活かしているため、両親や周囲からの評判もよい。その証拠として近いうちにどこか上級貴族の嫁に出すとも言われた。


 私はいつも周囲の期待に応えているのが自慢で、余計なことには口出しはしない。なのでこの学園での争いも、強い人の下について関わらないつもりだった。


 今度こそ平穏無事に生きていく、はずだったのに。


 でもロンテッドさんの日本の箱庭を見た時、思わず身体が動いてしまっていた。


 そこからはずっと彼と共に行動している。それは彼からお願いされたから。


『ウフフ。貴女ってお願いされると弱いものね。自分を犠牲にしても手伝ってあげたくなる愚者だもの』


 すると私の石板さんがカリカリと文字を刻み始めた。


 ……これ、正直機能的にはタブレットPCみたいなものだと思う。文字や絵どころか動画まで写すし、それにお話も出来るのだから。


「そうですね。どうもお願いされると、うまく断るのが苦手で……と言っても、ロンテッドさんのお手伝いは別に嫌じゃないですよ? 日本のことを話せて楽しいですし」

『あら。楽しいのは本当にそれだけが理由かしら?』

「……? どういう意味ですか?」

『いえいえ、やっぱりなんでもないわ。それより彼のことばかり気にしていいの? 貴女自身がどう生き残っていくかも考えないと』


 石板さんが痛いところを突いてくる。


 実は私はあまり生き抜くためのビジョンを持てていない。というのも誰につけばいいのか全く分かっていないのだ。


 ロンテッドさんのように様子見しているわけでもない。


 彼は勝ち馬に乗るために趨勢をギリギリまで見極め、それまで誰の下にもつかないつもりだ。そのせいで起きるリスクは許容している。


 だけど私はそんなリスクは負いたくなくて、どうすればいいかも分かっていない。


「……弱りましたね。私、こういう戦いはあまり得意ではないみたいです」

『そんなこと言ってる場合じゃないでしょう? 苦手と言ってる間に滅ぼされるか、植民地みたいに扱われるかの二択よ。まあそれはそれで、貴女が苦しむのを見るのも面白いけど』


 私の石板さん、少し性格が悪いのですよね。


 他人が苦しむのを見て愉しむところがあって、私には理解が出来ない。


 石板の性格は持ち主に似ると聞いていたが、私には適用されなかったようだ。


「どうしましょうかね。いっそロンテッドさんにこのままついていくのも」

『見ていて面白くはあるけどねー。困った時の助けになるかしら?』


 ……助けてくれない気がしますね、うん。


 いや案外文句を言いつつ……いやダメだ。ロンテッドさん自身も余裕がないのに、彼をアテにするのはよろしくない。


 そんなことを考えつつ、自分の箱庭を展開して現在の状況を確認する。


 私の箱庭はあまり広くないし、特段すごいモノがあるわけでもない。せいぜい薬が作れるだけのよくも悪くも平凡な土地だ。


 魔物もゴブリンや大きなカエル、それに蛇などの可愛い魔物しかいない。特別に面白い魔物を召喚できるわけでもない。


『少しくらいさー。ロンテッドに魔素を分けてもらったらー? 日本の情報代を取ればいいのにー』

「あの程度の内容で情報代なんて頂けませんよ」

『これで取れないなら、この世の情報屋は全員廃業すべきだと思うわ。もったいないわねぇ。ねえ貴女、幸福な王子の童話を知ってるわよね?』

「もちろんです」


 幸福な王子は地球の童話だ。


 王子の像が自分の身体についた宝石や金箔を削って、苦しんでいる人たちに分け与えていくお話。


 日本で母親に何度も本を読んでもらってすごく好きだ。あれほど美しい話はそうはない。


「素敵なお話ですよね。私は王子像がすごく好きです。あれこそ人のあるべき姿ですよ。少しだけ辛いところもありますが」

『ふーん。なにが好きなの?』

「金箔や宝石の目が身が削れていくところです。自己犠牲はすごく綺麗で憧れます」

『自己犠牲に憧れるなんて、あまりいいとは思えないけどねぇ』


 そんなことはないと思うんだけどな。


『ああ、そう。ならいいわ。それより生き残る方法を考えておきなさい』

「助言ありがとうございますね」


 よく分からない問いだったけどいいかな。


 ともかく私はあの幸福な王子と、同じようなことをしたい。だから頑張らないとね。

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