第14話 四大勢力、賢鷹の目


 よりにもよって何故か、クラス四大勢力のうちの一人にお話ししたいと言われてしまった。


 今の俺には断るような選択肢はない。しかし何故話しかけられたんだ? 


 可能性があるとすれば俺の箱庭から砂金が出ることだが、それもこの学園においてはそこまで優れているわけではない。


 アルベンの馬鹿はアホみたいに自慢していたが、普通の箱庭より少し魔素が多く得られるくらいだ。元の世界の土地なら素晴らしい金づるだろうけど……。


 会談室へと誘われたので唯々諾々と向かい、机を挟んで対面するように椅子に座る。


 ホークエールの隣にはポニーテールの少女が、俺の隣にはベールアインがそれぞれ席についていた。


「では改めて自己紹介をしましょうか。私はイリア・ホークエールと申します。恥ずかしながら賢鷹の目と呼ばれていますね。そして隣にいるのは、私の側近であるアーミア」


 イリアはくすっと微笑みながら自己紹介してくる。


「アーミアです。偉大なるイリア様の右翼とは私のこと! 覚えて帰るです!」


 アーミアと名乗った幼い少女が小さな胸を張る。こいつたぶん十歳くらいだろ、学園に入れる年齢ギリギリだなおい。


 この学園は十代の貴族が選ばれるため、最高で十歳と十九歳が同じ土俵に立つことになる。


「私はロンテッド・エンドと申します」


 俺は自己紹介しつつ、隣に座っているベールアインに目配せする。余計な事は言うなよと圧力を込めて。


 神前盟約で俺の情報は漏らせないはずだが、それでも失言を避けさせるべきだ。


「ア、アリシャ・ベールアインです。どうぞよろしくお願いいたします」


 よし最低限の情報だけは出したし、このままさっさと話を進めてしまおう。


「それでイリア様とアーミア様が、私のような木っ端貴族になんの御用でしょうか……?」


 ペコペコと頭を下げながら、何故話しかけられたか身に覚えがないアピール。


「ふふっ。そう謙遜しなくてもよろしいですよ。私は音楽が趣味なんです、楽器の演奏や楽譜を作るのも大好きで」


 そういうとホークエールは、小さな棒のようなものを胸元から取り出した。彼女がその棒の先端に口をつけると、綺麗な音が流れていく。


「これは私のお気に入りの楽器です。うちの領地は音楽が盛んでしてね。貴方の領地は?」

「私の領地は外れでして、まともな特色はありません」

「相互理解には相手を知るのが大事です。私も話したので、貴方も喋っていただけると嬉しいのですが。ご趣味などでも」


 俺とこいつの情報は等価ではない。誰が迂闊に自分の箱庭の情報を漏らすものかよ。弱小勢力にとって情報は力なんだから。


 こいつは元の世界でも大貴族だっただろうから、そういった情報は調べれば手に入るだろうしな。俺の日本とは前提からして違うのだ。


 俺が黙り込んでいると、ホークエールは小さく笑った。


「ふふっ、残念です。ちなみに下手に出る必要はありません。いえ言い換えましょうか、演技をすることもありません。貴方の本性とお話したいですね」

「……なんのことでしょうか?」


 思わず心臓が跳ねたが上っ面に笑みを張り付けて返事する。


 本性って俺の腐った性根がバレているのか!? そんなバカな!? 外では決して態度も顔に出してないんだぞ!?


 領民にもずーっと隠しきれていたのに、たかが何度か見ただけの奴にバレている!?


 なら他の奴にも俺のことが知られているってことか!?


「ご安心ください。貴方の本性に気づけたのは、私だからです。私は目が他者より優れてましてね。ほんのわずかな、常人なら分からない口角の筋肉の動きも視認できます。先ほどおにぎりを売っていた時も、ほんのわずかに悪辣に上がってましたから」

「……気のせいでは?」

「イリア様の目に狂いはないです! アーミアにはまるで分からないですが、イリア様がそうと言えばそうなのです!」


 ……どうやらこのホークエールという少女が、異常に勘が鋭い可能性が高いな。


 なにせ俺は上っ面を鍛えに鍛えて、両親からも「これならバレない」と言われている。事実、他の貴族どもとのパーティーなどでも察知されていない。


 俺のような木っ端が他の貴族の不興を買えば、その時点で激怒されるに決まってるからな。


 なのにバレてるとはよ……だがご丁寧に自分から認める必要もないだろう。


「そんなことはありません。私は善人とは言わずとも、悪い人間ではないと自覚しております」

「ふふっ、ではそういうことにしておきましょう。では本題に話を進めさせて頂きますね。エンド男爵、私の陣営に入りませんか? 私は貴方の力を高く評価しています」


 顔をしかめそうになるのをこらえる。


 いきなりの勧誘は流石に予想外だ。砂金に米と日本の価値を見せすぎたか……?


 砂金の情報は隠しておくべきだったかもしれない。いやでもアルベン子爵への怨みが耐えきれなかったから……。


「……何故、こんな木っ端の私を誘うのですか?」


 とりあえず話を繋ぎつつ、目の前の少女の狙いを確認する。


 しかしどうするかな……俺としてはどの陣営に入るかは、まだ様子見していたいのが本音だ。こいつは確かに四大勢力の一つかもしれないが、勝ち馬かは全く分からない。


 いやそもそも現状では四番手なことを考えれば、負け馬になる可能性が高いのだから。俺は勝って他の貴族の輩どもの上に立ちたいんだっ……!


 奴らが散々見下していた俺に、見下されてる気持ちを味合わせてやりたいんだよ!


 少しの沈黙の後、ホークエールはいつの間にか出されていた陶器のカップに口付けた。


「この学園で勝ち抜くには、なにが必要かと思いますか?」


 ……質問が帰ってこずに、別の質問を投げかけられてしまった。答えてくれよ!? と思うが木っ端貴族としては相手に逆らえない。


「……豊かで優れた箱庭でしょうね」

「確かにそれもひとつの要因ではあるでしょう。ですが私はそれに劣らぬ、いえそれ以上に重要と考えていることがあります。貴方なら分かっているのでは?」

「…………はて、木っ端には見当もつきません」


 一言を慎重に返す。ここからは迂闊な言動は避けねばならない。


 こいつが俺に目を付けた理由に、なんとなく心当たりがあるからだ。


「貴方はあの島国を選びましたね。箱庭を変更するならば、選ぶ基準は土地の外観だけです。その基準であればあの島国は、おそらく最高位に値する土地でしょう。私が貴方の立場でもあの箱庭を選びます」

「……偶然ですよ。たまたま選んだのがアレだっただけです」

「土地ランクは低かったようですが、そこは完全な運なので致し方ありません。そして貴方は周囲に対して、自分を偽り続けている。まだ情勢が分からぬうちは動かず、誰の派閥にもついていない。見事な立ち振る舞いです」

「…………」

「ここまで言えばお分かりでしょう。どうですか? 私の下につけばそれなりの待遇を約束しますよ」


 ホークエールはにこっと笑って、俺に手を伸ばしてくる。可愛い見た目だが悪魔のほほ笑みにしか見えねぇ……。


 …………どうやらこいつの狙いは日本ではない雰囲気だが。


「……申し訳ありませんが、まだ決めかねています。ホークエール様のお誘いは非常にありがたいのですが」

「ふふっ。そうでしょうね。この場で即決されたら、逆に困ってしまいました」


 そう告げるとホークエールは立ち上がった。


「今日は貴方と話をするのが目的でした。ですがやはり私の目に狂いはありませんね」

「どうでしょうね」

「まだ柔らかく話すのは難しそうですね、残念です。それとお近づきの印にこちらを差し上げます」


 ホークエールは先ほどの棒状の楽器を、俺に手渡してきた。


 タダほど怖いものはないが、ここで受け取らずに角が立つのも困りものだ。


 少し迷ったが観念して楽器に手を伸ばす。


「では失礼しますね。また授業でお会いしましょう。そろそろ貴方も出席し始めるでしょうから。行きますよ、アーミア」


 そう言い残すとホークエールは立ち去っていく。


 そうして部屋から出て行って扉が閉まったので、俺はようやく大きく一息吐いた。


「ふぅー……疲れた。ずっと一挙一動を見られてた……」


 思わず椅子にもたれてぼやいてしまう。あのホークエールとかいうやつ、本当に目が常に俺を見張ってやがる。


「そ、そんなにだったのですか?」


 心配そうな顔をしてくるベールアイン。彼女は疲れた様子を見せていない。


「少しでも迂闊な挙動をすれば、喋らずとも心中がバレる気がした。賢鷹の目とはよくいったものだ。鷹に狙われる獲物の気分を味わったよ」

「そ、そうなんですか。私はまったく見られてなかったので……まるで眼中になかったかのようでした」


 ……実際になかったんだろうなぁ、とは流石に言わないでおこう。


 なにせホークエールが俺を求める狙いを鑑みれば、ベールアインに価値はなさそうだからな。俺が彼女でもそう判断を下すだろう。


「ちなみにあの。ホークエール様がロンテッドさんを求める理由は、なんだったんですか?」

「自分で考えてみるんだな」

「……わかりました」






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 イリア・ホークエールは自室に戻っていた。


 彼女の部屋にはいくつかの楽器が飾っていて、アーミアはその一つの弦楽器を引いて音を奏でている。


「ふふっ、いい音色です。また新曲を作りたいですね」

「完成したらまた弾かせてもらいますです! でもあの、さっきの木っ端貴族はいいのです? イリア様のお誘いを断るなんて生意気です!」


 アーミアは器用に演奏しながら、怒りの声をあげる。


 それを見てイリアはクスクスと笑い始めた。


「最初は断られると思ってましたからね。それに収穫もありました」

「収穫です?」

「はい。砂金におにぎり……彼の持つ箱庭は、少なくとも最低ランクの土地ではないことが分かりましたから」

「えっ? でも石板に聞いたら最低ランクと書いてあったですよ?」

「あのランクの計算式は、決して完璧ではなさそうですので」


 イリアは気分よさそうに鼻歌をすさみながら、さらに話を続けていく。


「バザーの時、彼はおにぎりとやらを売っていました。そしてしっかりと売れていましたね。であればあの土地はよい穀物が、それなり以上に獲れることになります」

「それがどうしたです?」

「海に四方を囲まれた立地で、砂金が大量に採れて作物が豊か。そんな条件の土地が大外れとは思えません」


 ホークエールはバザーの時から、ロンテッドを視察していた。


 かなり離れた場所から持前の視力で確認していたので、ロンテッドは全く気づけなかった。


「でもあいつ、お腹を鳴らしていたです。自分が食べる量を削ってるだけで、量は大したことないですよ」

「それが収穫量を偽造させる策だとしたら? まるで一週間ずっと溜め続けたのがあの米の量と思わせて、実は一日で収穫できる量だったり」

「あの小さな島国でそれは難しいと思うのです。でもイリア様がそういうならそうなのです!」

「ふふっ、ではこれからは彼のことを調べてもらえますか? 貴女の優秀な耳で」

「わかりましたです!」

「ありがとう。最大勢力になるには、色々な力が必要ですからね。そう、決してひとつの力では無理……」


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