第11話 諜報力を強化しよう
この学園に来てから八日が経った、
俺は先日の授業からずっと自室に引きこもって、石板から学園の情報を教えてもらっている。
『箱庭の魔物は外に出せます。箱庭外では人に危害を加えられませんが、色々と使い道はあるでしょう』
「例えば?」
『他の生徒に見せびらかしたり、おにぎりを焼いたりなどですかね。魔物によって出来ることは大きく変わります』
「ふーん。そういえば魔物って裏切ったりするのか?」
『裏切るというのは箱庭の仕組み上不可能ですが、嫌われると命令を聞いてくれない可能性はあります。ただ基本的に魔物は、召喚主のことが大好きですよ。親みたいなものなので』
砂金によって魔素が溜まり始めているので、そろそろ魔物を追加で召喚したい。
というのも来月の他の生徒との戦争に向けて、魔物の運用について少しは考えたい。
そのために用意しておきたいというわけだ、急に用意した魔物を使いこなすのは難しいからな。
「というわけで今日は新しく魔物を召喚しようと思う」
俺は自室にベールアインを招いて、いつものように相談をしている。
彼女には連絡するのには、石板の音声通話? とやらを使った。こいつなんかムダに色々と出来るな……。
部屋に誘った理由は日本の情報を得たいからだ。外で迂闊に話すとどこに聞き耳があるか分からないので、ダメ元で自室に招いたら普通に来てくれた。
すごく不用心だよな。男の部屋にひとりで来るなんて……。
「えっと。今は河童三体ですよね?」
「そうだな。だがこいつらだけではどう考えても不足だろう」
河童は優秀ではあるが、陸上ではあまり運用できない。頭の皿が渇いて死んでしまうそうだ。
そもそも優秀でも三体では厳しいだろう。どう考えても戦力不足である。
「おい石板。今の魔素量はどれくらいだ?」
『4000ほどになります』
魔素はそれなりに溜まっている。これなら強い魔物を召喚するのも不可能ではない。
「よし新しく魔物を召喚するか」
「いいと思います。どんな魔物を召喚されるんですか? アンデッドとかですか?」
開口一番、ベールアインが俺を罵倒してくる。
「おい、俺にアンデッド使役が似合うと言いたげだな」
「すごくお似合いですよ!」
『むしろ貴方自身が怨霊ですし。悪霊の大将面すればいいんじゃないでしょうか』
クソ石板はいつものことだからいいとして、ベールアインまで真剣な顔で告げてくる。
……なんか背筋がゾワッとしたぞ? なんだ?
なにかいるのかと周囲を見渡したが特にいない。いったい今の感覚はなんだったのか。
しかしベールアインは悪口を言わない性格と思っていたのだが、俺の勘違いだったようだ。
いや俺が気づかない内に、彼女を怒らせてしまった可能性があるか。なにせ俺は性格が悪いので、油断すると汚い言葉が漏れるからな。
自覚せずに相手を不快にさせてしまっているかも。
「……アンデッドは召喚しない。海に囲まれた日本では使いづらいだろうからな」
アンデッドの魔物は泳げない奴が多く、そもそも日本に適してないので選択肢に入らない。
他の箱庭の攻めに使うのも微妙だ。奴らは動きが鈍重なのが多いから使いづらい。
やはり攻めは機動力が重要だと思うんだよな。敵が対応できないほどの速さで攻めて、一気に撃滅してそのままの勢いで勝利する。
これぞ最強の戦術だ。実際はそう簡単には勝てないけど、好機時に機動力がないとそもそもうまく攻めきれないからな。
「そうですか……じゃあどんな魔物を召喚するんですか?」
「諜報のできる魔物だ。他には防衛用の魔物も候補だったが、まだ戦いまでに時間はあるからな」
色々と石板に聞いて考えたんだが、やはりまずはこの学園で生き残ることに重点を置くことにした。
生き残るのに重要なのはやはり防衛力、そして情報だ。防衛力があれば攻められても大丈夫だし、情報があれば敵対してはダメな勢力なども分かる。
この二つを持てばそうそう滅ぼされることはないだろう。
そして諜報活動や情報収集ができる魔物がいるらしい。箱庭から外に出すことで、なにやら色々出来るようになるとか。
情報を集める時間は多い方がいいだろうし、ひとまずお試しで一体召喚してみようかなと。
「それで召喚できる魔物を見てたんだが、忍者というのがいてな。知ってるか?」
「忍者というと忍びの里で暮らしていた集団で、伊賀や甲賀が有名ですね。他には乱波や透波など色々な名称がありました。基本的に敵城や敵国に忍び込んでの、諜報活動を生業にしていましたね。当時の有力者も忍者を……」
ベールアインは忍者についての知識を思ったより長く語り始める。
詳しいなこいつ。日本では忍者のことは知ってて当たり前なのか?
仮にも諜報活動をしていた奴らが、そんなに知れ渡っているのはどうなのだろうかと思わなくもない。
「それで魔物化した忍者を召喚出来ると聞いてな。やってみようかなと」
「面白そうですね。楽しみです」
「そういうわけだ。蜘蛛忍者とやらを召喚しろ」
『はいはい人使いが荒いんですから』
石板に命じると、事前に出していた箱庭の中に光が灯った。
そして日本の中心部あたりに小さな人らしきものが現れる。
「あ、三重県に召喚されましたね。なら伊賀の忍者でしょうか」
ベールアインに都道府県を習ったので、彼女が場所について話しているのは理解できた。
さてここからだ。以前に入学式で見たように、魔物を箱庭の外に呼び出すのを試すか。
試しに出てこい出てこいと念じると、俺の目の前の床に魔法陣が出現する。
そして陣の上に光が集まり人の形を象って弾け、そこには小さな少女がいた。
人の年齢なら十二歳だろうか。肌も髪も色白だ。顔立ちは整ってこそいるが、大人しそうで少しクールそうな雰囲気。
それになにやら真っ黒で変わった衣装を着ている。
『彼女が着ているのは忍び装束と呼ばれる、あえて地味にした黒い布地の衣装です。忍者の標準衣装となります』
すると俺の心を読んだ石板がすかさず説明してきた。こいつ仕事はきっちりこなすんだよな、余計なこと多々言うだけで。
さてこの蜘蛛忍者ちゃんは、俺の情報戦の要になってくれると期待して召喚した。なので命令を無視されないように、なるべく好かれるように喋るか。
「やあ。私が君を召喚した者だ。これからは私の指示に従って欲しい。だが安心してくれ。無茶な命令は出さないし、なにか私に不満があれば改善を心がけよう」
いつものように印象がよくなる上っ面善人を装う。これで初対面から嫌われることはないはずだ。
そもそも召喚主を嫌う魔物が、そうそういるとも思わないが。
「拙者は蜘蛛忍者でござる。非常に不本意ではありますが、殿の命令に従いまする」
蜘蛛忍者ちゃんは無表情ながらも、明らかに不機嫌な言葉づかい。
……なんかいきなり嫌われてない? なんで? 俺の本性がバレたのか?
いや落ち着け。ここは話が分かる男アピールをするのだ。相手が求めていることを叶えれば、そこまで悪い関係にはならないはずだ。
「は、ははは。なんで不本意なのか、改善のために教えてもらえるかな? 俺の言動がなにか気に障ったかな?」
「危険を伴う任務を行うのが不本意でござる。可能であれば平和に暮らしたく候」
「……あ、そう」
流石にそれはちょっと改善できそうにない。
魔物は箱庭の戦力として召喚しているので、そりゃ危険なこともお願いするよ。戦えない兵士など役に立たないのと同じで。
…………とりあえず頼みたかったことをお願いしてみるか。
「えっと。俺のクラスの情報を集めて欲しいんだけど……」
「……承知。殿の命令とあれば致し方あるまいでござる」
不承不承と言った様子で蜘蛛忍者ちゃんは頷く。そして懐から小さな球のようなものを取り出すと、床に向けて投げつけた。
球が破裂して煙がモクモクと現れる。煙がなくなった後に彼女の姿はなかった。
……なんか面倒なの召喚しちゃったなぁ。
「おいクソイワ。なにが魔物は召喚主のことが好きだよ。すごく嫌われてるじゃん」
『嫌よ嫌よも好きの内と言いますよ』
「いや嫌いだろ」
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