第10話 協力者ゲット


「では何故お前は日本のことを知っている? 改めて話してくれ」

「私は元々、日本で平民として生まれ育ちました。でも車にひかれてしまい、気が付くと別人になってこの世界にいたんです」

「別人になったとはどういうことだ。それに車とは?」

「身体が変わっていました。車というのは……信じられないほど速く走る、馬のいない馬車の荷台と思ってください」


 それは馬車なのか? と思ったが話が進まないし、重要ではないので流しておく。 


 気が付くと別人にというのは信じがたい。


「おい石板。ベールアイン令嬢の言葉は真実か?」

『私が答えられるのは、学内のルールや情報だけです。生徒の言葉の真偽など聞いても応えられません。そんなことも分からないのですか、クソガキ』

「チッ……。じゃあ日本の情報は、この学園で手に入れることはできるのか?」

『無理です。それが出来てしまうなら、箱庭を選び直すことのリスクが極めて減ってしまいます。あの箱庭交換で得するのに必要なのは、情報収集力ではないので』


 ベールアインがこの学園で日本の情報を知るのは無理と。


 なら転生などというバカげた話が本当になってしまうのか。この学園自体がふざけているからセーフか?


 チラリと目の前の令嬢に視線を向けると、不安そうに俺を見ている。なんというか貴族特有の不快さが、こいつからは全く信じられない。


 もしこいつが普通の貴族だったなら、俺はとっくの昔に憎悪か怨嗟を心に浮かべていただろう。平民として生まれ育ったのは嘘ではないか。


「……お前が日本の転生者なのは納得したことにする。それでそちらは俺になにを聞きたい?」


 ため息とともに口を開く。


 聞いた以上、向こうの疑問にも答えるのは礼儀だろう。本音は面倒ではあるのだが、こういったことは大事と教えてもらった。


「えっと、じゃあなんで日本を……」

「あ、ちょっと待て。その前に俺にも神前盟約をしろ。お前の情報を漏らさないように約束させておけ」


 俺だけ一方的に情報を漏らせると言うのは不公平だ。


 こういった相手への心遣いを忘れると、悪人まっしぐらに見えてしまうと。


「え? あ、はい。では神前にて約す。ロンテッドさんは、私の情報を漏らさないでください」

「わかった」


 また俺とアリシャの間に光の線が出現して消える。


「それで俺への問いはなんだ?」


 すると何故かアリシャが黙り込んでしまったので、聞きたいことを言うように促した。


「えっと。ロンテッドさんは、日本からの転生者じゃないんですか?」

「おそらく違う。日本どころか、転生とやらもよくわからない。そんな魔法も聞いたことがないしな」

「じゃ、じゃあなんで箱庭に日本を選んだんですか!?」

「守りやすい土地だと思ったからだ。四方を海に囲まれている天然の要塞は、俺の求めている条件に合致した。実際、この日本とやらも周辺国から攻められなかったんじゃないか?」


 もし俺が日本を攻めろと言われたら、途方に暮れるだろう。


 船でしか攻められないというのは本当に厳しい。


「そ、そうかもですね? たしか外国と戦争になったのは、あまりなかった気がします……」

「だろうな。攻められるのもないだろうし、逆に日本から他の国に攻めるのも難しそうだし」


 周囲全て海に囲まれてるということは、他国に攻める場合も船がいるからな。守りは強いが攻めは不自由だ。


 だがこの箱庭戦争においては攻めのデメリットはない。魔物を箱庭の外に呼び出せるということは、海を渡らずに外に出せるということ。


 つまり他の箱庭に攻める時には船はいらないのだ。攻められたら海で防衛できるのに、攻める時は渡らなくていいとは最高だ。


「……つまりロンテッドさんは、日本から来た人じゃないんですね」

「違う」

「残念です。同郷の人に会えたかと……」


 ベールアインはすごく悲しそうな表情になった。


 だが俺に出来ることはないな。ここで慰めたところでなにも変わらない。


 俺だって貴族を憎悪している時に、他人に気休めを言われても余計に怨み狂うだけだ。なので自分に都合のいいように動かせてもらう。


「ベールアイン。お前に頼みがある。日本のことを俺に教えてくれないか? 自分の箱庭なんでな、なるべく詳しく知っておきたい」


 俺はこの日本という土地について、知っていることがほとんどない。


 自分の領地のことも知らない者が、この学園戦争は生き残るのは難しいだろう。戦いにおいて自軍の情報を把握するのは重要だ。


「日本を知りたい……もちろんいいですよ!」


 ベールアイン令嬢は少し元気を取り戻して、俺に笑いかけてきた。


「それは助かる。どれくらいの金で教えてくれる?」


 さて情報の対価として、どれくらいの謝礼をふっかけてくるかな。さっきの授業に出ていたなら、俺が砂金で儲けているのも分かっているはずだ。


 ふっかけられるかもしれないが、一時的な損よりも情報の方が大事……。

 

「え? お金なんていりませんよ? 大したことじゃありませんし。それに私も日本のこと、久々にお話したいですから」


 だがベールアイン令嬢は、あまりにも理解不能なことを言い出した。


 頭をフル回転させて、目の前の少女の狙いを考える。


 こいつが俺に情報をタダで教えるメリットは……恩に着せておいて、後で回収するつもりか。


 ならその考えに乗るとしよう。ひとまず今は少しでも日本に関する情報が欲しい。


 特に地理的知識だ。防衛において地の利は最重要まである。


「それは助かる。じゃあまずは分かる範囲で地理を教えて欲しい。各島が呼びづらくてな、名前があるなら教えてもらいたい」


 俺は箱庭を出現させながら教えを乞うことにした。


「いいですよ。えっと、北にある三角形みたいなのが北海道で……」


 そうして俺はベールアイン令嬢から、日本のことについて色々と教わっていく。


「お米はすごく美味しいんです! また食べたいなぁ……日本の主食で、毎日お米を食べてました! 日本人たるもの米と言う人もいましたので」

「そんなになのか?」

「そんなにです!」


 ベールアイン令嬢はすごく熱く米について語ったり、


「……国土が四十倍以上広い国に、戦争で勝っただと? そんなバカな」

「嘘じゃないですよ。学校で習いましたから」

「あり得ないな。俺を騙せると思うなよ」

「本当なんですよ!?」


 歴史について教えてもらったり、


 こうして俺は日本についての情報源を得ることができた。


 日本は魔法がない代わりに科学があるとか、ずっと国王(?)が変わらない特異な国のようだ。


「久々に日本のことを話せました。誰かに話したところで、空想の話としか思われなかったので」


 ベールアイン令嬢はホクホク顔だ。


 そりゃこんな荒唐無稽な話、俺だってこの学園に来る前なら微塵も信じなかっただろう。


 ……ふむ。この少女の情報には価値があるので、今後も口を軽くしてもらうべきか。


「おい石板。さきほど箱庭に米を追加で植えたので、それなりの量が収穫できるはずだよな? まだ塩おにぎり作れるか?」

『一つ分ならば』

「じゃあ出してくれ」


 そう告げた瞬間、手元に白いおにぎりが出現する。


「今日は助かった。これは情報代だ。また教えて欲しい」


 俺はベールアインに向けておにぎりを差し出すと、彼女は目を輝かせてガン見している。


「い、いいんですか!?」

「礼と言っただろう。受け取ってもらわないと困る」

「あ、ありがとうございます!」


 ベールアインは俺からおにぎりを受け取ると、ゆっくりと口づけて食べ始めた。


 よく見ると彼女は目に涙を浮かべている。よっぽど思い入れのあるものなのだろう。


 ふむ。どうやらおにぎりを与えていれば、これからもこの少女から日本の情報を得られそうだな。


「これからも色々と教えて欲しい。礼におにぎりを渡すから」

「もちろんいいですよ! お礼がなくても教えてあげます!」

「いやちゃんと礼は渡す。タダ働きなど信用できない。傭兵とか簡単に逃げ出すからな……土地とかを質にしないと」

「……わかりました。ありがとうございます」

 

 一方的に搾取する関係など続かな……ッ!?


「……ッ!?」

「ど、どうしたんですか!?」


 石板で頭を守りながら焦って周囲を見回す。だが俺を狙うような敵はいないし、隠れられるような場所もない。  


 でもゾワッとした感覚に襲われたぞ!? 手首辺りを見ると鳥肌が立っている。


 まるで戦場で敵に弓で狙われた時と同じような、殺意を向けられたに等しい感覚があった。


 ……気のせいか? だがあの狙われるような感覚は、そうそう感じるものではない。


「……なんでもない」


 とりあえずベールアインには誤魔化しておく。


 念のために話が終わった後、部屋を荒らしたが特に隠れている者はいなかった。

 

『あの部屋に入れたのは、クソガキとアリシャ・ベールアインのみです。貴方たち二人が両方とも許可した者以外は、絶対に何人たりとも入れません』


 クソイワにも確認してみたが、あそこには誰もいなかったようだ。


 うーむ、納得しがたいが……じゃああの妙な感覚はなんだったんだ?


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