第9話 神前盟約
いきなり話しかけてきた少女が、何故か日本という単語を知っていた。
バカな!? 俺は一言も日本だなんて喋ってないのになぜだ!?
いや落ち着け。なんにしてもこの教室で話すのは得策ではない。
「なんのことかよくわからないですが、お話ならこの場所ではちょっと……」
「あっ!? す、すみません! つい……」
少女は必死に頭を下げて謝ってきて、腰まで伸ばした緑色の髪が揺れる。
……貴族なのに簡単に頭を下げてくるとはなんて怪しい奴だ。そういうのは大抵、なにかの裏があるに決まっている。
なにせ俺が頭を下げるならほぼ確実に裏があるからだ。
「いえいえ。どこか落ち着いて話が出来る場所なら、全然かまいませんよ。ただあまり外には聞こえないところがいいですね」
俺としてもこの少女を逃がすわけにはいかない。
こいつがどうやって日本を知ったのか、またどのくらいの情報を得ているのか。それがわからないと、今後の行動に差し支えてしまう。
手の内が全部知られてるとなれば流石にマズイ。日本の価値を全て知られたら、
「そ、そうですか? じゃあ食堂は……周囲に目がありますね。うーん……」
食堂なんてあるのか。
俺が箱庭を選んでいる間に、他の生徒たちはそういった情報を仕入れたんだろうな。バザーの件みたいに。
チッ、やはり俺は遅れてるか。帰ったらさっさと取り戻さないとな。とりあえず今日と明日は寝ずにやるべきだ。
そんなことを考えていると、少女は少し考えた素振りを見せた後に。
「じゃあ会談室を借りましょう。ガイドブックによると防音設備も完璧で、生徒同士の同盟交渉などに使う場所と」
「そんなものがあるのですか。では場所を調べますね」
愛想笑いを浮かべながら、手元に石板(ガイドブック)を呼び出す。
こいつはどうやら俺の意思で出したりしまったり出来るらしい。石のくせに。
とりあえず石板に会談室の情報と場所を教えろと念じると、この少女と同じ内容が刻まれていく。
このクソ石板の記載内容は真実。そう思わないとこの学園ではやっていけないだろう。
その考えに基づけば、少なくとも会談室は本当のようだな。防音設備があるならいいか。
「わかりました。では向かいましょう」
そうして俺たちは廊下を少し歩いて、会談室とやらに入った。
部屋の内装は白い木の壁ではなく、机や椅子が揃っていてさらにカーテンなどもある。
例えるなら貴族屋敷の応接間のような場所だった。真っ白な部屋は落ち着かないのでこちらのほうがいいな。
……他の男が待ち構えていて、俺を殴って来るとかはなさそうだな。もし来たら石板で迎撃する準備はしていたが。
「ええと、私はアリシャ・ベールアインと申します。日本では有栖川彩音という名前でした」
対面で椅子に座ると、少女はそんなことを言い出した。
日本ではアリスガワアヤネ? まったく意味がわからないことを言って、俺を混乱させて情報を引き出すつもりか?
「私はロンテッド・エンドと申します。ところで日本では、というのはどういう意味でしょうか?」
怪訝に思っていることは出さずに、張り付いた笑みで対応を心掛けた。
「えっ?」
するとベールアインとやらは、逆に困惑したような仕草を見せてくる。
少なくとも演技には見えないが……。
「ロ、ロンテッドさんは元々日本で生きていて、何故かこの世界に転生してきたとかじゃ……」
「え、えっと。仰ってる意味がよく分かりません……」
このベールアインとやらは嘘が下手過ぎるのか? それとも正気か? それなら病気だろう。
……と言いたいところなのだが、ではなんで日本という名前を知っているのかが不明だ。
そもそもこの神の学園自体が意味不明なので、この少女の言葉を笑えないのが悲しいところだ。
「あ、あの! じゃあロンテッドさんはどうして日本を箱庭に選んだんですか!? 日本出身でないのに」
……その答えは迂闊に回答できない。
日本を選んだのは周囲を海に囲まれた立地狙いだ。だがそれを周囲に知られたくはない。
周囲には勘違いしていて欲しいのだ。無能な俺がなにも考えずに日本を選んだと。
「弱りましたね……私としてもベールアイン殿に返答はしたいのですが、迂闊に答えると情報が漏れてしまう恐れがあります。なにぶん小さな箱庭ですので、僅かな情報も命取りになるのですよ」
「じゃ、じゃあ神前盟約はどうですか?」
「神前盟約?」
またよくわからない単語が出たぞ。本当に四日間のロスは痛かったな、日本が手に入ったからよかったものの。
「この学園のルールで、絶対に破れない約束を結べるらしいです。例えば生徒同士で同盟を結んだり、約束をする時に使うといいと」
「そうなのですか。ではやり方を調べますね」
ガイドブックを手元に出して念じると、神前盟約の説明が刻まれていく。
『神前盟約で誓った約束は、生徒である限り絶対に破れません。例えば生徒同士で同盟すれば、絶対に裏切れなくなります。破ろうとすること自体が不可能になります』
不可能になるとはどういうことだ?
『例えばアリシャに情報漏洩禁止を命じるとします。すると彼女が貴方の情報を誰かに告げても、その声は誰にも聞こえないようになります』
ふーむ。絶対に破れない約束事か。
ベールアインにこの神前盟約で、日本のことを漏らさないようにさせればいいと。
『神前にて約す、と告げた後に約束を言って、相手が同意すれば結んだことになります』
なるほど。このままではらちが明かないし、これを使ってみるしかないか。
「わかりました。では約束して頂きたい内容は、私のほうで決めさせてよろしいでしょうか?」
「もちろんです。私はお話を聞かせてもらっている側ですし」
アリシャの同意も得たので、内容はさてどうするか。よし、決めた。
「では神前にて約す。ベールアイン殿は、私に少しでも関係のある情報は、僅かでも他人に漏らさないように誓って頂きたい」
「わ、わかりました」
すると俺とアリシャを結ぶように、光の線のようなものが出現して消える。
……これで盟約を結べたのか? いや結ぶってそんな直接的なことだったのかよ。
どうなんだ、ガイドブックよ? と思うと、石板に文字が刻まれていく。
『アリシャ・ベールアインは、貴方の情報を一切他人に伝えることが出来ません。箱庭のことはもちろん、性格、性癖、好み、親族などに至るまで全てです』
へぇ、それはそれは。
なんかすごく悪いこと出来そうなルールだな。相手を騙して奴隷契約とか結ばせることも不可能ではないかも。
まあしかしだ。この神前盟約は本当であるのだろう、光の線まで出現するくらいだし。そもそも石板のことは疑わないと決めたのだ。ならば、
――この女の前では、もう猫を被る必要もないよな。
「よしアリシャ・ベールアイン。知っている情報を全て話してもらおうか。俺もお前の回答次第で答えてやる」
「な、なんか急に態度が変わりましたね……?」
「これが素なんでな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます