第8話 うらみつらみ
日本という箱庭を選んだ次の日の朝。俺は自室のベッドから起き上がるやいなや。
「おっしゃあ! 今日から怨みを晴らすために頑張るぜぇ!」
『爽やかな朝からクソみたいな発言ですね』
復讐の炎に燃えていたところ、石板にさらに文字を書かれていく。
『ところで今日は必須の授業があります。各生徒の箱庭紹介です』
「サボるわ」
箱庭紹介なんてしてたまるかよ!
この黄金の国ジパングは間違いなく素晴らしい箱庭だ。なにせ黄金を日々大量に生み出せるのだから、知られたらすぐに狙われてしまうだろう。
この学園は領土ならぬ箱庭の奪い合いなのだ。武力のない豊かな土地など、奪ってくれと言っているようなもの。
なので少なくとも魔素を溜めて力をつけるまでは、この日本の価値を隠し通さないと。紹介なんてもってのほかだ。
なのでサボり一択である。
『特段の事情なしに出ない場合は、強制的に召喚されて出席になりますが』
チッ、サボり対策してやがる……! ならば!
「わかった。今から腕の骨でも折って休む」
『例え死体になっても召喚されますが』
「クソが」
欠席を許さないとはひどい学校め! 生徒の身体をなんだと思ってるんだ!
『ご安心ください。入学してから一か月間は戦争が禁止されています。なので力を蓄える前に攻め滅ぼされることはないです』
「先に書けよ」
『本来なら授業で説明されてるんですよ、クソガキ。授業出なさい』
ぐうの音も出ない正論である。さてどうするかな。
「紹介ってのは大嘘ついてもいいか?」
『構いません。ただし先ほどの土地評価は、他人の箱庭でも見れますよ』
「魔素排出量とかの細部情報も見れるのか?」
『それは無理ですね。他者の箱庭に関する情報収集は、この学園の肝のひとつですので。現実でもそうでしょう? 相手の土地の情報を知るのは大変ですから』
あのエセ総合評価だけ見られるのか。
だが総合評価の判定はかなり雑なので、たいして参考にできなさそうだ。
「ちょっと聞いておきたい。あの総合評価ってどういう計算式なんだ?」
『(作物収穫+魔物生息+国家技術)×魔素排出量+地下資源 です』
なるほど。この計算式だと魔素排出量がゼロならば、作物収穫と魔物生息と国家技術もゼロになる。
つまり日本の総合評価は、実質地下資源の数値しか入ってないと。それだと地下資源が測定不能なほど多くても、最低値になることが納得できる。
「……道理で魔素排出量ゼロの日本が、最低評価になるはずだ。雑過ぎるだろこの式」
『本来、箱庭は魔素がなければロクなことができませんので。狭い土地でありながら、ここまで黄金の出る箱庭など計算に入っていません』
「計算式だけにか。想定外に式はあてはめられないと」
『そうですね。普通の土地や箱庭なら、この式である程度正しい評価になるんですよ』
雑とは言ったものの、式として間違ってないように見えてきた。
なにせ作物収穫や魔物生息は、魔素がなければなにも出来ないからだ。国家技術はよくわかってないが、おそらく前者二つと同じ感じなのだろう。
なので三つを足して魔素でかけるというのは直感的に理解できる。
そして地下資源は魔素がなくても採れるので、魔素とは別枠で足していると。
「確かにこれは、計算式が悪いというよりも日本が例外ぽいな」
この総合評価計算式は俺にとってすごく都合がいい。
一か月の停戦期間があるならば、日本の価値が少しくらいバレてもなんとかなる。だが別に自分から情報を漏らす意味はないだろう。
なら少しくらい演技で弱く見せるか。
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俺は白い大理石で造られた神殿寮を出て、白い木造建築の校舎へ移動した。
ちなみに自分で教室に向かわなくても、時間になったら召喚されるらしい。ただこの学園のことを知りたいので少し早めに向かっている。
ちなみにどうでもいいが、寮と教室は同じ屋根の建物だ。作りは素材からして全く違うのに謎過ぎる。
俺が歩いている廊下もだ。壁も床も気持ち悪いほど真っ白で薄気味悪い。
『次の廊下を右に曲がって、道なりに進んでください。そうすれば目的の教室につきます』
石板の道案内を見ながら歩き、無事に部屋へとたどり着いた。
そこは机や椅子どころか家具すらない、なんとも殺風景な部屋だ。
すでに大半の生徒は揃っていて立ち話をしているようで、ちらちらと話し声が聞こえてくる。
「私の箱庭には港があるので、魚が獲れるんだよ。箱庭から魚料理を出したら美味いのなんの」
「わが領地は鉱山資源が豊富でね。鉄がかなり採れるんだ。ほらこの剣を見てくれ」
「なんの私の領地には大型の魔物がいたことがあってね。魔素が溜まれば強い魔物が低コストで召喚できる」
知らない奴が多いな。元の世界の国々の貴族が集まってるから、そりゃそうではあるんだが。自国の貴族すら全員は知らないのに、他国の奴なんてわかるわけがない。
そうなると今回の領地紹介は重要だな。ここで周囲の情報を仕入れておけば有利になる。
などと考えていると、
「はい皆さん注目! ハルカ先生ですよー! 今日は自分の領地の自己紹介をしてもらいます! ここでアピールしておくと有利ですよ! 例えばバザーで店を出す時に、私の領地には港がとかで!」
……バザーのルールがよくわからない。いや俺たちが店を出すとか、そういう感じのやつだと予想はつくのだが。
なお周囲の生徒たちは納得したような顔をしている。
たぶんだが俺が箱庭を選んでいる間、他の奴らはガイドブックで学園ルールを勉強したのだろう。俺もこの授業が終わったら急いでしないと。
遅れを取り戻すためにも今日は寝ないの確定だな。
「じゃあ名前を呼ばれた人は、前に出て箱庭を出してくださいね!」
いつの間にか現れたハルカ先生によって、さっそく自分たちの領地の自己紹介。いや自慢発表が開始された。
名前を呼ばれた奴は皆の前に出て、箱庭を出して自慢話をし始める。
「我がベスター領はワインが自慢でね。当然だが箱庭からも質の高いワインが出せる。いずれバザーで出す予定なのでよろしく」
「私のアルベン領は金鉱山があってね。なんと毎日、砂金が一粒採れるんだ」
「港があってね。魚が獲れるし、海の魔物を育てられるのだ!」
貴族どもはそれぞれ、ワイン瓶や砂金一粒を見せびらかしてくる。
くくく、助かるなぁ! わざわざ自分の土地の情報を漏らしてくれるとは!
まあ腐れ貴族どもは自己顕示欲が高いからな! 情報を隠すよりも価値を自慢するのだろう。
あるいは自分の土地の豊かさをアピールして、強くて攻めづらいと宣伝する策の可能性もあるけど。
「じゃあ次はロンテッド君、お願いします!」
俺は他の生徒の前に出る。生徒たちの中に、あの憎きアルベン子爵がいるのも確認できた。
いやそもそも大半の貴族が憎いのだが、アルベン子爵は特にというか。
周囲から注目される中、さっそく箱庭を出現させて……。
「どうかお恵みください……! 元の土地があまりにも貧しく、逆転しようとしてランク最低の箱庭を引いてしまいっ! 魔素がなんとゼロで、ろくに食料も出せず……!」
嘘は言ってない。決して嘘は言ってない。真実が曲解して聞こえるように言ってるだけで。
すると嘲笑の声が聞こえてくる。
「ああ、あいつはエンド領の奴だ。ほら特に領地が狭いし貧しいと有名な! 無能な貴族が馬鹿をやって、見事に大外れを引いたのだ! 箱庭交換したところで、外れしかないというのに!」
アルベン子爵が狙い通りに、俺を馬鹿にした発言を繰り出した。あいつのことだからこう言うと思ってたぜ。
彼はいつものように俺を見下しながら、さらに言葉を続けていく。
「彼は国でも無能で有名でね! なんと金貨千枚も借金をしていて、さらに爵位を継いだ瞬間に、周囲の領地から攻められるという始末! まったく同じ年齢だというのが信じられない!」
「だから再三言ったのにな。爵位を返上しろと」
「あー、あの有名なエンド領か。道理で無能なはずだ」
アルベン子爵の言葉に頷くように、他の貴族たちも納得していく。
「見ろよあの箱庭の形! 周囲は海ばかりな上に、土地も細長くて不格好で変な形だ! 馬鹿すぎる!」
「なんと醜い形か。品がないな。どうせロクなモノも獲れないだろう」
「やはり土地総合評価も最低値か。まさに外れ土地だな。無能にぴったりだ」
性格の悪い貴族どもは、予想通りに俺を見下してきた。奴らは誰かをけなすことを生きがいとするから当然だ。
だがいずれ分からせてやるよ。この日本の価値も分からぬ無能が、どっちかということをなぁ! そう思えばここで頭を下げるのも、全く苦ではないなぁ!
いや苦だわ。やっぱり腹立たしい恨めしい……! 決めたぜ。アルベン、てめぇは絶対に俺が殺、いや滅ぼしてやる……!
だがここは我慢…………。
「あの者の父も無能なら、箱庭も子も全て無能なのだよ! なんと愚かな血か!」
…………ここまで言われて我慢する意味あるか? 以前ならばこれでも逆らえなかったが、今の俺には日本という力がある。
流石に全部の情報を漏らすのはマズいが、一部なら多少の問題で済むはずだ。
我慢しなくていいんじゃないか? もうさ、というか我慢の限界だ。いや昔からずっと限界だったのを、無理やり押しとどめていただけ。
ようは心の中の憎悪が吠えている……っ! アルベン野郎に恥をかかせてやれと……っっ!! 目にモノ見せる時は今からだとっ!!!
「……ただですね。この土地にも優れた点がありまして」
俺は懐から布袋を取り出した。そして袋を開いて、その中に入っていた大量の砂金を見せびらかす。
「砂金が多く手に入るのですよ」
周辺から生唾を飲む音が聞こえる。
そりゃそうだろう。砂金が獲れる領地なんてそうはないし、この量の金なら相当な高額になるのだから。
俺は下卑た笑みを隠しながら、アルベン子爵に視線を向ける。
すると奴は顔を真っ赤にして、身体を震わせて激怒していた。
「ふ、ふ、ふざけるな! そんな貧相な細いミミズのような土地が! 砂金など出すわけないだろうが! どんな卑劣な真似をした!」
「砂金が獲れるかに、土地の形なんて関係ないでしょう。普通に獲れたんですよ。あ、ちなみにこれ一日分です。アルベン子爵も砂金が獲れるんですよね? どれくらいの量なんですか? 箱庭自体の広さも違いますし、私よりも遥かに獲れるんでしょうね?」
かろうじて善人っぽい言葉を取り繕いながら、煽り気味にアルベン子爵に告げる。
すると他の貴族たちもザワザワと騒ぎ始めた。
「すげぇ。あんなに多くの砂金が獲れるなんて……」
「しかも一粒での比較ですら、さっきアルベン子爵が見せた粒よりも大きいぞ」
「むしろアルベン子爵の土地がダメなのでは?」
アルベン子爵への悪評がどんどん広まっていく。いいぞいいぞ!
そんな話題の張本人は破裂しそうなほどに顔を紅潮させて、
「砂金なんぞ落ちるからなんだというのだ! 箱庭の豊かさはなぁ! 作物や技術や魔物の方が重要だ! 最低ランクの土地など下らん! ふん!」
などと負け犬の言葉とともに去っていく。
奴はプライドの塊だ。大勢の貴族たちの前で恥をかかされたのはキツイだろう。
ククク……ざまぁ。とりあえず最初の仕返しとしてはこの程度か。
そうして俺の土地紹介は終わり、授業は順調に進んで最後の人物まで完了した。
「はい! では今日の授業はこれで終わりです! 皆さん、仲良く土地を奪い合いましょうね! いじめはダメですよー!」
土地の奪い合いに仲良くとはいったい。
さて砂金のことは暴露してしまったが構わない。これだけなら外れではない土地程度の評価だろう。
なにせ日本の名前も出していないし、砂金が獲れるだけならバレても問題なしだ。
いやまあ日本のことを知っている奴などいるはずもないし、名前がバレたところで問題はないのだろう。だが念には念をだ。
他の奴も石板を持ってるだろう。石板に「日本ってなに?」って聞かれる可能性もあるので、相手に情報を漏らす必要性はない。
砂金はともかくとして、米とか日本の魔物などはまだ隠しておきたいし。
そんなことを思いながら、さっさと教室から出ようとすると。
「ま、待ってください!」
知らない女の子に話しかけられてしまった。
本来なら聞く義理もないしさっさとここから出たい。だが俺は善人であるフリをしなければならない。
なにせ周囲から悪く思われると、あいつウザいから箱庭奪っちゃおうぜとなりかねん。
それを避けるには平身低頭で無様を演じておくに限る。見下せる奴をわざわざ駆除しないからな、覚えてやがれよ。
「はいなんでしょうか?」
そんなわけでニコニコと笑いながら返事をする。上っ面には自信があるんだ。
何の用事か知らないが、てきとうにあしらって……。
「あ、あの箱庭って日本ですよね!? どうして!? 貴方も日本人なんですか!?」
……!?!?!?!?
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RTAでオリチャーやるタイプの主人公……。
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