第12話 情報整理
日本という箱庭を得てから一週間、俺は自分の部屋で現状を確認していた。
毎日砂金が採れるのでそれをショップに売って、魔素を購入しての繰り返しだ。
おかげで結構な魔素が溜まったので、箱庭に米を植え続けている。
「おい。今の箱庭の状態を表示してくれ」
『現在の箱庭の状況を表示します』
---------------------------
エンド領
魔素残量
5200
土地使用率
22%
作物収穫量
米2100g
魔物飼育数
河童
3体
蜘蛛忍者
1体
スモルフィッシュ
1000体
-----------------------------
一週間の間、魔素を溜めつつ箱庭の収穫量を増やすことに尽力した。
なので魔物はあまり追加しておらず、防衛用にスモルフィッシュという魔物を召喚したくらい。
この魔物は10cm以下の魚の魔物で、文字通りの雑魚だ。だが数は力なので海で飼っている。
こいつらの利点は召喚コストがとにかく低いのと、小さいから数を揃えても土地を占有しないことだな。
そもそも魚系の魔物は土地の使用率が低くなる傾向にある。なにせ海は地面と違って深さがあるからな。土地と比べれば、同じ面積でも飼える魔物の数は違うに決まっている。
河童? あいつら川に住んでるから土地使用率の恩恵受けられねぇ……
「すごいですね。箱庭に田がいっぱいです」
アリシャ・ベールアインが俺の箱庭を見ながら告げてくる。
彼女は毎日、俺の部屋へとやってきていた。
ベールアインと話すにあたって、周囲の目がやはり気になってしまう。それで俺の部屋は比較的安全なので、ダメ元で頼んでみたらなんかオーケーくれた。
俺が言うのもなんだけど、他人を信用しすぎだと思う。音の漏れない密室に、男と二人っきりになるとか不用心過ぎないか?
もし俺が襲い掛かったらこいつはどうするつもりなのだろうか。流石にそんなことはしないが。
などと考えていると、急に部屋に白い煙が出現した。
「下らぬ命令によって、クラス内の状況を確認してきました。殿」
煙と共に現れたのは蜘蛛忍者だ。忍者は情報収集などが得意と聞いたので、箱庭から外に出して諜報活動をしてもらっていた。
だがここは閉鎖された空間であろう学園だ。顔見知りばかりの生徒たちの間で、情報を集めるのは難しそうだと思っていたが。
「クラスの情報は集められたのか?」
「……ひとまずのクラスの最大勢力の情報はつかめたでござる」
「すごいな、どうやったんだ?」
「それくらいご自分で考えては? ……糸の振動で盗み聞いたり、変装して直接聞き申した」
「まじかよ」
変装はともかくとして、糸の振動で盗み聞きは知らないと警戒も無理だろう。当然ながら俺の他にも魔物諜報活動はやってるだろうし、やはり学園内で迂闊な言動はダメそうだな。
実は俺は一週間ほど授業には出ず、ショップに魔素を買いに行く以外は自室にこもっていた。箱庭選別時の遅れを取り戻すために、授業を休んで石板(ガイドブック)を読み込んでいたのだ。
この学園のルールを知らずに他の生徒に接触したら、ハメられる恐れもあるからな。それこそ先日のベールアインとの会談室だって、もしかしたら襲撃とかあったかもしれないのだ。
箱庭の戦いこそ一か月の間は無理でも、それ以外でのやりようはあるだろう。例えば神前盟約のような、この学園独自のルールの罠とかで。
などと考えていたのだが、この蜘蛛忍者の話を聞く限り正解だったようだ。
ほとんど寝ずに学園の知識を詰め込んだからな。そのせいでクラス内の状況がわかっておらず、それもあって蜘蛛忍者に命じていた。
「じゃあ現在のクラス情勢を大雑把に教えてくれ」
「承知。今は大まかに四人の生徒による勢力に分かれていて、他の生徒の大半はその四人の誰かについているでござる」
「私もそんなイメージです。三国志ならぬ四国志みたいな」
蜘蛛忍者の報告をベールアインが肯定する。どうやら間違った情報ではない可能性が高いか。
「わかった、ありがとう」
とりあえずお礼だけ言っておく。こういう細かなことがクズにならないのは大事だ。
さて三国志とやらはよくわからないが、クラス内の動きは予想の範囲か。
ようはこの学園の生徒はそれぞれが領主、あるいは国王だ。なら普通の土地経営と考え方自体は変わらない。
強い者の傘下に入って守ってもらい、代わりに命令に従うことになる。
ただ地理的な場所や国境は存在しないのは厄介だ。普通なら弱小勢力は地理が近い大勢力に身をゆだねるが、この学園では誰がどの勢力につくかが予想できない。
「二人に聞きたい。その四つのうちの最大勢力って、イールミィ王国じゃないか?」
「然り。最大勢力はナミリア・イールミィ。彼女がクラス内の最大勢力でござる」
「たぶんそうだと思います。正確なデータではなくて肌感覚的ですけど」
クソが。
イールミィ王国、それは俺の所属する国家だった。ただナミリス姫についてはあまりよく知らない。
金遣いが荒い少し我がままな姫、くらいしか聞いたことないからな。
ちなみにこの学園に入学するのは、土地を持つ一族の年齢の中で継承権を持つ者からランダムらしい。なので本来なら土地を継がない姫なども、領地の代表として存在したりする。
「わかった。そのイールミィについては仔細は不要だ。他の三つも教えてくれるか?」
すると蜘蛛忍者は俺からわずかに目を逸らした。
「この短時間でそれほどの情報を得るのは難しい。無理難題をふっかけるなでござる。他には一勢力しか得ていない。それくらい分かってもらいたいで候」
蜘蛛忍者は不機嫌そうなオーラを隠そうともしない。
やっぱり相当嫌われてるよなぁ……裏切られないからいいとはいえども、少しくらい関係をよくする努力をすべきか。
「……すまない、わかったよ。じゃあその一勢力だけ教えてくれ」
「承知。賢鷹の目と称されるイリア・ホークエール。少し大人しめにて。彼女の土地はゴーレム製造の聖地。それとその人物には右腕にあたる人物がござる。おそらくクラス内では四番目の勢力と思われる」
ホークエール……聞いたことがないな。
遠い国の出来事に興味はなかったし、そんなことより自分の領地だけで精いっぱいだった。
ふむ、とりあえず名前だけは覚えておくか。
「助かったよ。他の二勢力も分かったら教えてくれ」
「感状のひとつも与えないとは。承知したくないが御意」
そのうち残りの二勢力も判明するだろう。さてクラス内の情勢が分かったが、この四大勢力とはひとまず関わらないでおくか。迂闊に接触したくない。
というのも誰につくべきか決められないからだ。流石にずっとボッチ勢力なのは無理があるので、いずれは誰かの下につくことになるだろう。
だが現状の情報だけでは誰が勝つか分からない。なので勝てる勢力を見極めてからだ。
まあ本音を言うとナミリア・イールミィにはつきたくない! 俺の元々所属する国ってことは、俺を散々馬鹿にしてきた貴族どもの陣営だからな!
彼女本人に関しては会ったことがないから、恨みは少ししかない。だが周囲の人間が嫌すぎる。
この学園なら土地の関係がないので、元の所属国家につかない選択肢があるのは素晴らしい。
ただイールミィが現状で最大陣営で、勝ち馬最有力候補なんだよなクソが。
「ロンテッドさんも生き残りたいなら、誰かの下につくのですか?」
するとベールアインが口を開いた。
「……生き残るために必要だからな。だがまだその時じゃない」
「そうなんですか? 今の時点で誰かに守ってもらった方が、生き残りやすいと思うのですが」
確かにベールアインの意見は間違っていない。
だがそれは現時点での生存に意識を注力し過ぎていて、後のことへの考えが薄いだろう。
「ロンテッドさんは元々イールミィ王国の貴族ですし、忠義を尽くすとかは」
「尽くすなら王国の貴族どもを焼き尽くしたい」
「そ、そうですか……」
「なんにしても現時点でつく相手は決められない。俺はな、勝ち馬に乗りたいんだ。俺がついた陣営が、なにもしなくても勝ってくれて甘い汁を吸いたい」
『クソガキここに極まれりですね』
石板がカリカリと文字を刻んでくるが無視。ベールアインは困ったように笑っている。
「なので勝てる陣営を見極めたいんだ。もし現時点でてきとうな奴の下について、不利になって他の陣営に鞍替えしたら裏切り者だろ?」
「あ、そういうことですか。裏切りはよくないですよね。よくないことをしたくないから、ちゃんとつく相手を見極めると」
「いや裏切りしていいなら嬉々としてやるぞ。ただ周囲からの評判が落ちるし、寝返り拒否される恐れもあるから避けたいだけで」
「…………」
『このクソガキが裏切り程度を気にするわけありませんよ。性格悪いですから』
困惑しながらも愛想笑いを浮かべるベールアイン。
なんというかいい子ちゃんって感じだな。苦労なく育てられてきたのだろうか、チッ羨ましい……はずなんだが、何故かこいつはあまり妬ましくない。
なんでだ? などと考えていると、俺の腹から大きな音が鳴った。
「おっと忘れてた。ほら今日の報酬だ」
俺は箱庭に手を突っ込んで、塩おにぎりを二つ取り出す。そしてベールアインと蜘蛛忍者に向けて差し出す。
「下らぬ、拙者は命じられて働かされている。それへの謝礼など、当てつけにしか見えぬ。御免、ゲホッ……ゴホッ……」
蜘蛛忍者はそう言い残すと、手で印を結んで煙とともに消え去ってしまった。
なんか最後に彼女のむせた声が残ったけど、聞こえなかったことにした。
う、うーむ……なんというか愛想がなさすぎる。召喚した魔物なのにものすごく冷たいのだが。
「仕方ない。ほらベールアイン、お前に二つやる」
「あ、あの……ロンテッドさんのお腹、すごく鳴ってるんですけど……」
しかもベールアインは受け取ろうとしない。
俺の腹が美味しそうな匂いでグーグーなり続けていて、それが気になっているらしい。
「気にするな。これはお前への情報代金だ」
「気にしますよ!?」
『腹の音は勘弁してやってください。このクソガキ、もう一週間ほどなにも食べてないので。クソガリになるつもりでしょうか』
「ええっ!? 死んじゃいますよ!? というかなんで食べてないんですか!? お米に余裕もあるはずですよね!?」
「この学園では餓死はないから大丈夫だ。これも生き残るために必要な策なんだよ。なのでお前は気にせずに受け取って食え」
だがベールアインはやはり受け取ろうとしない。
「無理ですよ!? そもそもなんで食べないんですか!?」
「日本の価値を隠すためだ。あ、それとバザーに行ったことあるか? 実際に出品したら売れそうか? というか人いるのか?」
「え? 行ったことありますけど、思ったより盛況ですよ。自分の箱庭だと手に入らないモノが購入できるので」
ふーん。どうやらバザーは案外、人が多いみたいだな。
それならやはり米とか売ってみるか。と言うのも、魔素が欲しい。
以前にトップクラスの恐竜を魔物化すれば、Sランクを超えた魔物を召喚できると言われた。だが召喚に必要な魔素を調べると、おぞましいほどの量が必要なのだ。
その量、なんと十万魔素。砂金で稼げるのは一日千五百程度なので、二カ月で得られる魔素全て使っても召喚できない。
しかも箱庭の外に魔物を出すにも、魔素が必要らしいのだ。蜘蛛忍者のように諜報活動させたり、他の箱庭に攻め込む場合も兵糧の代わりにと。
その消費量も魔物が強いほど増える……深刻な魔素不足だ。
「実はこの後、バザーに米を出そうと思うんだ。魔素が欲しくてな」
「えっと。なにも食べていないのは、自分が食べる分も売りたいってことですか? でも無理したら……」
「違う。自分が食べるものすら売るほど、困窮していると見せつけたい。そうすれば日本の価値がバレにくいからな」
本当なら米を売るというの自体がリスクではある。日本の価値の一端をさらすことになるからだ。
だが国力をつけておかないと、攻められた時に対抗できない。
そして今はまだ学園のルールなどは、ガイドブックによる知識でしか知らないのだ。例えば神前盟約で色々と悪さできそうだし、ハメられた時のために力が必要だ。
そして他の生徒もまだ学園の生活に慣れておらず、様子見なところがある。
それにこの学園のルール上、迂闊に他の生徒に手を出すのはリスクが大きい。
なにせ勝ったとしても、それで戦力がすり減ったら他の奴に狙われるからな。
なので雑魚と思われる俺相手でも、積極的に仕掛けられないはずだ。リスクを鑑みても今の間に魔素を溜めておきたい。
おそらくだがこの学園のルール上、なにか騒動が起き始めたら一気に情勢が動き出すと思われる。
誰かが弱ったからそこを攻めて、それでまた他の奴が弱ったからとかの連鎖で。
その時までに力をつけておきたい。
「でも一週間絶食って、そこまでする必要ありますか!?」
「この程度は相手を騙すのに必要な、最低限の行為だろうが」
相手を騙す奴ってのはな、「そこまでする?」なんてのは当たり前にするんだよ。
なので俺もまた常に他人を疑うようにしている。そうでないとすぐに騙されるからな。
「そういうわけでバザーに出る。ベールアインはどうする?」
「えっとどうすればいいですか?」
「手伝ってくれと言えばしてくれるのか?」
「いいですよ」
「まじかよ……謝礼はないぞ」
「別に構いません」
そう言って笑顔を見せるベールアイン。
…………なんだこいつ!? 絶対裏があるだろ!? 無償の奉仕なんぞ犬でもしないだろうが! 理解不能過ぎる!
だが彼女の目的を問いただしても、教えてはもらえないだろう。神前盟約で嘘をつけないようにするとかアリか?
いややめておこう。それをするとベールアインが俺から離れてしまう可能性がある。
日本の知識を教えてもらうにあたって、まだ彼女との関係は続けておきたい。
とりあえずの方針は決まった。その四国史とやらのクラス主要人物には接触せずに、バザーなどで魔素を溜めていこう。
-------------------------------
フォローや★を頂けると嬉しいです!
ランキングが上昇して、より多くの人に見てもらえて、モチベがすごく上がります!
よろしければぜひ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます