第6話 米
俺は手の中にある砂金の山を見て、唖然としていた。
偽物かと脳裏によぎったが、この輝きは金以外には出せないだろう。
つまりこの砂金は本物である可能性が高い。
「お、おい石板! 黄金ってこの学園でも価値はあるのか!? そのショップとやらで高く売れるのか!?」
『基本的にこの学園でのモノの価値は、貴方の元の世界と同じです。金銀財宝は当然ながら価値があります』
俺は深呼吸すると、部屋に備え付けてあった革袋を左手で取る。
そして机の上に砂金の山を置いてから、革袋の中に入れ始めた。
落ち着けと必死に自分に言い聞かせるがダメだ。身体の震えが止まらない、きっと下卑た笑みを浮かべていることだろう。
なにが日本は外れだ、逆だ。信じられない大当たりじゃないか。
この箱庭は、日本という国は間違いなく優れている。ならば、
「ククク……ハハハ……キキキ、ケケケケケケケェェェェ!!!!」
『壊れましたかクソガキ』
いかん。普段は隠してる笑い方が、あまりの感動に漏れてしまった。
流石にキキキやケケケはおかしいというのは理解してるので、なるべく出さないようにしてたのに。
「壊れてるかよ! これなら生き残れる! いやそれだけじゃない! あいつらに目にモノ見せてやれる!!!」
『どいつら様ですかね』
「全ての貴族どもにだ! 証明してやる! 同じ勝負の場に立てれば、俺の方が優れているってことをなぁ!」
『目にモノ見せたい相手が多すぎませんかね。全方位無差別嫉妬にもほどがあるでしょう』
ずっと馬鹿にされながら、惨めに生きるしかないと思っていた。だが思わぬ形で運が転がり込んできやがった!
最高だ、最高過ぎる! 顔が笑ったまま戻らねぇ!
『二つほど誤解があるので訂正しておきますね。まず一つ目。確かに日本は大当たりですが、もともとの箱庭が小さいので現時点ではそこまで強くありません』
「それくらい誤差だ! 元の絶望的な土地に比べれば!」
『二つ目、偶然では……ああ、いやこれはやめておきましょう』
「なんだよ。気になるだろうが」
『いえ知らない方がいいかと。それよりまずはショップに出向いて、魔素を購入するべきです。そうすれば魔物を召喚したり、作物を植えられますから』
確かにこいつの書く通りだ。
少しでも早く箱庭から収穫できるようにしないとな。土地を遊ばせていては損だし。
「場所は?」
『方角を矢印で表示しますので、それに従ってください』
すると石板に大きく『↑』と記号が表示される。
俺は部屋を出て、その矢印に従って寮内を歩いていく。するとある部屋へとつく。
矢印はその部屋の中を指しているので中に入ると、多くの商品が棚に並べられている店だった。雑貨屋だろうか。
「おやおや? 入学から一週間も経たずに生徒が来るとは珍しい」
カウンターの側で椅子に座っていたのは、美しいブロンドを持つ少女だった。ただし背中に白い翼が生えているが。
そんな少女はパタパタと翼をはばたかせながら、俺の近くまで飛んでくる。
「私は店長のエンジェリアです。このショップは貴方の箱庭に足りない物を、本来の相場の倍の値段で売りつける善良店です。ただ基本的に普通のモノしか揃えないですが」
どこか善良なのか教えて欲しい。悪徳商人もビックリの暴利だ。人さらいでももう少しまともな商売をするのではなかろうか。
『この店は善良店ですよ。なにせ買い取りは必ずしてくれるし、金さえ出せば必ず品物を買えるのですから』
「そうそう。このショップはあくまで救済店。損したくないとか儲けたいなら、他の生徒と物々交換や売買することをお勧めしますね。それでなにかご用ですか?」
……まあ確実に売買してくれるなら、倍の暴利でも許されるのか?
なんとも言えないところではあるが、現在の俺には確実に必要なショップだろう。
「この砂金を買い取って欲しい」
俺は砂金を詰めた革袋を取り出して、エンジェリアとやらに手渡す。
彼女はニッコリとほほ笑むと、カウンターの中からなにかを取り出した。それはすごく輝いている貨幣だった。
輝いているというか、光っているという方が正しいか。すごくまぶしくて、夜なら松明よりも周囲を明るく照らしそうなほどの。
「これは魔貨です。魔素を固めて貨幣にしたものとなります。今の砂金の量だと魔素1500ですので、その魔素分が込められた魔貨をお渡しします」
エンジェリアは貨幣を手渡してきたので受け取る。
なんとも綺麗な貨幣だ。
「その魔貨を箱庭に取り込ませれば、魔素が補充されます。なのでこれからも当店をよろしくお願いします! うちのショップの売り上げが私のお給料なんです! すこーし割高かもですが、そこは私の愛想でなんとか!」
やはり暴利を取っている自覚はあるようだ。
そんなこんなで俺はショップを出て、自分の部屋へと戻る。
そして呼び出した箱庭に魔貨を投げ入れると、ズブズブと吸収されてしまった。
『現在の箱庭状況を表示します』
---------------------------
エンド領
魔素残量 1500
土地使用率 0%
作物収穫量 0
魔物飼育数 0
-----------------------------
どうやら今ので魔素が1500溜まったようだ。
なお旧エンド領の魔素は引き継いでいない。日本は魔素が発生しないから、魔素はゼロだった。
「しかし1500も溜まるのか。あのショップは本来の相場の倍の価格なら、もし相場ならあの砂金は魔素3000分ってことだよな?」
『そうですね。この広さの箱庭なら破格過ぎます。ここと同じ大きさで比較するならば、かなり魔素が豊かな土地でも1000が限度でしょう』
「ケ……おっといかん。いいねぇ。最高だ」
『口元を吊り上げて、性格の悪そうな笑い方ですね』
「悪そうじゃない、悪いんだよ」
さてどうするかな。この魔素でなにをするべきか。
そういえば石板は作物は米がどうとか書いてたような。日本だとよく獲れるとかなんとか。
「おい。米ってのはいい作物なのか? 麦よりも?」
『量と食べやすさなら米でしょうね。同じ広さの土地で育てたならば、米の方が数倍は収穫できます。それに麦は基本的にパンにしなければですが、米は炊くだけなので調理も楽です』
「まじか。だがそんなに優秀なら他の箱庭も米を育てるんじゃないか?」
作物で大事なのはやはり収穫量だ。その米とやらが麦よりも多く収穫できるならば、他の奴だって同じことをするに決まっている。
『それは無理ですね。箱庭で魔素によって用意できるものは、その土地に存在したことのあるものです。作物ならばその土地に運ばれたことがあるか、魔物なら出現したことがあるか。そして米は貴方の元の世界にはありません』
「他の奴らは、ショップでしか米を用意できないと」
『それも無理ですね。あのショップで売っているのは、貴方の世界の大体の土地で得られるモノのみ。米なんてないでしょう?』
どうやらこの米とやらは、他の箱庭に対して優位性になりそうだな。
ならさっそく植えてみようかと念じると、箱庭の一部の土地に作物っぽいなにかが生えた。よーく目を凝らすと、麦のように先端に小さな粒をつけている気がする。
『それが稲穂です』
「麦と似てるんだな」
『どちらも穀物ですから。さて再び現在の箱庭の状況を表示します』
---------------------------
エンド領
魔素残量
750
土地使用率
3%
作物収穫量
米300g
魔物飼育数
0
-----------------------------
以前のエンド領で麦を植えた時は、作物収穫量は麦10gだった。今は米300gなので比べ物にならない。しかも土地使用率も魔素残量も変わらずだ。
『米自体の収穫量がいい上に、この土地は肥沃です。同じ土地の広さでも、貴方の元領地とは比較にならない収穫量が得られます』
そりゃ最高だな、問題は箱庭自体が小さすぎるのと魔素が出ないことか。
いや砂金も大量に獲れることを考えれば大した問題ではない。それどころか土地の広さに対する豊かさならば、トップクラスではなかろうか。
『塩も魔素を消費すれば得られますので、試しに塩おにぎりでも出してみては?』
「塩おにぎり?」
『米を炊いてから固めて塩をまぶしたものです。念じれば出ます』
そう告げた瞬間、手元に白い三角の形のものが出現する。
どうやら細かい白粒で作られたもので、この一粒が米というものか。柔らかいし安物のパンよりもよほど上等そうだな。
なるほどいい匂いがして、すきっ腹にはこたえる……試しに一口……。
「……美味いなこれ!? 柔らかいし塩とすごくかみ合って!」
『そうでしょうね。では次は改めて魔物を召喚してみましょう』
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