第4話 大外れ?


「……いや無理だろ。さっき聞いた話を思い返すに、この箱庭学園のルールは無常過ぎる。なにからなにまで弱者に不利過ぎるルールだぞ……」


 この学園の箱庭は奪い合いを鑑みるに、普通の領土争いに土地の位置を撤廃したようなルールになる。


 まず領地が箱庭になるということは、もともと広い領地を持つ者が圧倒的に有利だ。


 次に領土争いなら基本的に隣り合った土地と戦うことになるが、この箱庭ならそれがない。なにせ各個人がどこでも召喚できる箱庭を奪い合うのだから、剣などで決闘するようなものだろう。


 だが剣の決闘とは違うところがある。それは戦えば戦うほど、力が弱っていく恐れがあるということだ。


『正解ですクソガキ。戦いなどで死んだ魔物は蘇りませんので、被害が出るほど元に戻すのに時間がかかります』


 俺の恐れを本当にしやがって、クソ石板。


 だがこうなると全員が迂闊に戦いを仕掛けられない。何故なら誰かと戦えば必ず被害が出る。そうなると勝ったとしても、弱ったところさらに他の奴に食われてしまう。


 ではどうするか。確実に圧勝できる者の箱庭を狙うに決まっている。そして俺は最弱候補だろう領主だ、なにせ国どころか世界で最小領地との噂まであるくらいだ。


『安心してください。クソガキの箱庭は、広さも質もクラス内で最下位ですよ。下から二番目と比較しても土地の価値は半分以下です。ちなみに魔素発生量も最下位です』


 なあこのクソ石板割ってもいいだろうか? 俺に不利なことばかり嬉々として教えてくるんだが。


 というか魔素発生量って、魔法を使うためのものだろうが。それが箱庭にどう影響するんだ?


『箱庭が一日に生み出す魔力です。箱庭になにかをするには魔素が必須です。使うことで箱庭に魔物を召喚したり、植える作物を出現させたりできます。労働力のようなものとお考え下さい。ちなみに学内ショップでも買えます』


 学内ショップとやらはよくわからないが、魔素が箱庭においてかなり重要なものと。


 つまり俺の土地は狭い、質が低い、魔素も取れないと三重苦らしいクソが。


 元の世界でも狭くて貧しい土地だった。だがこの箱庭になったことでさらに悪化している……。

 

『それだけではありません。ただの平野で守りにくいので、救いようがない土地です。すぐ攻められて終わりでしょう』


 平野だと奇策の類が打てないので、兵力差がそのまま戦力差になりやすい……いや流石に無理だ詰んでる。


 せめて元の立地だったなら、周囲を森に囲まれていたのだが……それ全部俺の領地じゃなかったんだよなぁ。


 仮にも神前学園なら、平等とかうんぬんで救済しろよ……! こんな理不尽なことあるかよ!


『一応ですが救済措置はあります』

「なにっ!? あるのか!?」


 俺は食い入るように石板を睨む。


 なんだよこの石板様、案外いい奴じゃないか! そりゃそうだよな!


 ただでさえ不利過ぎる土地なのに、さらに学内ルールのせいでこれだと滅ぼされる役でしかない。仮にも神とかいうなら救いを与えるべきだ。


『箱庭の土地を他の場所と交換することができます。ただし元の世界の土地は使用済みのため、異世界の土地を箱庭に模映することになりますが』

「異世界の土地? まあでも今の俺の箱庭が改善されるならなんでも……」

『なお異世界の土地は、基本的に魔素が少ないことがほとんどです。大抵の場合、貴方の今持っている箱庭より悪くなります。貴方の今のクソ土地ですら、かなり大当たりな部類に入ります』


 クソが、救済する気ないだろ。


 ……だが今の箱庭で守れる気がしないんだよな。


 俺は何度か戦に出たことがあるが、その経験に基づくと無理としか思えない。


 魔物を戦わせるにしても、指示できるなら基本的な戦術は人間と同じなはずだ。そうなると俺の箱庭の平野は、正面からの戦いになりがちだ。


 これが森とかなら伏兵とかやりやすいが、平野となると隠れる場所がないから被害が出る。


 仮に上手くやって攻めてきた奴から防衛できても、それで弱ったところを他の奴に狙われたら終わりだ。


 …………今の土地が少し悪くなったとしても、守りやすい土地を得た方がいいかもしれない。


 それに半端にクズ土地よりも、もういっそ手に入れる価値もないクズ土地になった方がいいのでは? そうなれば周囲も狙ってこないのではないだろうか?


 もちろんそれでも狙われる可能性もあるし、そもそも他人の動き次第の策など嫌すぎる。だがそれしか選択肢がない……。


 ああクソが。生まれた時からの足かせに、足を引っ張られまくっている……。


「確認したい。変わる土地は俺が選べるのか? またその場合は、どれくらいの選択肢から選べる?」


 完全に運任せとなればリスクがあまりにも大きすぎる。


 それこそ今の土地よりも貧相で、しかも守りにくい土地になる可能性もあるのだ。


 だが自分で選べるというならば、大当たりを狙って引くことも可能ではなかろうか。


『選べます。また選択肢の多さは貴方次第です。箱庭は基本的に支配されたひとつの領域なのですが、異世界には候補が無限に存在します。今から四日以内なら土地を見放題です』


 マジかよ。それなら四日ほど不眠不休で確認すれば、素晴らしい土地を引くことも可能なのでは……!


『ただし得られる土地の情報は見た目だけなので、質や魔素発生量などは全く分かりません。そして箱庭自体の広さは、貴方が現在持っているモノと同じになります。また変えたいと願った時点で、もう元の箱庭には戻せません』


 チッ、どうせそんなことだろうと思ったよ。


 だが土地の見た目は選べるというならば、少なくとも守りやすい土地を狙うことはできる。


 ダメそうだったら元の土地にするのは無理らしいが、これはもう仕方ないだろう。なにかを得ようとするには、ある程度のリスクは許容せざるを得ない。


「わかった。箱庭を変えたいがどうすればいい?」

『よろしいのですか? 他にもデメリットとして、箱庭候補をひとつ確認するごとに、精神力が摩耗していきます。常人なら一日持たずに気絶して、残りの三日は目覚めません。これまでの生徒もそうでした』


 精神力ねぇ……だがもはや俺に選択肢はないに等しい。


 大丈夫だ、これまでの生徒だってボンボンの貴族だろう。俺のように追い込まれてはいない。


 失敗しても領地を失うだけだった奴らに、死を覚悟してる俺が負けるかよ!


「いい! やってくれ!」

『承知しました。では候補とする土地の地図を写し始めます』


 すると石板から光が発生して、床を照らして箱庭が出現した。したのだが……。


「……あの、真っ黒な土しかないんだけど」

『生命が生きられない場所ですので』

「生物がいるって時点で当たり判定なのか……」


 この土地はないなと思ったら、箱庭の姿が変わった。今度は灼熱のマグマが固まった岩へと。


 ああうん、そうか。確かにこれは、俺の元領地でも大当たりの部類だ……。


 そうして三十ほど箱庭が変わるのを見続けたが、どれも植物すら生きてない国? だった。なるほどなるほど……どうやら想像以上に外れ土地が多いらしい。


「というかどういう基準なんだよこれ! 生物がいないんじゃ領地とか関係ないだろ!」

『誰も支配する者がいない場合、星ごと箱庭になります。支配者がいればその者の領地が箱庭になります。他には貴方のような土地持ち領主なら領土が、国王の場合は国そのものが箱庭になります。その上で箱庭サイズに縮小されてます』


 あーそういう判定なのね……ランダムというのは、それこそ領主とか王とかも関係ないと。


 ふっ……これは本当に四日間、寝ずに確認したほうがいいな!


「というか身体がしんどくなってきた」

『精神力が摩耗してますからね。徐々にやる気が失せてきて、いずれ力尽きます』


 そうして俺はずっと箱庭を見続けた。空気がない土地とか、土しかないとか……まともに生物が住めないところばかりだ。


 ずーっと変わっていく箱庭を眺めて一日が経過した。身体がフラフラになってきた。だが耐える。


 二日目になるとすでに死にそう。だがこれで失敗したら俺は終わりな上、他の貴族たちにさらに見下されるのだ。


 そして他の奴らにこう言われるのだ、「無能の無駄な努力だ」と。ふざけんな絶対許さねぇ! この恨み晴らさずに朽ちてなるものか……!


『セルフ激怒で精神力を戻すとはやはり怨霊なんですかね』


 そして三日目終わって四日目……ずーっと延々と移りつく箱庭を見続ける。


 腹が減ったし眠すぎて死にそうだが、これまでの屈辱を思い出して踏ん張る。


 ちなみにトイレは行ってないというか催さない。


『ここでは催さないし、食事をとらなくても死にません。ひたすら飢えて苦しむだけです。そしてもう残り一時間ですが?』


 ああ、そう道理で……神の学園とはよく言ったものだ、ここは生き地獄かよ。


 まだいい土地は全く見つかってない。ヤバイ心臓の音が大きくなって息切れしてきた。


 落ち着け、落ち着くんだ。ここで焦っててきとうな土地を選んでも意味がない……だが時間切れになってしまったら……!?


 意識が薄まる中、自分の顔を真っ赤に腫れるほど叩いて箱庭を見続け……。


「待て、止めてくれ……」


 移り変わる箱庭のひとつに目が止まった。


 かなり歪な形の土地だ。周囲が海に囲まれていて、細長い弓のような形状をしている。


 ずっと箱庭を見続けていて分かったのだが、箱庭は周囲に海があったらそれも領地になるみたいだ。


 そしてこの土地は周囲が完全に海だ。しかも東西南とそれぞれに本島から離れた場所に島があり、その島のおかげで周囲の海が妙に広がっている。


 それに森などもある。今まで見てきた中では一番の当たりだ。


 そして今日は四日目でもう時間もない。しかも気を張ってないと倒れそうでもう死ぬ……。


「……よし、この土地にする」

『よろしいので? その寝不足の頭と、腫れ切った顔と血走った目で決めて?』

「死ぬ……」

『わかりました。ではそのように致します。ちなみにこの土地は、という国らしいですよ』

「ああ、そう……知らないしどうでも……」

『ちなみに魔素が一切獲れない土地ですね。おめでとうございます』


 魔素が獲れないとどうだったっけ……? あ、もう限界……。


 俺は石板の文字を見た後、すぐにバタリと倒れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る