第2話 入学式?


 目が覚めると、薄気味悪いほどに白くて綺麗な木造造りの講堂にいた。


 椅子も机も壁も、全てが一点の汚れもない純白。そして俺は椅子に座ったまま寝落ちしていたようだ。


 周囲を見回すと他にも大勢の者が、学生服を着て同じように席についている。


 ただほぼ全員が俺と同じように寝ているようで、数人ずつ目を覚ましていく様子が見えた。


 なんだここは? と考えた矢先だった。


『人の仔よ、ここは神の学びの園だ。百年に一度の世界を変える祭りに、汝らは選ばれた』


 いつの間にか壇上に人が立っていた。腹を隠すほどに立派な白髭を蓄えた爺さんだ。


『すでに分かっている者も多いだろうが、汝らの世界は停止している。何故なら汝らの学園生活によって、あの世界は変貌するからだ。そしてこの学園に通う資格のある者をここに呼んだ』


 ……本来なら一笑に付すような話だろう。


 だが俺は実際に世界が停止した様を見た上に、いつの間にかこの場にいたのだ。


 信じられないことだが、神の日は本当にあったということか? 現状の情報で判断するならそうなってしまう。


 しかし力を見せつけるようで性格の悪い神様だな。そう思うのは俺の性格が悪いからだろうか?


『ここにいる汝らは、元の世界で一定以上の土地を所有する可能性を持つ者たちだ。この学園ではその土地を縮小したものを箱庭世界として与える。このようにな』


 白髪の爺さんが手を振るうと、彼の足元に巨大な板が出現した。


 いや板ではなく地面をくりぬいて板状にしたようなものだ。さらにそこには木が生えていて……まるで俺の領地を縮小したらあんな感じになりそうな。


『今、我が前にあるのは汝らの箱庭世界だ。この箱庭が創るものは、現実に出現させられる。例えばこのようにな』


 爺さんが指をパチンと鳴らすと、箱庭から小さな虫のようなものが飛び出してきた。


 するとそれはムクムクと膨らんでいき、なんと人よりも大きな四足の巨大トカゲ……いや違う、あれはドラゴンだ。


『生き物だけではない。箱庭で作物を育てれば収穫できるし、他にも様々な物が得られる。汝らはこの箱庭を育て上げて、学園で生きていくのだ』


 ……まじかよ。


 あまりにも非現実的過ぎる状況、しかも情報量も多くて困惑しかできない。


 だが嫌な予感がする。今の神様の話は、全て伝え聞いた神の日と同じ内容だ。


 そんな予想を正しいと言わんばかりに、爺さんはニヤリと歯茎を見せて笑った。


『そしてこの箱庭は汝らの世界の縮図。つまりこの箱庭を卒業時に持っているほどに、現実の世界の土地を得ることになる。奪い合え、食い合え。秀でた者こそが世界を支配せよ』


 俺は爺さんの言葉に対して、内心で舌打ちをしていた。


 爺さんの言うことはひとまず全て真実と仮定せざるを得ない。荒唐無稽な話ではあるものの、世界が停止された後では嘘と断じれない。


 そして幼いころからずっと聞いてきた神の日と、まったく同じ内容の説明なのだ。ここまでくれば信憑性が生まれてしまう。


 夢でもなさそうなんだよな。さっきから口の中を噛みまくったり、腕をつねってるけど普通に痛い。


 実は以前に夢で頬をつねったことがあるのだが、その時は本当に痛みを感じなかった。あの時は夢の中で、ここが夢だと分かったからな。


 夢でないのは分かったが問題がある。箱庭をもらい受けるのはいい。それだけならば色々できて楽しそうだとすら思える。


 だがそれを奪い合うとなれば話は大きく変わってしまう。


 そして俺には最悪の予想があった。もしそれが正しいのならば……。 


『汝らの疑念に答えよう。与えられる箱庭の広さは仔によって違い、元の世界での領土の広さと箱庭の広さは比例する。故に元の世界の領地が狭き者は、なにもしなければ即座に箱庭を失うだろう』


 ――クソが。


 俺は言葉に漏らさぬように口の中を噛みつつ、心の中で何度も絶叫していた。


 最悪だ、最悪過ぎる。俺の領地は国で一番どころか、世界で一番狭いのではとすら噂されるレベル。


 つまり爺さんの言葉を信じるならば、与えられる箱庭も間違いなく狭い。くそ、狭いのは俺の器量だけで充分なんだよ……。


『さて後の神託については他の者に任せる。そろそろ次だ』


 爺さんは軽く腕を振るった。


 すると即座に周囲の景色が変わっていく。講堂だった場所が、いつの間にか外のグラウンドに様変わりしていた。


「はい皆さん注目ー!」


 すると俺の疑念をかき消すように、前の方から声が聞こえてくる。


 声の方に視線を向けると、白い髪を腰まで伸ばした綺麗な女の人が立っていた。


 二十歳くらいのようだが、周囲の生徒と違って学生服を着ていない。


「私はこのクラスの担任のハルカと言います! 気軽にハルカ先生って呼んでください!」


 ハルカ先生とやらは元気いっぱいに叫んでくる。なんだろう、展開が早すぎてテンションに追いつけない。


「皆さん、驚いてると思います! いきなり神の学園とか、箱庭世界とか言われても困りますよね! なので今から改めて説明をします!」


 そういうとハルカ先生は、丁寧に説明をし始めた。


「まず皆さんはこのワーフェルク神前学園に通うことになりました! ここは神様が創られた学園ですが、基本的には普通の学園と同じにしています! ただし一点の小さな違いを除いて」 


 どこが一点の小さな違いなのだろうか。もうすでに間違いばかりでお腹いっぱいなのだが。


 むしろ普通の学園と同じところを列挙したほうが早いのでは? 学生服があるとかで。


 思わず口に出しそうになるのをこらえると、さらにハルカ先生の話は続けられる。


「皆さんの元の世界の領地を模した箱庭。それがこの学園での生活の全てです。皆さんが箱庭で生き物を飼うと、その生き物が収穫した物が箱庭の外に出せるんです! 例えば野菜を収穫させて外に出せば食べられます! こんな風に!」


 ハルカ先生が指を鳴らして、目の前に現れた箱庭に手を突っ込んだ。


 すると手はズプリと箱庭に埋まって、その後に引き上げられた手は数本の麦を掴んでいた。


「獲れたての麦ですよー! これで麦がゆにするとかね! 他にも箱庭で鉄とか取れますし、学生同士の物々交換とかもいいですよー!」


 さっき爺さんが箱庭から出した小さな虫みたいなのが、巨大なドラゴンになったのを思い出す。


 なんとも凄まじい、まさに神のような力だな……。


「さて説明ばかりでは分からないと思うので! 皆さんも箱庭を触ってみましょう!  小世界創成ワールドクリエイションと叫べば出ますので!」

 

 俺は即座に周囲を見回して、間抜けな一番槍がいないか確認する。


 こんな得体のしれないものを最初に試すのは危険だからな。実験体に立候補してくれる馬か鹿が出てくるのを待とう。


「「「小世界創成ワールドクリエイション!」」」


 するとさっそく数人の愚か者が叫び、彼らの机の上に小さな箱庭が出現する。


 見ると人によって箱庭の地形が違うようで、先ほど爺さんが言っていた持ち領地の差があることに信憑性が出てくる。


 神の日自体はひとまず信じるとしたが、それでもやはり疑いの心は持つべきだ。


 神だろうが人だろうが誰が相手であろうとも、迂闊に信じるのは危険すぎる。他人はまず疑ってかかるのが正義と。


 ただ周囲の状況を確認する限り、少なくとも人によって箱庭が違うというのは確定のようだ。


 箱庭を出した奴らに特に異常は見られない。なら大丈夫そうではあるか。


小世界創成ワールドクリエイション


 俺の目の前の地面に小さな島のようなものが現れた。


 この島の形には見覚えがある。俺の領地の形にそっくりで、しかも森などの配置も同じだ。


 そして他の奴の箱庭に比べると俺のはだいぶ小さい。おそらくサイズ的には四分の一以下……本当にこの箱庭は所有領地の縮図かよ。


「さて皆さんも箱庭を出せたところで、どうやって奪い合うか気になっているでしょう! なので実演しますよ! 宣戦布告とかの細かい制約はあるんですが、それは今は割愛しますね!」


 ハルカ先生がまた指を鳴らすと、彼女の箱庭に隣り合うようにさらにもうひとつの箱庭が出現した。


 その二つの箱庭から小さな魔物たちが出てきて、外の地面を歩きだした。そして小さな魔物たちはそれぞれ、自分が出てきたのとは違う箱庭を包囲し始める。


「戦う時は互いに箱庭を隣り合わせます。魔物たちは箱庭の外に出れますので、相手の箱庭を攻めて占領しきったら勝ちです! 簡単でしょう?」


 確かにパッと見ならば簡単そうには見える。


 だがそう単純な話ではないのだろう。箱庭の隣り合わせる距離、各箱庭の地形が違うならどこで戦うかなど、戦略の幅が広すぎるように思える。


 そんなことを考えていると鐘の音が聞こえてきた。


「おっと、どうやら今日の授業は終わりのようです。寮に案内するのでついてきてくださいー」


 鐘の音に寮ね……最低でもこの場所は、俺たちに学園であると騙す気概はあるようだ。


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