第14話 騎士団長なりの目覚まし療法

 隣で戸惑う声があがる。律佳はぶんぶんと首を横に振っている。


「いや、僕はアルクにそんなことできません!」

「いいからやれ」


 突然何を言い出すのかと思ったが、俺のために言ってくれているんだ……もう後悔ばっかりするのはやめて、前に進む! 仁王立ちで律佳に向きあい、ぱち、と自分の頬を叩く。


「律佳、思いっきりやってくれ。ばしんと! こい!」

「……ええ……そんなぁ」


 しばらく目線をさまよわせていたが、やがて決意した瞳が真っすぐと俺に向けられた。


「……アルクのために、心を鬼にするよ」


 痛みを覚悟し目を閉じ歯を食いしばったが、与えられたのは衝撃ではなかった。

 頬をぎゅっとつねられ、両方に引き伸ばされた。


「り、りふあ……?」


 そっと目を開けると、頬を伸ばしているだけなのにめちゃくちゃ心を痛めた顔をしている律佳が俺を覗き込んでいた。


「ごめんね、アルク……! アルクのなめらかで綺麗な頬を伸ばしてしまって……あ、でもすごく柔らかくてよく伸びるね。……可愛いなぁ」


 悲しそうに歪んでいた表情はだんだんとにやけ始め、赤みを増していく。俺の頬はその間も伸ばされたり両側からつぶされたり揉まれたり、好き勝手遊ばれた。


「……りふあ……も、ひゃなせよ……」

「ふふ……可愛い、アルク……ずっと見ていられるよ……大福みたいで美味しそう……」

「ひぃ……」


 こいつ、全く話聞いてねぇ! 

 なんか息も荒くなってるし……狂気さえもはらんだ律佳の瞳に俺が映って、身の危険を感じた。


「おいロッカぁ……随分楽しそうだな」


 されるがままになっていると、団長が口を開いた。その声は低く、怒りがこもっていた。


「はい、とても楽しくなってきました……」

「楽しんでどうする! アルク、そいつは今おかしくなっている。こちらへ来い」


 怒鳴り声に律佳の手が緩んだ。助け舟だ! その隙に団長のほうに回りこむ……


「よしアルク、こっちを向け」

「は……」


 バチン!!!

 

 返事を言いきる前に、でかい音と衝撃がいっぺんに押し寄せた。何が起こったか分からないまま床に倒れていた。じんわりと広がる頬の痛みがどんどん増していく。


「目は覚めたか?」

「え、い、いったぁ……!? え、ほっぺたどっかに行ってない!? ある!?」


 ぺたぺたと触っても感覚が消えていた。やばい、じわじわと痛い。涙ぐみながら床に転がって慌てる姿を、団長は椅子に座ったまま覗き込んでいた。


「ちゃあんとあるぞ。綺麗な、よく伸びる美味しそうなほっぺたがなぁ。多少赤くはなっているが」


 端正な顔には冷ややかな笑みが浮かんでいた。ど、ドSだ……!


「だ、団長……っアルクになんてひどいことを!」


 誰よりも騒がしく声を上げながら、律佳が俺を抱き起こす。野生の獣が威嚇するように団長を睨みつけている。団長相手に物怖じひとつしていない姿に、無駄に感心してしまう。


「お前がさっさと平手打ちをしないからだ」

「アルクを痛めつけるなんて僕には無理です! ああ……ごめん、アルク……叩いたフリにしておけばよかったね……」


 般若のように怒り狂っていた律佳は一転、俺と目を合わせると眉を下げ瞳を潤ませた。


「安心しろ、手加減はした。この世界はパワハラだなんだと厳しいからな」


 え、嘘、手加減してこれか……!? めちゃくちゃ痛いんですが……!?


 口をパクパクさせていると、団長はおもむろに立ち上がり、部屋の端に移動した。なにかを開けてゴソゴソと探っている音がする。


「痛みも赤みもすぐに引くとは思うが、一応冷やしておけ。跡が残るとそこのモンペがうるさいからな」


 差し出されたのは冷えピタだった。律佳が受け取り、丁寧に俺の頬に張ってくれた。ひんやりと心地がいい。


「殴ったとき用の冷えピタですか……?」

「阿呆、救急セットぐらい普通に置いている」


 そうこうしているうちに痛みは引いてきた。音はすごかったけど、ほんとに手加減してくれたみたいだ。


 そのまま律佳に支えられ、部屋の真ん中にある客用ソファまで移動した。校長室にあるみたいな、皮張りのよく沈むソファだ。ほんといい生徒会室だな……中学校のときはただの簡素な教室だったのに。


「よしよし、痛かったね……」

「俺は子どもか! もう大丈夫だから……!」


 くっついて頭と頬をさすってくる律佳をぐいぐいと押し返していると、団長も移動し俺たちの向かいのソファに腰かけた。


「さて、アルク。もう一度聞く。目は覚めたか?」


 少し残る痛みを感じながら頷く。


「はい。おかげさまで」

「俺は最初に言った。お前のせいじゃないって。城内にはスパイがいた。もともとあの国は狙われていたんだ。気づくことができなかった俺の責任でもある。まあ、今更だがな」


 団長は腕を組み、ソファの背にもたれた。


「平手打ちもですけど、団長と話していると、俺のことも律佳のことも気遣ってくれているのが伝わってきました。とても嬉しかったです」

「……そうか」


 相変わらず真顔だけど、つぶやいた声色は優しかった。その優しさが胸に染みこんでいく。


「まだ後悔と未練が完全に消えたわけではありません。でも、全部話すと前向きな気持ちになれました。少しずつでも、前に進みます。二人とも、俺を許してくれてありがとうございます」


 座ったままだが、精いっぱいの感謝を込めて頭を下げた。

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