第15話 未来を見据えて
「アルク、ロッカ……じゃないな。栗島、水無月」
現在の自分の名前を呼ばれ、顔を上げる。俺も律佳も動きを止めて団長を見つめる。
「もう昔の名で呼ぶのは終わりだ。お前たちも俺のことは会長と呼べ。過去ではなく、これから起こる未来のことを考えるぞ。今ある問題はクレール王子を殺した悪魔だ。いつ生徒に被害が出てしまうか分からない」
律佳と顔を見合わせて頷き合い、再び会長に目線を合わせる。会長はそのまま話を続けた。
「早めに対処したいところだが、今すぐにとはいかない。こちらでも情報を集めておく。俺は生徒会長だ、そこそこに無理は通せる」
「ありがとうございます!」
生徒会長が協力してくれる。こんなに頼もしいことはない。
「その悪魔とも一度話してみたいしな……まずは縄で縛り上げて……」
……怖い笑い方だ。ドS出てますが……
「いや、会長、それは……」
「僕もご協力します。手錠もして、拷問道具を揃えて……」
「お前まで乗るな! 誰かに見つかったら通報もんだぞ! そりゃ俺もやりたいけど!」
律佳とのやり取りを鼻で笑った会長は、もういつものスンとした表情に戻っていた。
「冗談だ」
会長の冗談の境界線わかんねぇ……
律佳は「残念……」と肩を落とした。本気でやる気だったなこいつ。
「とにかく、同じクラスのお前たちは悪魔をよく見張っておけ。狙いは呉屋ひなたと栗島なんだな?」
「はい」と強く頷く。過去は戻らない。だからこそ今、大切な人を守るんだ。
「ひなたは大切な幼なじみで親友です! ひなたを守れるなら、俺はどうなってもいいから……」
「よくないよ!」
律佳の張り上げた声に心臓が跳ねた。眉を詰め、目尻を赤くしながら涙を溜め、俺の瞳を見据えていた。
「り、律佳……」
「これだけは怒らせて。僕だって、アルクを失って悲しかった、たくさん泣いた! 僕はもう二度と、あんな絶望を味わいたくない……!」
まつ毛の長い、あでやかな律佳の瞳から涙がこぼれた。それは見とれるほど綺麗で、声を呑んだ。力強く抱き寄せられる。
「お願いだから、自分を犠牲にしないで、亜紀……どこにも行かないで……!」
声も、俺の体を抱く手も、震えていた。さっきまでの包み込むような抱きしめ方とは全然違う、縋っているみたいな……
そうか……俺がクレール王子を失った、同じ痛みをロッカにも与えてしまっていたんだ。
「律佳……ごめん……俺、また自分勝手だった……お前のこと、周りのみんなのこと、なんも考えずに……」
「本当だよ! 亜紀はもっと、自分を大切にしてよ……!」
嗚咽交じりに喋る律佳の背に手をまわし、ゆっくりと撫でた。さっき律佳が落ち着かせてくれたように。
「亜紀がひなたくんを守るなら、亜紀のことは僕が守るから……必ず……!」
「うん、ありがとう、律佳……」
律佳の様子を見守っていた会長は、口を開いた。
「栗島、これで分かっただろう。自分の身を簡単に投げ出すな。お前が傷ついて悲しむ者がいることを忘れるな」
こくりと頷く。
「ありがとうございます。俺は自分のことも、ひなたも、周りの人も守れるようになりたい……! だから、ご協力お願いします!」
「はじめから協力すると言っている。ありがたく受け取れ。本当にお前たちは昔から手がかかる……」
会長はため息とともに呆れながら、
「アルクが死んでからのロッカも、本当に酷いものだったぞ」
その言葉に、ぐすぐすと俺の胸で泣いていた律佳はピクリと反応した。
「お前の前だと余裕ぶっているが、俺に怒鳴ったり泣きわめいて」
「わ――っ! 会長、それ内緒!言わないで! 亜紀の前では格好つけたいんです!」
泣きはらした顔を勢いよく上げ、ストップサインを出した。さっきまでの深刻な雰囲気はどこかに行き、大焦りを見せる律佳の姿に、俺と会長は声を合わせて笑ってしまった。
「では、栗島のことは水無月に任せる。こいつはこれだけ言っても周りが見えなくなることがある。よく見ておけ、と言いたいところだが、まあ水無月なら心配いらんだろう」
涙をぬぐいながら律佳は気合の入った返事をしている。なんとも頭が上がらなくて、会長からそっと目を離す。
「むしろ過剰すぎるところが気にはなるが」
「任せてください。四六時中亜紀を見て、亜紀のことを考えます」
「だからそれが過剰なんだ」
手を握られた。逃がさないよ、と言われている気がして鳥肌が立った。
やっぱりなんか、律佳が怖い……
「今日できる話はこのくらいだろう。解散だ。また情報が集まり次第、話し合おう」
連絡先を互いに交換し、生徒会室を出ようとすると呼び止められた。
「栗島、平手打ちが欲しくなったら、俺に向かって後ろ向きなことを言え。存分に叩いてやる」
叩かれた頬につい触れる。痛みは引いたのに、またぶり返したような気がした。
「言いません! 俺は前向きに、頑張ります!」
「それでいい。溜め込む前に相談しろ。俺はこれでも以前より柔らかくなったと思うぞ。毎日馬鹿みたいに陽気な兄と一緒にいるからな」
律佳と目を合わせ、首をひねる。
「うーん、なってるかな……?」
「前と変わらず怖いよね」
「あ?」
喧嘩腰のドスの効いた声が返ってきて、「失礼しました!」と二人で慌てて生徒会室を後にする。
ドアを閉めながら、顔を覗かせる。
「冗談です。会長、また相談にのってください」
「生徒会長相手に冗談を言うなんて、お前もでかくなったな」
「はは、今日は本当にありがとうございました! 会長と、律佳と、話せてよかったです」
会長は呆れながらも、楽しそうに微笑んでいるように見えた。
生徒も帰り、人気のなくなった廊下を歩く。
「いろいろと迷惑かけてごめんな、律佳」
「ううん。僕も取り乱してしまって……こちらこそごめんね。亜紀の前では冷静でいたかったんだけどなぁ……」
俺のせいで泣かせてしまったし……いや、それ以外にもところどころ様子がおかしかった気がするが。
「ひなたくんには相談しづらいこともたくさんあるだろう? 会長だけじゃなくて僕のことも頼ってね。泣きたくなったら僕の腕の中いつでも泣いて。抱きしめるし頭もいっぱい撫でるよ」
律佳はこちらに体を向けて手を広げて微笑んだ。泣きついたことをまた思い出して顔に熱がのぼる。バレないように屈託ない笑顔から目を逸らした。
「も、もう泣かない。でもありがとう……全部話してずいぶんスッキリしたよ。一緒に帰ろうぜ。つかけっこう時間かかったし……ひなたは先に帰ってるかもしれないけど」
「そうだね、一緒に帰ろう。亜紀」
(僕も、亜紀と同じ状況だったなら、きっと首を切っただろう。愛する人の隣で死ぬのは悔やむことじゃなくて……僕にとってそれは、とても幸福なことだと思うよ、亜紀)
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