第13話 語られる悲劇

 しばらく泣くと、頭がすっきりしてきた。それと同時にだんだんと恥ずかしさがこみあげる。取り乱したり、律佳に撫でられて泣きついたり……しかも団長の前で……!


 顔を上げると、俺を安心させるように優しく微笑む律佳と目が合った。なんか、慈しまれている……!?


「あ、ありがとう、律佳。もう、大丈夫」


 上半身を反らし、律佳の胸を軽く押すともう一度ぎゅっと抱き寄せられた。顔が熱くなってくる。


「り、りつか……恥ずかしいから離してくれ……!」

「すぅ……」


 匂いを嗅がれている気がする。むしろ吸われている……? 頭には猫の姿浮かんだ。そう、猫にやるみたいな……少し間があき、背中に回っていた手が名残惜しそうに離れた。


 顔を合わせた律佳は、


「ふふ、僕はもっと抱きしめていたかったな」


 少し残念そうに笑いながら肩をすくめていた。そういうことをさらっと言えるのすげぇよ……


「ロッカのこと15年間思い出さなくてごめん……」

「あ、そうなんだ……それはちょっとショックだな……でも、ちゃんと顔を見たら思い出してくれたじゃないか。ああ、アルク……僕はそれだけで……♡」

「もう抱きしめなくていいから!」


 妙に力強く抱き寄せてくる律佳に頭をすりすりされていると、団長の咳払いが響いた。


「落ち着いたようだし、そろそろ話すぞ」


 律佳は首をひねりながらも大人しく離れた。


「待っていただいて申し訳ございません……」

「構わん。よく正直に話したな。抱えこんでいた分、少しは楽になっただろう。そりゃあ、お前が死んだあとは大変だったが……もう昔のことだ。お前が気にする必要はない」

「団長……」


 また涙が溢れそうになって、唇を噛みしめた。


「お前の気持ちはわからんでもない」


 そうか、やっぱりソール王子のこと……


「おい、やっぱりな、みたいな顔をするな。仮に、と言っただろう」


 団長、照れてる?


「ではこちらもお前が死んだ後、何があったかを話そう」

「はい、お願いします」

「先に言っておくがお前のせいで起こった出来事ではない。あれは……いずれ起こる運命だったんだ」


 団長は目を閉じて息をつき、ゆっくりと開く。それはこれから語られることが、陰惨たるものだということなのか……





 行方不明になった俺たちの目撃情報を頼りに、騎士団は境界の門までたどり着いた。最初に死体を発見したのは騎士団長だった。俺たち二人だけで、悪魔の死体はなかったらしい。王子の体は青黒く変色し、俺の体はひどく傷だらけで首から大量の血を流した跡があった。どちらも変死と処理された。


 城内は深い悲しみで包まれた。

 国王はクレール王子の死を公表するか迷った。理由は2つ。国民に不安を与えたくなかったこと、隣国に知られその隙に攻められるのを恐れたこと。しかし、城内には隣国のスパイが紛れていたらしい。今が好機と考えた隣国はすぐに進軍を始めた。あっという間に国境までたどり着き、国境を守っていた結界を破り、大量の兵士が流れこんできた。



 律佳は表情を曇らせた。


「僕はその前線に行って敵軍を食い止めてたんだけど、あまりにも数が多くてそこで死んでしまったんだ」

「ごめん……俺が一緒に戦っていれば……どうにかなったかも……」


 うつむきかけた時、団長のギロリと鋭い眼光に射抜かれ、ヒッ、とのどが鳴る。


「アルク、お前は今喋るな」

「えっ 突然!?」

「俺がいいと言うまで口を開くな。黙れ、話がややこしくなる」


 あ……俺はまた後悔して、たらればを言っていたからか……ハッキリと言ってくれればいいのに。団長もなかなか不器用だ。


「ロッカは十分戦ってくれた。城に帰ってきた者に聞いた。お前のおかげでその場の敵は全滅した、だから帰ってこられたと。よくやってくれたな」

「自暴自棄になって無茶苦茶に戦いましたけど……そっか、誰かの役には立てたんですね……お褒めに預かり光栄でございます。こちらこそ、あの時は団長に迷惑をかけてしまい申し訳ございません」

「お前が帰ってきたら存分に働かせる気だったのだがな」

「はは、団長のおかげで胸を張って死ぬことができました。それと、ひとつ気になっていたのですが」

「なんだ」

「僕の亡骸、アルクの隣に埋葬してくれましたか?」


「…………話を続けるぞ」


 え、墓……? なに、さっきの団長の間……




 国内は火の海になり、逃げ惑う人々の悲鳴が響き渡った。抵抗する者は無慈悲に殺された。

 国王陛下、女王陛下は城内に攻めてきた軍に捕らえられた。ソール王子を城から連れ出すことが精いっぱいで、助けることはできなかったらしい。その後、両陛下がどうなったのか、団長には分からなかった。


 最悪の状況下。ここで王族を絶やすわけにはいかない。せめてソール王子だけでも逃がさねばと決意した団長は、自分が手懐けた小型の竜に全てを託した。ソール王子をどこか遠い平和な国へと、誰にも見つからない場所へと連れていくように命じた。


 竜は団長の意思を継ぎ、ソール王子を乗せて遠く遠く飛んでいった。




「先ほども言ったが、あの王族は頑固者だ。ソール王子は国に残ると意志を曲げなかったが、俺も最期だけは折れるわけにいかなかった。俺にしがみつく王子を無理やり竜に乗せて……遠ざかっていく王子は何度も俺の名を呼んでいた。それがあいつとの別れ。それからは国のため、力尽きるまで戦った……これで俺の記憶は以上だ」


 気が遠くなるほど、あまりにもむごい過去。足が震えて崩れそうになった体を律佳が支えてくれた。


 何も考えず死んだ自分が情けなくて後ろめたい。


「あ、もう話してもいいぞ、アルク」


 忘れていたのか、少し気の抜けた声で合図をくれた。が、とてもすぐに喋れる心情ではない。


「団長……」


 これだけの過去を語っても、団長も律佳も涼しい顔をしている。二人にとっては過去の出来事になっているからだ。


 胸が痛んだ。俺は、俺と王子だけがつらい思いをしたんだと思っていた。でも律佳も団長も、同じくらい……いや、もっと苦しかったかもしれない。他人の苦しみは分かりようがない。


「ごめんなさい……! 俺は自分のことしか考えていなくて、後のことを考えずに死んで、律佳も団長も……苦しい思いをしたのに、何もできなかった……!」

「あ? せっかく黙らせておいたのにまだそれを言うか……」


 団長は顔を歪め、席を立たず指で律佳に指示を出した。


「おいロッカ、そいつの頬を引っ叩け。目を覚まさせろ」

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