第12話 こぼれ落ちる後悔

 俺たちが死んだ場所は"境界の門"と呼ばれる、国の最北端を守る大きな門。近くの村から徒歩数時間かかる場所。隣国から攻められないように結界を張っており、近づく者はいない。


「……王子が『嫌な予感がするから門を見に行く』と言い出し、止めても聞きませんでした。ただの勘だから、他の者には迷惑をかけたくない、お忍びで行きたいと……」

「ソール王子もお忍びで行きたいと言い出すことが多かった。俺もよく付き添った。あの兄弟は頑固者だから全く聞かん。こっちが折れるしかない」


 団長も……俺と同じことを。初耳だ。驚き混じりに相槌を打つと「話がそれたな、続けろ」と促された。


「その日もいつもの調子だと思って、俺は付き添いました……あんなことになるなんて、思いもしなかった。あの時縛り付けてでも止めておけばと悔やみました」


 胸元を握りしめた。

 それでも律佳の手は止まることなく俺の背を撫でた。


「今思えば、王子の言った嫌な予感の正体は悪魔だったんだと思うんです。悪魔は恐ろしく動きが速く、殺気を感じ取った瞬間には攻撃されていて、地面に倒れていました。体が重くて動かせなかった。悪魔に王子は捕まり、噛みつかれたんです。そこから毒が広がって……」


 冷たい王子の身体を抱いた感触がよみがえってくる。呼吸が苦しい。小刻みに震えているのが律佳にも伝わったのか、背中を撫でていた手は頭を撫ではじめた。


「王子は毒で苦しみながらも、悪魔を倒せと俺に命じました。逃がすと国民に被害が出てしまうと。王子があの場に行っていなければ、悪魔は本当に村人を殺していたと思います。結果的に王子の勘のおかげで多くの国民は救われた、王子一人の犠牲で済んだ。けど……俺にとってその犠牲は大きすぎた」


「それがお前の後悔か」


 団長は真っ直ぐに俺の目を見た。あと、もうひとつ、話さないといけない。悪魔の言葉が何回も頭でまわる。本当に、俺の未練がみんなを引き寄せているんだとしたら、ここに律佳や団長がいるのは俺のせい……?


 二人の顔を順に見る。俺のことを心配してくれている。ちゃんと話さないと。自分の過ちを認めなければ、きっと後悔も未練も消えてくれない。


「もうひとつ、話をさせてください。俺も前に進みたい」


 団長の言うとおり、過去に執着していたら前には進めない……! 張り付いた喉をこじ開け、絞り出す。


 悪魔の思い通りになんてさせてたまるか。


「死ぬ間際の王子に『国の役に立ってくれ』と言われました。でも俺は、王子のいない世界で生きていくなんて無理だった。俺は国も騎士団も王子の命令さえも捨てて、自ら首を切りました。王子のいない、つらい現実から逃げ出したんです」


 静まり返った部屋で情けない自分の声だけが響く。顔は上げられず、だんだんと声が上擦る。


「俺は弱くて最低で……こんな自分、王子に顔向けできない……だから、王子に知られたくないから、ひなたに前世を思い出して欲しくないって思ったこともある……っ 本当に自分勝手だ……ロッカに、団長にも、情けなくて言えなくて……隠しててごめんなさい……っ 悪魔にも全部、見透かされてたし……っ」


「アルク……!」


 律佳の優しい腕の中に包まれた。初めて他人に話した自分の感情は、ぐちゃぐちゃになって訳がわからなくて、溜め込んだ涙が溢れた。


「たくさん抱えていたんだね……つらかったね……話してくれてありがとう」

「ロッカぁ……ごめん……ごめんな……」


 温かい腕に抱きしめられながら頭を優しく撫でられる。涙は止めようとしても止まらなかった。律佳の腕の中でうわ言のように謝りながら泣き続けた。

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