第9話 こじれる波乱
入学式。
並べられた椅子に座り、校長の話を右から左へ聞き流す。これで校長が国王だったらどうしよう、って思ったけど違ったのは救いだった。今は悠長に校長の話に耳を傾けていられる心境ではない。
"騎士クンの未練がみんなを引き寄せているのかもね"
悪魔の言葉がグルグルと脳内を駆けまわる。腹が立つ。なにもかもあいつの言う通りなことが。胸がざわついて仕方ない。前世を思い出してから未練と後悔しかなかった。だから今度こそひなたを守るって……幸せにするって決めたんだ……
「続いて新入生代表ーー1年1組、呉谷ひなた」
反射的にぱっと顔を上げる。登壇したひなたと目が合い、にこりと微笑んでくれた。ざわついた気分なんてどこかに行ってしまった。
最高の笑顔だ……!!
くそ……今すぐスマホ取り出して写真と動画撮りたい……! スマホはあらゆる場面のひなたを生涯残しておける素晴らしい機械だ。現代文明に感謝している。ひなたの親御さんがバッチリ録画してくれているはずだ。後で見せてもらおう。
「続いて上級生代表ーー生徒会長、
「はい」
「……へ?」
規則正しく響く足音。伸びた背筋。
生徒会長と呼ばれ、壇上に上がったあの人は……
騎士団長!?
相変わらず美形な仏頂面で真面目に代表挨拶を読みはじめる。すると、またしてもいろんな場所からひそひそと「かっこいい」「イケメン」と話す声が聞こえる。
まだいるのか、前世で関わった人物! もう充分だ! 目を見開いて固まっていると、パチリと視線が合ってしまった。
思わず逸らす。が、それでも視線を感じる。挨拶を読みながら、こっちを睨んでいる。騎士団長、絶対前世の記憶あるな。相変わらず器用なことで……
入学式が終わり、ぞろぞろと教室に戻っている中、律佳の後ろ姿を見つけた。
「おい、律佳。生徒会長って……」
「騎士団長だったね。間違いなく」
「だよなあ……目ぇ合ったし。絶対気づかれた。あの視線が怖いんだよな……」
「僕も見られたよ……」
2人して肩を落とすと背中をポン、と叩かれた。
「亜紀、俺の挨拶どうだった?」
「ひなた! うん、バッチリだった……最高だったよ……」
「ちょっと緊張したけど亜紀見つけたから安心できたんだ。見ててくれてありがとな」
ひなたは笑顔を輝かせる。いろいろな想いを我慢して、ゴクリと息を飲み込む。
「こ、こちらこそ……!」
「?」
絞り出した言葉がこれかよ……と自分で呆れてしまう。赤くなる俺と首をかしげるひなたを交互に見た律佳はクス、と声を出す。
「変わっていないね、亜紀」
「……うるさい」
「そういやお前、亜紀の知り合いなんだろ?」
ひなたは律佳を見つめ、話しかけた。
ひなたに紹介するの忘れてたな……なんとか誤魔化さないと。
「ああ、こいつは……」
「僕は水無月律佳と申します」
俺の言葉を遮り名乗った律佳は歩きながらひなたの手を取る。その姿は、前世で培われたキラキラの騎士そのものだった。騎士団の中にはいろんなタイプがいた。ロッカは育ちが良く優雅で、むしろ王族のような気品を持つ男だった。
でもそれを、今ここで発揮するな!
「王子、先ほどの無礼をお許しください。今すぐ跪きたいところですが、なにせこれだけ人がいる……申し訳ございません」
「え、何? また俺のこと王子って……?」
「律佳ぁ!」
階段を上りかけたところで律佳を引っ張り、顔を寄せる。
「王子って呼ぶな!」
「ああ、そうか。それじゃあ、ひなた様で……」
「様もやめろ! 俺に合わせるって話したよな!?」
自分の教室に戻る1年生が隣を通り過ぎていく。
「でもタメ口なんて、失礼にも程があるだろう! 亜紀は幼なじみだから話せるとしても……!」
「俺だって慣れるまでだいぶかかったけど! どうにか慣れてくれ!」
律佳は小さく息をつき、眉を下げた。
「亜紀がそういうなら努力するよ……少し時間はかかりそうだけど」
「ありがとう、律佳!」
分かってくれてよかった。
笑顔で律佳の手を握ると、頬を染めて包み込むように握り返された。
「話、終わったか?」
階段の踊り場で待ってくれていたひなたの呼ぶ声が聞こえ、握られた手を離す。名残惜しそうにした律佳が気になったが……周りを見れば隣を過ぎる1年生はまばらになってきている。
「ごめんな、ひなた。待たせて」
「仲がいいんだな」
「ま、まあな……紹介が遅くなったけど、こいつは律佳。剣道の試合で会うことが多くて……それで仲良くなったんだ、な!」
律佳に視線を送ると、にこにこと縦に首を振っている。なるべく喋らずに場を済ませるつもりだな。
「そっか、俺は呉谷ひなた。亜紀とは家が近くて、幼なじみなんだ。よろしくな、水無月!」
「名字ではなく律佳、とお呼び……呼んでほしいな。ひなたさ……くん」
おい、ギリギリだな……
「わかった。じゃあ律佳、改めてよろしく!」
「よろしくお願いいたしますね」
2人は笑顔で握手を交わした。律佳……口調が騎士になってるぞ……!
「あっ……と、のんびりしてたらホームルーム始まるぞ。早く教室戻ろう」
ひなたは廊下を先に進んでいく。その後を歩いていると、
「亜紀に会えて、再び王子にお仕えできる喜び……僕は今とても幸せだ……」
律佳は嬉しそうにつぶやいた。
「お仕えはしなくていいから。普通に友達として接してくれ」
「悪魔のことはあるけど、楽しい高校生活になりそうだ。あの頃のように亜紀が隣にいるのだから……!」
微笑む律佳の言葉に頷くことはできなかった。もちろん律佳に会えたことは嬉しい。悪魔退治にも協力してくれる。
こうやって律佳と話せて、楽しいと思う気持ちはある。でも俺は……ひなたと二人きりの方が……前世を思い出さないように行動できるし、ふたりきりの世界みたいだったな……と、心の底で最低なことを思っていた。
俺が国も騎士団も裏切ったことは遅かれ早かれ、バレる。隠し続けることにも罪悪感がある。それを知ったら律佳だって俺のことを軽蔑するだろうな。
塞ぎこみながら律佳の隣を歩く。教室が近づき顔を上げた頃には、ひなたの姿は教室の中に消えていった。
*
「桜花、先に戻ってたのか」
ひなたは席に戻り椅子を引きながら、隣に座る悪魔に話しかける。まだ白城先生は戻ってきておらず、教室内は人の声が飛び交っている。
「人混みに流されててね……気がついたら教室に戻ってきてたよ。挨拶おつかれさま」
「ああ、ありがとな」
「……あれ、亜紀くんは?」
「亜紀は後ろに……」
ひなたは動きを止めて後ろを振り返る。しかし亜紀の姿はなかった。まだ廊下で律佳と話しているんだろう、と理解する。
それと同時にひなたの中には、よくわからないもやもやとした感情が胸に残ったことにも気がついた。
「……律佳と話してるみたいだ。たくさん話してるし、久しぶりに会ったのかもしれないな。仲も良さそうだし……」
ずっと明るかった表情が薄暗く曇ったことを悪魔は見逃さなかった。
「ひなたくん……」
「どうした?」
「ううん、なんでもない」
(その表情は紛れもなく……嫉妬、だね……! ああ、本当におもしろくなってきた!)
悪魔の真紅の瞳は宝石を映したようにキラキラと輝いていた。
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