第10話 騎士団長、降臨

「ホームルームは以上! みんな今日はお疲れ様。気をつけて帰れよ。帰ってゆっくり休んで、明日から遅刻しないように!」


 白城先生は男女構わず恋に落としそうなほど明るく笑った。ソール王子だったことには驚いたけど……担任を持っていただけるとは光栄だ。


 プリントを配ったり、必要事項を聞いたりして1時間ほどでホームルームは終わった。入学初日だしそんなもんだろう。クラスメイトたちは次々と席を立ち始めた。


「ひなた、帰……」

「亜紀! 一緒に帰ろう!」


 ひなたに話しかけようとした瞬間、律佳が突進してきた。椅子から落ちそうになったとこをなんとか耐える。


「~~っ、律佳! くっつくな!」

「いい香りがするね……亜紀……」

「嗅ぐな!」


「んじゃ、みんなで一緒に帰るかぁ。な、桜花も」

「そうだね、みんなで帰ろう」


 悪魔も誘うのか……! そして悪魔に微笑むひなた。

 ひなたならそう言うと思ったけど! 俺は2人で帰りたかったのに……この調子じゃしばらく無理そうだ。


 ずん、と重い気持ちで律佳を引き離す。さっきから離れろと言ってもなかなか離れないし……もうちょい控えてくんないかな……


「呉谷!」


 黒板を消し終えたソール王子……じゃなくて白城先生がひなたの前に立つ。


「帰るとこで悪いんだが、代表挨拶のお礼があるらしくて……職員室に来てくれないか?」

「分かりました」


 一緒に帰るとこだったのにごめんな、と、こっちにも謝られ俺と律佳は反射的に動作を固くしてしまう。


「い、いえ!」

「お構いなく!」


 しばらく話すの、慣れそうにないぞ……

 そんな中、悪魔は笑いをこらえていた。後で殴ってやる。


 先生の後に続くひなたを見送っていると、


「あ、そういえば」


 白城先生が振り返る。


「栗島、水無月。朔夜が……いや、生徒会長がお前たちのことを呼んでたんだ。生徒会室に来てほしいって。いや~言うの忘れるところだった。危ない危ない」

「え……」


 怪訝な顔をした律佳と目が合う。俺も同じ顔をしているだろう。


「直々に呼び出されるなんて、入学早々なんかしたのか? ……なーんて、ただ話をしたいって言ってたから、びびらなくても大丈夫だぞ! えーと、場所はだな……」


 ただ話をしたいって、それが逆に怖い!

 というかなんで騎士団長は俺たちの名前知ってんだよ……!





「久しぶりだな。アルク、ロッカ」


 真っ直ぐ通る低い声がだだっ広い生徒会室によく響いた。騎士団長はその部屋の奥にある立派な椅子に堂々と腰かけていた。まるで王様だ。


「お久しぶりです……騎士団長」

「お元気そうで何よりです」


 机を隔てて団長の正面に立ち、律佳と揃えて礼をする。団長は萎縮する俺たちに顔をしかめた。


「覇気がないな。やり直し」

「「申し訳ございません!」」

「……ってのは冗談だ。もう騎士団じゃないからな。俺たちはただの高校生。楽にしていい」


 身構えた肩を落とす。冗談分かりづらいんだよ……


 イルナ騎士団長。

 若くして団長になった実力を持つ。とにかく厳しくて怖い。その厳しさで騎士団の実力を底上げした。

 正義と秩序と平等をモットーにしており、それを乱す者は容赦なく取り締まり、国民の生活を守っていた。なので国民からは人気があり、現代で言うファンクラブも密かにあったみたいだ。


 基本的に真顔で何考えているのか分からない。しかもイケメンだから圧が増して怖い。そんな団長が口角をあげるのは、犯罪者を取り締まり蔑む時、尋問する時、規則違反をした団員を問い詰める時など……いわゆるドSだ。


「お前たちが俺を見て驚いているのが壇上からでも見えた。それで記憶があるんだろうと思って呼び出したわけだ」

「そりゃあ目の前に団長が出てきたら誰だって驚きますよ……」


 律佳は賛同して首を縦に振り、


「団長は何故僕たちの名前が分かったんですか?」

「そりゃ出席番号で並んでいるからだ。あとは名簿を見せてもらえばいい」


 もしやあの視線……挨拶を読みながら俺たちが座っている位置を数えたのか。恐ろしすぎる……


「あの、団長はクレール王子とソール王子を見ても動揺してませんよね……?」

「クレール王子にはリハの時に会っていたからな。しかし、顔を合わせたときは慌ててしまったな」


 いかなるときでも表情を崩さず公平に国民を救い、冷徹に、敵を倒す。そんな騎士団長が慌てる姿……


「見たかったな……」

「そうだねぇ……」

「あ?」

「「なんでもございません」」


 ボソッと喋ったのに聞こえてたのか……


「あの、ソール王子には驚かなかったんですか? 今年からの新人教師って仰ってましたが」


 団長は動きを止めた後、足を組み直す。


「まあ、うん……ソール王子は……俺の兄だ」

「は?」「え?」


 咳払いのあと、少し気まずそうに告げられた。一拍おいて律佳と身を乗り出す。


「兄!? ソール王子が!?」

「本当ですか!?」

「はぁ……入学式の時、俺の名前を聞いていなかったのか。俺は白城朔夜。名字が同じだろう」


 2人してぽかんと口を開けて顔を見合わせ、再び仏頂面の団長に視線を戻す。


「顔しか見てなかったので……」

「似てませんね……」

「顔は何故か前世のままなんだから仕方ないだろう」


 確かにそれはそうだが、まさかソール王子と血縁関係になっているとは……そんなこともあるのか。


 ん、待てよ……


「騎士団長、ソール王子に恋心を持っていましたよね」


 団長の眉がピクリと動く。


「突然何を言い出すんだ」


 団長の声には焦りと怒りが詰まっていたが、隣の律佳は気にする様子もなく俺を見てにこりと頷いた。


「やっぱり亜紀も気づいていた? いつも怖い顔しているのに、ソール王子の前では柔らかく笑っていたよね」

「な、そこだけ分かりやすかったよな」


 騎士団長が笑う瞬間は拷問の時以外にもうひとつあった。ソール王子と話している時だ。その時だけは明らかに団長の纏う空気が優しいものになっていた。騎士団員全員が勘づいていたが、誰も話題に出す度胸はなかった。今だからこそ話せる話題だ。


 俺はそんな団長の姿に親近感を持っていた。愛しているのに伝えられない。だから、隠しておく。その気持ちは痛いほど分かるんだ。


「好き勝手妄想をするな!」


 団長はバン!と机を叩き立ち上がる。気迫に押され半歩下がる。


「俺はソール王子のお人柄を尊敬していたんだ。そういった恋愛的な感情を持っていたわけでは断じて……!」


 ……やっぱり分かりやすい。取り乱していることに自分で気づいたのか、咳払いをしながら腰を下ろした。


「これでは話が進まないな。ひとまず仮に、仮にそう、俺がソール王子に好意を抱いていたとしよう、仮にだ」


 "仮"の強調がすごい……


「アルク、お前が本当に聞きたいことはなんだ」


 団長は切れ長の瞳で真っ直ぐと俺を見据えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る